古本屋の原石
「お待たせ、待った?」
蒼真さんが息を切らせながら駆け寄ってくる。
「いま来たところです」
湊と蒼真さんは、いつもの場所で待ち合わせをしていた。朝早くにここに来るなんて不思議な気持ちだった。
昨日は突然今日の予定を聞かれて、何もないことを教えると、蒼真さんが勝手に予定を入れるので驚きだ。
古本屋に行こうと言われてもなぜそうなったのか、そもそも電話の相手とどんな話をしていたらそうなるのか。まずは説明して確認を取ってからにしてほしいと思った。
蒼真さんらしい自由さと強引さだ。
電話の相手は、知り合いの古本屋のおじいさんで何でも屋である蒼真さんに、手伝いを依頼してきたらしい。
その手伝いというのが、古本屋の本の整理を兼ねた大掃除だ。収納しづらくなってきていて困っているのが理由らしい。
蒼真さんが湊に一緒に古本屋に行こうと言ったのは、手伝ってほしいということだった。
蒼真さんが言うことには、古本屋は蒼真さんとおじいさんで片付けられるほど、狭いわけでも物が少ないわけでもないらしい。少しでも人手が欲しいということだ。
そうすると、予定が空いていそうで体力のある人が目の前にいるじゃないかとなる。蒼真さんは自分の了承も取らず古本屋のおじいさんに湊も手伝うと言ってしまった。
今日も安定して暑い。辺りをまばらに歩く人は日傘を差していたり、ハンディファンを持っていたりする。それでも、生ぬるい空気のせいで汗を流していた。
「蒼真さん、まだですか?」
「う〜ん? 後もうちょい。そこの角を曲がったところ」
二人はいつもの呑み屋のある通りから抜けて商店街に近い場所を歩いていた。辺りは静かでひっそりとしている。道沿いには青々とした立派な木が生い茂っていて、天然のカーテンのようだ。
角を曲がると、入口にたくさんの本が積まれている建物が目に入る。店の佇まいは年季が入っていているが、どこか凛とした空気を感じる。木々が風に揺られてざわざわと音を立てる。
自分が今立っているところと店の間には境界線があるのではないかと疑った。まるで別世界が広がっているようだった。
「どうした湊くん? 行くよ」
気付けば先を歩いていた蒼真さんに声をかけられるまで、湊は立ち止まって魅入っていた。
店の中にに足を踏み入れると、そこには床から天井まで本で埋め尽くされているのが見えた。どこを見ても本で溢れていて、棚に収まりきっていない。
「あれ居ないな? お〜い」
蒼真さんは店の奥まで行って声を張り上げる。
湊は近くにある本を手に取った。それは心理学の本だった。中身は専門書に近いようなものでとても初心者の湊にはおおよそ理解できそうもなかった。
棚に仕舞われている本のタイトルを見ると、やっぱり難しい内容だったり、珍しい題材であったり、他では目にしないような様々な本が多く置いてあるようだった。
「湊くんもこっち来て」
「あっ、はい」
棚の陰から顔を覗かせた蒼真さんに呼ばれて、俺も店の奥に進む。
店の奥にはレジとカウンターがあって、その後ろには階段があった。その階段を誰かがギシギシと音を立て降りてきた。
「お〜、蒼真来たか」
「久しぶり」
「悪いね。今回はだいぶ酷いだろう」
階段を降りてきたおじいさんは、頭を搔きながら気恥ずかしそうに言った。
「確かにいつもより散らかってるかもね。もっと早く読んでくれればいいのに」
「いや、都合がつかなくてな」
おじいさんは決まりが悪そうに顎を擦った。
「まあ、今回は助っ人もいるからね。何とかなるでしょ」
そう言って蒼真さんは、後ろに立っていた湊をおじいさんのもとに呼ぶ。
「紹介しよう。この人は俺に依頼してきた古本屋の笹本さんだ。電話の相手だよ」
「よろしくね」
湊は慌てて頭を下げる。
「俺は湊です。よろしくお願いします」
蒼真さんは湊と笹本さんを交互に見て、自己紹介が終わると手を叩いた。
「んじゃ、早速やりますか」
片付けの作業は思いのほか重労働で大変であった。積み重ねられた本はどれも厚く重い。
一つの棚を整理するだけでも、多くの本を運び出す必要があり時間と体力を使う。
俺と蒼真さんで本を運び出し、笹本さんがその本を選別して棚に戻す。ひたすらその繰り返しだった。
ある程度片付いてきて、ちょうどお昼頃になるので一旦作業を中断した。午前中ずっと重いものを運んでいたからか身体のあちこちが痛い。
湊は大きく伸びをした。
蒼真さんは、いらなくなった本を店の裏手で軽トラに積み込む作業をしていた。
「湊くん、手伝ってくれてありがとう」
「いえ、こんな経験なかなかないので面白かったです」
笹本さんがお茶を淹れてくれた。手渡されたコップにはキンキンに冷やされた緑茶がなみなみと注がれていた。
湊は作業を通して笹本さんと自然に会話ができるくらいは馴染んでいた。
「ここにある本は、潰れてしまった本屋や、図書館、個人とかいろいろな場所から本が集まってるんだよ。定期的に整理するんだけどね、やっぱり引き受ける本が増えていくとどうしても溢れてしまうんだよ」
笹本さんは困ったように笑った。そして、近くにある本を一冊手に取り、そっと表紙をなでる。手元の本に視線を落としたまま、目を細めながら呟いた。
「どの本も本当は処分したくないんだけどね。すべての本には巡り合わせがあって、たくさんの出会いと思い出が詰まっていると考えるとね。こういうときはいつも悲しいよ」
「素敵な考え方ですね」
湊は言葉が流れるように出てきた。
「湊くんにはそういう本に出会ったことあるか
?」
「恥ずかしながら、自分の感覚で本を選ぶことがあまりないですね。いつも誰かにお勧めされたとか、ベストセラーばかり読んでしまってます」
笹本さんは、目を細めて微笑む。
「それもいいんだよ。みんなと同じ感覚を共有することも楽しみ方の一つだからね。」
店の入り口に飾られている風鈴の音が、風に乗って軽やかに聴こえてくる。
「たまに、手に取ってみるだけでいいんだよ。それが自分には合わないこともあれば、素晴らしい宝石の原石のような本に出会えることもある」
笹本さんの声には力強さがあった。
湊は笹本さんの言葉に引っかかる。
「宝石の原石ですか。笹本さんにとってそれはどんな本でしたか?」
「詩集かな。季節ごとのささやかな日常に関する詩だったよ。でも、なぜか目が離せなくてね」
懐かしむように語る笹本さんの目はきらきらしていた。
「君にとってもきっと運命的な出会いがあるさ。本だけでなく、人生でもね。いい縁に巡り合えるはずだよ」
笹本さんは、緑茶を飲んで一息ついてからまた話始める。
「例えば、湊くんと蒼真もそうなんじゃないか。」
評価・リアクション・感想・イチオシレビュー等は励みになりますので、お気軽にしていただけると幸いです。ポジティブな意見だけでなく厳しいご意見も遠慮なくいただけると嬉しいです。




