神奈川有紗という女⑥
その日の放課後、部活に入ってない俺は、同じく部活に入ってない優也と共に下校をしようとしていた。
昇降口で自分の靴に履き替え、校門に向かう。今日もまたクソつまらない一日が終わったと解放感を感じ、これからの自由溢れる時間を何に使おうかと有意義な考えを働かせていたのもつかの間――俺は、有紗先輩に捕まった。
今回は二人っきりではなく、優也の姿も隣りにあった。俺は、これまでとは全く違う状況での有紗先輩との接触に、身体に力が入らざるを得なかった。
この学校内において、有紗先輩の動向はいつ何時も誰かが意図的に、または無意識的に追っているものだ。だから、今も有紗先輩を見る生徒は大勢いた。そして、有紗先輩に止められた俺もまた、同じように大勢の視線を浴びていた。
有紗先輩は、校門に向かおうとした俺の腕をいきなり掴んだ。それが起こったとき、優也はあり得ないものを見るかのような表情をした。俺は、この時ばかりは本気で有紗先輩を殺したいと思った。……どうやら、俺の日常は、もう戻ってはこないらしい。
「ねぇ君、大翔君といつも一緒にいるけど、ちょっと大翔君を借りてもいいかな?」
有紗先輩は俺の腕を両手で掴みながら、仮に優也がどんな返事をしても無意味に思えるような決定力のある声でそう言った。優也の選択は誰もが分かっていた。
「あぁ、はい。いいっすよ」
こうなることは、最初から誰もが分かっていた。
そうして俺は優也の元から有紗先輩へと引き渡され、俺はまたあの時と同じように学校裏手に連れて行かれた。
学校裏手に連れて行かれる最中、俺はどんな要件で有紗先輩が俺を捕まえたのか考えた。だが明確にこれと言えるようなものは何も思い浮かばず、実際に有紗先輩から伝えられた言葉によって俺はその理由を知った。
有紗先輩は、これまた艶やかな表情で言ってきた。
「ねぇ、デートしよ。するというか、したいって昨日君が言ってきたんだから、本当にデートしようよ」
なんだそんなことかと俺は思った。そんな事を伝えるためだけなら連絡ひとつ入れてくれてば……って、有紗先輩と俺は互いに連絡先を知ってるわけじゃないか。でも、もっと目立たない形でいいじゃんか。
内心そう思いながらも、でもやっぱり嬉しかった。俺は自分でも恥ずかしくなるくらいの笑みを浮かべながら言った。
「勿論……いいっすよ! デート行きましょう」
「やったぁ! じゃあさ、どこ行きたい?」
「いや別に……特にないっすね。有紗先輩と行けるなら、どこでも楽しそうっていうか」
「じゃあ私が決めていい?」
俺は頷きながらその言葉に「勿論」と返すと、有紗先輩は無邪気な表情をしながら考えはじめた。俺は、実際にデートに行ってるわけじゃないのに、そうやって無邪気に行き先を考えている有紗先輩の顔を見ているだけで幸せな気持ちになれた。
有紗先輩は色々と大げさな動きをしながら考えていたが、それもすぐに終わった。行き先が決まったのだ。有紗先輩は、ニンマリ顔をしながら言ってきた。
「水族館に行こっ」
俺は、自分でも驚くくらい満面の笑顔で言った。
「はいっ!」




