淫魔と自衛隊⑥
この日一日は地獄のような思いで学校生活を営んだ。
今日ばかりは、優也と同じクラスであることを心の底から憎んだ。今日一日、俺はずっと一人でいた。あいにくまだ俺と有紗先輩の関係性はこの学校内で広まってはいなかったし、優也との距離感以外は別に何も居心地の悪いことなどなかったのだが。
それでも、学校というものがこれほどまでに居心地悪く感じられたのは初めてだった。
お昼過ぎ辺りからは雨が降ってきた。
今日の天気は一日中晴れの予想だったが、とても強いわけではないが傘を差さなかったらしっかりと濡れるくらいの雨がお昼過ぎから夜にかけて降り続けた。
俺はいつもお昼を優也と一緒に食べていたから、今日ばかりはどうしようかと思った。
最初は、あまり人のいない外のベンチかなんかで食べようかと思ったが、雨が降ってきたことによりそれはやめた。この学校の中で、俺には知り合いが沢山いる。だが、友達と呼べるような存在は優也ただ一人だと思っていて、でも優也とずっと一緒にべったり居られるわけでもないから、一人でいる時も多い。
でも、このお昼時ばかりはなんだか一人でいることが居心地悪く感じられた。
優也は今、どうしてるかなぁ……。有紗先輩も、どうしてるかぁ……。
二人は俺がいなくても、多分楽しくやってるんだろうな。でも……俺には、二人が必要なんだな。そう思うと、俺は自分がなんだか惨めに思えてきた。学校のどこに行っても皆誰かとつるんでる。一人ぼっちでいる奴なんて、自分と、後は数えられる程度の人間しかいない。
結局、俺は自分がどこでお昼を食ったのか全く覚えていない。
午後の授業の時、優也の姿は教室になかった。
俺は、午後の授業が始まっても優也の姿が教室にないことに、帰ったな、と思った。優也は何かを一人で悶々と抱えているのが苦手な奴だ。だから、何か憤りみたいなものを感じたらすぐにそれを口に出すし、自分にとって居心地が悪い環境からはすぐに立ち去る。
それと比べたら俺ァ、鈍感なのかもな。……でもまぁ……なんでもいいや。優也がいないとちょっとは楽に過ごせる。
そしてそのまま放課後を迎えた。午後の授業の記憶なんてものは、一切ない。
俺は気怠さを覚えながら、それでもクソみたいな始まり方をした今日の学校生活を乗り越えた自分を褒め称えながら、昇降口で靴を履き替えさっさと帰ろうとした。外はまだ雨が降っていた。俺は周りの『傘持ってきてないよー』『天気予報とか見ねぇわ』『そもそも傘いる?』といったような様々な話し声を耳に入れながら、確かに俺も傘持ってきてねぇなと気づいた。
ま、いい。帰ろう。そもそも傘いる?
