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有紗は性獣  作者: 柊蓮
第四章――
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グランド・フィナーレ

 暴風雨が校舎に雨粒を打ちつける音が聞こえる。


 有紗はさっき、自分に『自衛隊が来たみたい。しかも、学校はもう全て包囲されている。ここでもうすぐ……大規模な戦闘が起こる。自衛隊が、私達を殺しにやってきた』と言ってきた。でも、俺からするとそういう気配というのは全く感じられず、他の物音というのも暴風雨の音で何もかも搔き消されているため、分からない。


 だが有紗のその言葉が本当であるということくらいは、感覚で分かった。有紗のその言葉に、嘘は微塵も含まれていなかった。


 俺は有紗からそのようなことを言われながらも、何をするでもなく、ただ淫魔(インキュバス)になったらしい自分の身体を点検していた。今のところ、自分が淫魔(インキュバス)になったという明確な変化点というのは見受けられない。でも、有紗だって常時淫魔(サキュバス)であるわけではないのと同じように、自分も、変身でもしない限り淫魔(インキュバス)にはならないのだろう。


 俺達は、校舎を襲う台風の音、暴風雨の音に耳を預けながら、どうするでもなく昇降口から外を眺めていた。


「ねぇ、大翔はさ、学校での想い出って、ある?」


 突然、そんな言葉が俺の耳に届いた。正直言って俺の意識は、有紗の言葉よりも自衛隊に向けられていて、有紗の言葉はあまり頭に入ってこなかった。だから俺はただ事務的に、半ば投げやりに「ある」と返すと、俺はまた頭の中の自衛隊に対しての思考に戻った。


 本当に自衛隊はもう俺達を包囲しているのか、俺達を殺しに来ているのか、それだけが俺の思考の一番のトピックだった。


「……で、なんでそんなこと訊いてきたの? こんなときに」


 だが俺は思わず、突然有紗がそんなことを訊いてきたことを疑問として返した。


俺が自分の横にいる有紗の顔を見ると、有紗は真正面を向きながら笑っていた。そして、俺の視線に気がついたのか、有紗は俺の方を向いてきた。


「大翔の教室に連れてって」


「なんで? 学校での想い出があるかどうか訊いてきたこともそうだけど、それこそなんでこんなときに?」


「……こんなときだからこそだよ」


 まぁ、いいだろう。俺はそう思い、有紗を自分の教室まで連れて行くことにした。


 三階建ての校舎のうち、俺の教室は二階にある。二階は二年生専用のフロアになっている。一階の昇降口から近くの階段を上って俺の教室にまで辿り着くまでの間、俺は有紗に色々と角度を変えながらそれとなく学校での想い出を訊いてきた理由というのを訊いてみたが、やはり有紗はその理由というのを話してはくれなかった。こういうときの有紗のはぐらかし能力はピカイチだ。


 教室に着くと、有紗に「大翔の席はどこ?」と訊かれた俺は、有紗に自分の席を紹介した。俺の席はやや廊下側のやや前側というあまりにもパッとしなさすぎる位置だった。有紗に自分の席を紹介すると、その席は素早く有紗に奪われた。俺は仕方なく隣の席に座った。


「じゃあ、学校での想い出教えて」


 隣の席に座った後、窓の外を見たりしながらぼーっとしていると、有紗がそんなことを言ってきた。多分断っても有紗は聞けるまで言ってくるだろうと確信した俺は、素直に自分の学校での想い出を語ることにした。


 でも、学校での想い出なぁ……何かあったっけな。そう言われると意外とパッと出てこない自分がなんか嫌になるな……。でも、あぁそうだ。あれがあったか。


 顎に手を当てながら考えていると、有紗が「ないの?」と言ってきた。俺は慌てて「あるから!」と反論した。そうして俺は、早く聞かせてほしそうにウズウズした表情をしている有紗に聞かせ始めた。


「やっぱり修学旅行かなぁ。学校の中での想い出ではないけど……。うちの学校って何故か、一年の時と二年の時、二回も修学旅行あるじゃん? だからもうすぐ二回目の修学旅行があるけど、それもすげー楽しみ」


