第19話「初めての修行」
人形屋敷、裏庭。
「さて、まずはお前の実力を見せてもらおうか!」
不知火さんはそう言って、私の前に立った。
「実力って……私、運動はそんなに得意じゃないんですけど」
「ははは! 心配するな。いきなり難しいことはさせねぇよ!」
不知火さんは笑いながら答えた。
(本当に大丈夫かな……)
私は少し不安になりながら、周囲を見渡す。
裏庭には広い空間があり、地面には柔らかそうな土が敷かれていた。少し離れた場所には、木製の棒や訓練に使うらしい道具が置かれている。
「まずは、軽く体を動かすぞ!」
「はい!」
私は不知火さんの指示に従い、準備運動を始めた。
しばらくして、体が温まってきた頃。
「よし、次だ。神名、アタシに向かって歩いてきてくれ」
「え? 歩くだけですか?」
「ああ、そうだ!」
私は言われた通り、不知火さんに向かって歩いていく。
すると、不知火さんは私の目の前で手を伸ばした。
「あっ!」
私は驚いて、思わず後ろに下がった。
「ははは! 今の反応は悪くないぞ!」
「そ、そうなんですか?」
「ああ! 危険を感じたら、まずは距離を取る。それは大切なことだからな!」
不知火さんはそう言って、私に向き直った。
「だが、ただ後ろに下がるだけじゃ駄目な場合もある。相手が追いかけてきたらどうする?」
「えっと……逃げます?」
「正解だ!」
「えっ、正解なんですか?」
思わず聞き返してしまった。
「当たり前だろ! 自分より強い相手と戦う必要なんてねぇんだ。逃げられるなら逃げる。それが一番だ!」
「なるほど……」
私はうなずいた。
妖魔と遭遇したとき、四季ちゃんがいなければ、私はどうなっていたのだろう。
そう考えると、少し怖くなった。
「じゃあ、次は相手に腕を掴まれたときの対処法だ!」
不知火さんは私の手首を軽く掴んだ。
「こういうとき、無理やり引っ張っても、なかなか抜けない。だから、相手の力が弱い方向に腕を動かすんだ」
そう言いながら、不知火さんは私の手首を離した。
「やってみろ!」
「はい!」
私は不知火さんの手首を掴み、教わった通りに腕を動かしてみる。
しかし、うまくいかなかった。
「あれ?」
「ははは! 最初からできるわけなかったな! もう一度やってみな!」
「はい!」
何度か繰り返していると、少しずつ感覚が分かってきた。
「おっ、いいじゃねぇか!」
「本当ですか?」
「ああ! 今のはうまく抜けられたぞ!」
私は嬉しくなって、思わず笑顔になった。
「やった!」
「うむ、なかなか筋がいいではないか」
四季ちゃんが隣でうなずいた。
「えへへ、ありがとう」
「まだまだこれからじゃぞ、神名」
「うん!」
私は気合を入れ直した。
その後も、不知火さんにいろいろな動きを教わった。
相手から距離を取る方法や、転んだときに素早く立ち上がる方法。どれも簡単そうに見えて、実際にやってみるとなかなか難しかった。
「ふぅ……」
私は額の汗を拭った。
「よし、今日はここまでにするか!」
「えっ、もうですか?」
「おいおい、無理は禁物だぞ。初日から張り切りすぎると、明日動けなくなるからな!」
「そ、そうですね……」
私は苦笑した。
「……カンナ」
それまで黙って見ていたスズナちゃんが、私のそばにやってきた。
「はい?」
「今日のこと……忘れないで」
「今日のこと?」
「……逃げることも、大切なこと……。無理に戦わなくても……いい」
スズナちゃんは、いつもの無表情でそう言った。
「うん。ありがとう、スズナちゃん」
私は笑顔で答えた。
四季ちゃんも、静かにうなずいている。
「神名。お主は優しいからのう。誰かが困っておれば、助けようとするじゃろう」
「えっ?」
「じゃが、自分の身を守ることも忘れてはならぬぞ」
「……うん」
私は小さくうなずいた。
今まで、妖魔に襲われたときは四季ちゃんが助けてくれた。
でも、これからもずっと四季ちゃんに頼りきりでいいのだろうか。
もちろん、四季ちゃんを頼りたくないわけじゃない。
それでも、自分にできることを少しずつ増やしていきたい。
「不知火さん、今日はありがとうございました!」
私は頭を下げた。
「おう! どういたしましてだ! また修行したくなったら、いつでも来いよ!」
「はい!」
こうして、私の初めての修行は終わった。
まだまだできないことばかりだけど、少しずつ頑張っていこう。
そう思いながら、私は四季ちゃんたちと一緒に人形屋敷の中へと戻っていった。
「今日はここまでだな。家まで車を手配しよう」
「不知火さん、ありがとうございます」
「別に礼を言われるほどのことはしてねぇよ。ただ、アンタみたいな年頃の頃は、アタシも頑張ったもんさ」
「そうなんですね」
「誰しも、小さいときはある。そこから大きくなるには、それ相応の努力が必要じゃ」
「シキ……その通り……」
やがて、人形屋敷の門に着くと、来たときに乗った黒い車が止まっていた。
私たちはそれに乗り、不知火さんたちに別れを告げて、家に帰った。




