淫魔と自衛隊⑧
学校には警察による規制線が張られ、関係者以外立ち入り禁止となった。
警察の検死の結果、学校裏手で見つかったその死体は大友優也のものであることが確認された。学校は一ヶ月ちょっと休みになった。もうすぐ夏休みということもあり、実際には夏休みが一週間早くなっただけだ。
少し早い夏休みに入ってから数日が経った頃、俺の元にとある噂が流れてきた。
それは、今回のその優也の死は、神奈川有紗がやったものではないか、というもので、どこからそのような噂が出てきたのかは分からないが、少なくとも俺の心の中では、犯人は有紗先輩以外には考えられなかった。
そんな出所不明の噂に学校外にも関わらず生徒達が揺れる中、俺はその当事者に家の近くの公園まで呼び出されていた。
少し早い夏休みに入ってから数日後、俺の元に有紗先輩からの連絡が入った。有紗先輩とはいつ連絡先を交換したかは覚えてないが、実際に連絡が来たことは初めてだった。俺は事件のこともあり、正直言って有紗先輩が怖かった。でも行かないという選択肢はなく、俺は恐る恐るではあるが呼び出された近くの公園まで行った。
私服姿の有紗先輩は、何回見たって息が沈むほど美しかった。
有紗先輩は公園の中の、大木によって大きく木陰となっているベンチに座っていた。
季節としては夏本番。外はこんなにも暑いというのに、有紗先輩からはそんな暑さなど感じられないような涼しい顔が見てとれた。俺は有紗先輩に挨拶をすると、自分も有紗先輩の隣りに座った。
「どうしたんです? 用も言わずに呼び出して。連絡が来たときは驚きましたよ」
呼び出される際、いつもであれば何かしらの要件が一緒に伝えられるが、今回はただこの公園に来ることしか求められていなかった。
俺が有紗先輩の横顔を眺めていると、有紗先輩は俺の方など向かず、そのまま真正面を向き続けながら、淡々とした口調で言ってきた。
「居心地が悪くなったの」
「なんのです?」
「逆に、なんだと思う?」
俺はその言葉にうーんと悩んだ。有紗先輩は会ってから一度も目を合わせてくれない。ただ、正面だけを見つめ続けている。
「なんすかね……学校すか? でも、学校はもう休みだしなぁ」
「学校も、そうだよ。学校も、事件が起きてから休みに入る前の数日間は、凄く居心地が悪かった。だって、証拠なんて何もないのに私は優也君を殺した犯人だと学校中の皆が思ってるんだもの。でも、それは学校の外でも同じ。学校の外であろうとも、私は大勢の人に見られている。それはどこか監視みたいなもので、だから今の私は迂闊に外も歩けない」
俺は少し前屈みになって有紗先輩の顔を覗いた。有紗先輩は無表情だった。そんな有紗先輩も美しくはあったが、あんな事件があった後じゃ不気味にも思えた。
俺は有紗先輩の話を聞いていて、結局自分はなんの為に呼ばれたのだろうと思った。今回俺を呼んだその目的が分からなかった。すると、有紗先輩はそんな俺の心をまるで見抜いたかのように言ってきた。
「単刀直入に言うね。大翔、私と一緒に温泉行こ?」
「温泉!?」
「そう、温泉。温泉旅行、旅館デートしよ?」
「勿論! 行きましょう!」
有紗先輩が実際に優也を殺したのかとか、有紗先輩が時折魔女みたいな不気味な表情を見せるとか、そういうこと、全部どうでもよくなった。
俺の頭の中は刹那的にその〝温泉〟のことでいっぱいになった。温泉――その言葉だけで、俺の頭は自分勝手に様々な妄想を創り上げては消し、また創り上げては消していた。
温泉、デート……。温泉、デート……。この世で一番エロいことだ……。
俺は自分でも自分の顔に笑みが溢れていることが分かっていた。心底気持ち悪い笑みを浮かべているであろう俺の顔を、このとき、やっと有紗先輩は見てくれた。
有紗先輩は俺の方を見て、ふふっと笑ってきた。
「そんなに嬉しい?」
「そりゃあ! 勿論!」
「それはよかった。実はね、こんなにも暑いから温泉に誘うのってどうなのかなって思ってたんだ。断られちゃうかもって思った。でも、そんなに喜んでくれるなんて私嬉しいな」
そりゃあ嬉しくないわけがなかった。有紗先輩とまたデートに行ける。しかも温泉。しかも旅館? ……今までの憂鬱なんて全部吹っ飛んだ!
俺は無意識的に自分がガッツポーズしていることに気がついた。それに気づいた俺はゆっくりとバレないようにガッツポーズを解くと、有紗先輩もまた嬉しそうな表情で言ってきた。
「勿論、部屋に付いてる温泉ね。じゃないと一緒に入れないでしょ」
「うおお!」
「旅館の方は私が取っておくよ。お金も私が出す。なんてったって私が企画したんだからね。大翔はただ来るだけでいい。日付はいつにする?」
「そうっすね~いつでもいいっすよ」
「そう言うと思った。それじゃあ、一週間後にしよう。一週間後の今日、草津に行きます。準備しといてね」
「は~い!」
一週間後、草津に行く予定が決まると、有紗先輩は腕を上に伸ばしながら猫のようにあくびをした。確かに、言われてみればどこか疲れているような感じがしないでもない。
有紗先輩は、どこか遠くに行きたいのだろう。少なくともここではない、誰も自分のことなど知らない地に。
あぁ、有紗先輩と温泉かぁ。俺はそれを考えるだけで、下半身が熱くなりはじめていた。