「その一年生の時の修学旅行では何があったの?」


「うーん……別に何か特別なことがあったわけじゃねぇけど、ただ優也と色々なところ行けたってのが楽しかったっていうか。まぁだから、結局は修学旅行が楽しかったっていうよりも、優也がいたから何もかもが楽しく思えたっていうのはあるのかもな。……まぁ、優也はもう死んじゃったけど」


 そう言うと、さっきまで俺の話を早く聞きたくてウズウズした表情だった有紗が、視線を落としてコクコクと小さく頷きを見せた。俺はそんな有紗に対して何も言わなかったが、有紗がそうした理由は勿論分かっていた。


 嵐は未だ暴風雨を連れて校舎を襲っている。学校の中は一つも灯りが点いていないから、しん、としている。まるでこの世界で二人だけみたいな気分だ。


「じゃあ逆に訊くけど、有紗はどうなの?」


「……私はね、想い出なんて何一つない」


「へぇ……なんで」


 すると有紗は、突然、席を立ち俺の太ももの上に座ってきた。


 俺は突然のことに頭が一瞬追いつかなかったが、俺の太ももに乗ってきた有紗が、俺の頭の後ろに手を回してきたことによって、俺も有紗を受容した。有紗の胸が俺の目の前を遮った。次の瞬間、俺の頭の後ろに回されていた有紗の手は力を強め、俺を引き寄せ、俺の顔は有紗の胸の中に埋まった。


 そして俺は、有紗の胸の中に埋まりながら、美術品みたいなその綺麗で柔らかい手で頭を撫でられた。


「私はね、この学校に想い出なんてものはなにひとつないの。なんで? って思うでしょ? でもね、私にもそれは分からないの。でもただひとつ言えることは、私は強い疎外感を感じているということ。それと、自分は普通の人間の女の子のような中身を持っていないということ。それも謂わば疎外感、か……。今大翔に言ってみて気がついた。私は疎外感が強いんだ」


「それは有紗が、淫魔(サキュバス)だからじゃねぇの? 別に分かったようなことを言うつもりはねぇけど、有紗は生まれつき淫魔(サキュバス)だから。それが関係しているんじゃねぇの? でもだったら、別に何も悩むことなんてないと思うけどな。だって、淫魔(サキュバス)っていう特徴は、有紗そのものだろ? それを否定したら有紗が有紗じゃなくなる気がするけどな……」


 そう言うと、有紗の俺をぎゅっとする力がより強まった。俺はより一層強い力で有紗の胸の中に顔が埋まった。有紗の胸の匂いが鼻に直に伝わってくる。


 有紗は愛情を、行動で示す。だが時折、その愛情が強すぎるあまりにこっちが辛くなるような行動を見せることがある。今の有紗は、そんな行き過ぎた愛情表現の典型例だ。


「ありがとう。やっぱり大翔のこと愛して正解だった」


「苦しい……タスケテ……」


 有紗の胸に顔を押し付けられて窒息死しそうになった俺は、辛くもそう言葉が出ると、


「あぁ、ごめん」


 有紗はやっと俺の窮地に気がついてくれたようで、俺をぎゅっと抱き締めることをやめてくれた。そうして有紗の胸の中から解放されると、俺は有紗を持ち上げお姫様だっこをし、俺の椅子まで強制送還した。


 有紗って意外と重いんだよな。まぁそれだけイイ身体っつうことだけど……。


 それから俺達の間には、しばらく言葉は交わされなかった。


 俺達は、これから先何が予定されているわけでもないのに、まるでこの先何かしらの予定が入っていて、それまで時間を潰しているみたいに思い思いの時間を過ごした。


 有紗はずっと俺の机に突っ伏して寝ていた。俺は、そんな有紗と窓から見える暴風雨の風景とをずっと交互に眺めていた。有紗は突っ伏して寝ていたものの、本当に眠っているわけではなさそうだった。


