甘いもの
「どうしたんですか?」
湊は蒼真さんの様子がおかしいので、怪訝な顔をする。
「湊くんは……、辛くないわけ?」
「辛いですよ。けど、おいしい辛さですよね」
湊は顔をほころばせて、また器に箸を伸ばす。
「いやいや」
「え?」
お互いに顔を見合わせて、信じられないといった顔をしている。
二人がそのまま固まっていると、店長が助け舟を出した。
「そこの兄ちゃんの言う通り、それ激辛だから。10人に1人は美味そうに食べるけど、普通は君みたいに平然とは食べられないよ」
「ほら、俺が一般的反応なわけ」
「……。」
湊は麺を持ち上げて口に運ぶ。蒼真さんが言うほどやっぱり辛さを感じない。
「そんなに辛いもの得意だったなんでびっくりだよ」
「俺も全く知りませんでした」
「そうなの? 普段食べない?」
そう言われて自分の記憶を探る。いつもは母さんに用意してもらったご飯を食べている。一人の時はどうだろうと考える。
「結構食べてるかもしれません。一人の時に思い返してみると、辛いものを選んでたような気が」
「無意識か。めっちゃ辛いもの好きじゃん」
無意識だった。自分の知らない部分が見えてきて不思議な気持ちになった。
しゃぼん玉にたくさんの光や色が反射して見えるように、蒼真さんといると知らない自分が見えてくる。それは決して悪いことじゃなくて、むしろ嬉しい。蒼真さんの前だと少しだけ受け入れられる。
湊は大きく口を開けて、麺を吸い込んだ。
「ごちそうさまでした〜」
「ごちそうさまです」
店を出て通りを並んで歩く。
結局、蒼真さんは意地で食べ切った。あんなに辛い辛いと騒いでいたのにまさか食べきるとは思わなかった。
「にしてもまだ辛いな。だめだ、アイス食べよ」
蒼真さんはまだ舌を出して渋い顔をしている。
「ほらあそこの店に入ろう」
店にはチラホラとお客さんがいて店内で食べることができるようだ。アイスはたくさんの種類があってどれも美味しそうだった。蒼真さんと湊はおすすめの中から2種類ずつアイスを選んだ。
注文したものを受け取って席に着くと、蒼真さんはすぐにアイスを口に入れた。
「あ〜、最高」
「ですね」
辛いものの後に食べるアイスは格段に美味しく感じた。
「湊くんはこの後予定あるの?」
「ないですよ」
「じゃあ、このままのんびりしよ」
蒼真さんはテーブルにだらける。
「平日の昼間の大人のセリフじゃないですね」
「俺は明日も休みだよ」
蒼真さんはそう言って、アイスを口に入れて幸せそうな顔をする。
蒼真さんは普通の大人みたいに毎日会社に行って働いてという生活ではない。だからなのか、のびのびしていて楽しそうだ。
「蒼真さんが何でも屋をやってるのは何でですか?」
「う〜ん、成り行きかな」
曖昧な答えに、湊は口の中のアイスの味が消えていくのを感じていた。
「そんな簡単に自分のやりたいことが見つかるものですか?」
湊は前のめりな口調で蒼真さんに尋ねる。アイスを口に運ぶ手は止まっていた。
「何、どうしたの?突然そんなに聞いてくるなんて」
蒼真さんは目にしわを寄せて笑った。
湊は昨日の特別授業での先生の話をした。進路を考えろ、大学のことも視野に入れろと言われた話を。
「大学ね、俺行ってないから分かんないな」
「そうなんですね」
意外とも思わなかった。
話を聞いていた限りでは、蒼真さんは高校の優等生という枠にははまりそうもない。それに学歴もどうでもいいといった感じだった。
「高校卒業した後は、就職とまではいかないでバイトしてフラフラしてたな。んで、親切な人に拾われて働くこともあったな。湊くんの参考はならないかもね」
蒼真さんの言葉には昔を懐かしむような声が混じっていた。
「どうして親切にしてもらった人の所を辞めて、何でも屋をやってるんですか?」
蒼真さんは目を細めて遠くを見つめる。目線はアイスをこねる手に固定されていた。
「最高の場所だったよ。辞めた理由は、……俺の気持ちの変化かな」
蒼真さんにもたくさんの過去があって色々な経験があったのかもしれない。楽しいこと、つらいこと、うれしいこと、悲しいこと。
湊には蒼真さんの明るい面ばかり見えていた。蒼真さんの明るさには理由があるのかもしれないと感じさせられた。
「何でも屋は気まぐれみたいなもんだけどね」
蒼真さんは湊のよく知っている笑顔を見せた。
「湊くんもさ、重く受け止めなくてもいいと思うよ。大学に行ける余裕があるなら、とりあえず行くってのもアリだと思うよ」
「そんなのいいんですかね」
どうも納得できずに、うつむきがちになった。
「どんなことでもいい、行ってみたいって理由を見つければいい」
蒼真さんの言葉に少しだけ視線を上げる。
「例えば?」
「あの先生が面白そうとか、あのサークルに入りたいとか」
「なかったら?」
「自分の学力で行けるとこから考えればいい」
結局、ありきたりな答えにたどり着く。みんなはそれでも大丈夫かもしれない。
でも、自分は果たしてそれで大丈夫なのだろうか。みんなと違って、うまくいく未来が想像できない。
蒼真さんは、表情が見えないままの湊を見ていた。
「みんな何かを学びたいって言うけれど、やっぱり面倒くさいと思ったり、入ってみたらやる気がなかったり人もいる。結局は、本当に学びたいって気持ちよりも大学に行く理由を自分に向けて作ってるみたいなもんだ」
「そういうものですか、ね……?」
湊は釈然とせず首を傾げた。
「もちろん、本当に何かを学びたくて一生懸命な人もいる。でも、全員が全員そうじゃない。みんな迷っている部分があるんだよ」
「……俺に見つかりますかね」
「見つかるじゃなくて、見つけに行くだ。大学に入れば今よりは時間に余裕がある。いろいろ経験すれば、小さなことでも見つかるかもしれない」
蒼真さんはスプーンを持った手で湊を指さした。
そして、困ったように眉をひそめる。
「大丈夫だよ。俺みたいにやってても何とかなるんだから。湊くんみたいに考えてる子はもっと安心すべきだよ」
蒼真さんの言葉で、少し不安が取り除かれた。見えない先の不安にとりつかれすぎていたのかもしれない。君だけじゃないというこのメッセージに、自分が空回りしそうになっていたことに気づかされた。
さっきよりもアイスの甘さが口の中に広がる。
テーブルに置かれた蒼真さんのスマホが振動する。蒼真さんはスマホの画面を見て、湊の様子をうかがう。
「ちょっと電話に出てもいい?」
「はい」
蒼真さんが電話をしている間、溶けかけのアイスを口に入れる。アイスに舌鼓を打っていると蒼真さんから視線を感じた。
まだ電話をしている蒼真さんからの視線に湊の頭の中に疑問が浮かぶ。
「明日空いてる?」
蒼真さんはスマホを耳から外して自分を見てそう言った。湊は驚きながらも空いていることを伝えた。
一体どういうことなのだろうか。湊の返事を聞いた後、蒼真さんはまだ電話を続けている。
電話を切った蒼真さんは湊に一言。
「じゃあ、明日は古本屋に行こっか」
評価・リアクション・感想・イチオシレビュー等は励みになりますので、お気軽にしていただけると幸いです。ポジティブな意見だけでなく厳しいご意見も遠慮なくいただけると嬉しいです。