「ねぇ君、千葉大翔君でしょ」
俺は外靴を取り出して履こうとしたとき、誰かに背後から声をかけられた。その声は女の声で、だが有紗先輩ではないことはすぐに分かった。聞き覚えのある声ではなかった。
俺はあくびをしながらゆっくりと振り返ると、そこには見知らぬ女子生徒がいた。
「あんた誰?」
俺は目の前の、おでこを丸出ししていて明るい性格をしていそうな女の子に言った。
「私は椎奈千歳。三年生で、生徒会長をやってる。ちょっと話があって来たんだけど、時間いいかな?」
「ちょっと急いでるんでまた今度」
俺は手に持っていた外靴に履き替えた。
「ちょっと待ってよ。大事な話なんだけど」
「なんすか。また女に人気のない場所に呼び出されて、俺は割を食わなきゃならないんすか」
「なんか嫌なことでもあった? まさか……告白されたけど『やっぱりなし』って言われたとか?」
そう言われ俺は、上履きにまた履き替えてその椎奈とやらに近づいた。
「チョップ」
「痛い! 何するの!」
俺は椎奈先輩の頭にチョップした。
「俺がそんなにモテない奴に見えるかよ。……まぁ、いいや。どうせ急いで帰っても色々嫌な気持ちに溺れるだけだしな。んで、話ってなに?」
椎奈先輩はちょっとムスッとした顔をしながら頭を両手で押えていたが、俺が話に応じたからかチョップのことについては何も言ってはこなかった。
「単刀直入に言うけど、有紗のことについてよ」
俺は大きく目を見開いた。そうすることでしか驚きをできるだけ殺す方法がなかった。
「その表情、やっぱり心当たりあるのね。でも前もって言っておくけど、別に私は有紗とあなたの間に何があろうとも別に知ったこっちゃないし、正直私は有紗のことが嫌いだから、関わりたくもない。でも、一応生徒会長という立場にいるから、こういうこともしなくちゃならない。まぁ……内申点の為に頑張るけど」
「こういうことってどういうこと?」
「私は今あなたに、金輪際有紗とは関わらないことを勧めにきたのよ」
「はぁ?」
馬鹿馬鹿しい、と俺は思った。
「でも勘違いしないでよ。私は有紗が嫌いだけど、それを言いに来たのは私の本心ではない。さっきも言ったけど、できることなら有紗とは関わりたくないんだから」
「じゃあなんであんたが俺にそんなこと言ってくるんだよ。本当に俺が有紗先輩と関わることに問題があるんだったら、先生が言ってくるはずだろ」
「鋭いね。これは言わないつもりだったけど、そこまで分かってるなら教えてあげる。私がここにきた理由は、匿名のタレコミがあったからなの。この学校、生徒の数が膨大でしょ? だから、イジメやその他諸々のトラブルの通報というのが数多く寄せられるわけ。でも、通報の大半は匿名だから、それもまた先生達の手を煩わせる要因になっている。そこで、私達生徒会が、少しばかりその通報の内容の解決をお手伝いしているってわけ。だから、ここにきた」
「誰が俺と有紗先輩のことを通報したんだよ」
「それは分からない。なんせ匿名だったからね。でも、匿名だからこそちゃんとした根拠が無いなら実際に関係者の元へ来たりはしない。……最近、噂が凄いよね。君は有紗のお気に入りだって。実際にそうなんでしょ? だけど、それが結構危ないことだっていうことを……君は分かってる?」
俺は椎奈先輩の言葉を聞いていたはずだが、あまり言葉が頭に入ってこなかった。何故ならば、目の前の人のその言葉よりもずっと、〝匿名のタレコミ〟を入れたその通報者が誰だという方に思考が奪われていたからだ。考えた末、もしや? と俺は思った。
もしかして……優也か? ……いや、可能性はあるが優也はそんなことをする奴じゃない。優也が通報するとしても、それは俺に実害が出て初めてすることだろう。あのいざこざがあったのはまだ今日の朝ことだぞ? そんな早く通報してそんな早く来るなんて……。
「どうしたのそんなに俯いて。なにか心当たりでもあった?」
俺は気づかないうちに俯いていたらしい。俺は、椎奈先輩が俺のことを下から覗いてきたことによりそれに気づくと、すぐさま顔を上げた。
っていうか椎奈先輩って、意外と可愛いな。イイかも……。
「……まぁ、ご心配どうも。今日は疲れたからもう帰るよ。安心しな、あんたの忠告も頭の片隅に入れといてやるからよ」
俺は再度上履きを脱ぎ外靴に履き替えると、椎奈先輩の方を振り返って言った。
「俺は別に有紗先輩のことを完全に信じてるわけじゃねぇよ。仮に世界の全てが有紗先輩の敵になろうとも、だからと言って俺は有紗先輩の方に付けるほど馬鹿じゃねぇ」
そう言うと、俺は足速にその場を立ち去った。