 こうしている間にも時間は当たり前だが刻々と進んでおり、この教室に来てから恐らく三十分くらいは経っただろうが、別に自衛隊の気配などが感じられることもない。有紗が言っていたことは嘘だったのだろうか? ……いや、嘘じゃない。と思う。有紗のあの言葉に、決して嘘は含まれていなかった。と、思う……。


 この世界が夢ならば早く醒めてくれと俺は思った。水族館では、俺が死ぬことによって、自衛隊が襲来するという〝夢〟から醒めることができた。じゃあ今も一回死ねばこんな何も起こらない夢から醒めることができるっていうのか? ……自殺は嫌だなぁ。


 俺は、この夢だか現実だかも分からない目の前の状況が暇すぎて――そして、なんとなくだが終わりが近いことを察して、最後のチャンスかもと思い、頭の中に浮かんできたとある質問を有紗に投げかけてみた。


「なぁ有紗、優也を殺したのって、お前だろ?」


「…………うん、そうだよ」


 有紗は机に突っ伏しながら、こもった声でそう言った。


 やっぱりか。俺は、自分でも驚くほどその言葉に冷静だった。自分の感覚としては、ほぼ百%黒だったものが実際にそうだったっていうだけの話で、それ以上でも、それ以下でもない。そしてそのことを咎めようとしたり、悲しんだり、怒ったりする自分は、もうどこにもいなかった。そのことの方が、どちらかと言えば俺からすると驚きだった。


 机に突っ伏して寝ていた有紗は、机から顔を上げると、椅子から立ち上がり、隣の席に座っている俺の方へ近づいてきた。俺は思わず椅子を立ち上がると、有紗は言ってきた。


「優也君を殺しちゃったこと、ごめんなさい。次の修学旅行、心の底から楽しみにしていたというのに、優也君を殺しちゃってごめんなさい。大翔の楽しみを奪ってしまって、ごめんなさい……」


 有紗は涙声になりながら、演技ではなく本当に心の底から謝ってきた。


 すると次の瞬間、俺は有紗にキスをされた。有紗の柔らかい唇が俺の唇に触れる。正直、有紗の唇の味はこれまでにもう何度も味わった為俺の身体に刻み込まれている。だが、この唇の味は、何回味わったって最高だ。


「これ、ごめんねのキス。もう一回していい?」


「……いや、駄目。……えと、キスが駄目なんじゃなくて、もう謝らなくていいよ。だから、もう一回キスしよう」


 俺達は、もう一度唇を触れ合わせた。今度はさっきよりも強く、互いに襲い合うようなキスをした。


 と、そのときだった。


 突然、校舎の上側からヘリコプターの音が聞こえてきた。ここは二階、なのにもかかわらずヘリコプターのその駆動音というのは鼓膜をつんざくほどに大きく聞こえた。そのヘリコプターが、見るまでもなく自衛隊のものであることを察した俺は、有紗に目配せした。


 有紗は俺のその目線の意図を受け取ったのか、コクと一回大きく頷いた。だがそんなことをしている間にも、ヘリコプターの駆動音はより校舎に近づき、しまいにはそのヘリから自衛隊員が学校の屋上へと降りてくる音までもが聞こえてきた。


「キスなんてしてる場合じゃなさそうだな」


「うん。そうみたい。ここは二手に分かれて対処した方がいいと思う。じゃあそうだな……私は屋上に行くから、大翔は一階に行って下からの攻撃に対処して」


「分かった。でもいいのか? ヘリは屋上に付けていて、自衛隊員達も屋上に降りて来てる」


「ほら、そこ見て」


 そう言いながら有紗が指さした方向を俺は見た。それは窓の方で、窓の外を見たら、現在進行形で自衛隊員が学校のグラウンドに降りてきているところだった。


「分かった。あれに対処すればいいんだな」


「うん。じゃあ私はもう行くから。幸運を祈る」


「そっちも」


 そう言葉を交わすと、有紗は淫魔(サキュバス)に変身しながら教室を勢いよく出て行った。


 俺は、自分の手のひらを眺めた。俺も、変身しなきゃ。

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