辛いもの
特別授業の次の日、湊は図書館に来ていた。
今日は遥香が家に友達を呼ぶらしく、鉢合わせても気まずい。
だから、特に予定があるわけでもないが外出することにした。涼しくて、快適に勉強できる場所といったら、図書館が真っ先に頭に浮かんだ。
遥香は湊が外に出ると言ったら、申し訳なさそうにしていたが、気晴らしだと言って納得させた。
今日も肌がジリジリと焼けそうな暑さだ。
図書館の中はそんな様子を微塵も感じさせない快適さだった。
夏休みの課題に取り組み始めてから二、三時間ほど経った。課題の進みは順調だ。ちょうど昼頃になるので、ひとまず課題に区切りをつけることにした。
図書館を出た湊には問題があった。昼をどこで食べるかということだ。遥香に友達がいつまでいるのか聞くことを失念していた。
家で食べるか、外で食べるか悩ましい。
そう思いながら、歩いていると遠くに行列のできている店を発見した。
なんだろうか。
この暑さの中並んでまで入りたい店とは何か湊は興味が湧く。
店の目の前まで来て分かった。ラーメン屋だった。自家製のちぢれ麺にこだわっているらしい。ラーメンの種類もたくさんある。外のメニューに載っているのはどれも美味しそうでトッピングも豪華だ。
今日の昼はこれにしようかなと思い、列に並ぶ人に目をやった。今並んでいるのは五人、店の中は十席以上はあるとあたりをつけ、すぐに入れそうだと思った。
列の後ろまで行くと見覚えのある人物がスマホをいじりながら並んでいる。
今日も相変わらず、独特なアロハシャツを着ている。何の柄がよく見てみると、猫がたくさん大なり小なり描かれていた。
やっぱり派手な服装だ。
「蒼真さん、何してるんですか」
湊は蒼真さんに声をかけながら後ろに並ぶ。
「うぉ。びっくりした。何でいんの?」
蒼真さんはスマホをうっかり落としそうになるほど驚いていた。それに、口調もわずかにくだけている。
意図したわけではないが、ほんのちょっとだけ蒼真さんにしてやったという満足感があった。
いつも自分ばかりが驚かされているような気がしていたのが少し悔しかったが、今の蒼真さん様子を見たらどうでもよくなった。
「そこの、近くの図書館に行ってたんです。蒼真さんこそ何してるんですか。ちゃんと仕事してます?」
湊はじっとりとした目で蒼真さんを見上げる。
「俺はいいの。今日は何も依頼ないし」
蒼真さんは、気にした風もなくからからと笑う。
「何でも屋だからって依頼はそう来ないでしょうよ。だって、怪しさ満点だからね」
「おいおい、なんてこと言うんだ。これでも近所では信用されてんだよ」
蒼真さんは、少し誇らしげな笑みをする。
湊はそれに冷めた視線を送る。
なぜ不定期の仕事で、しかも何でも屋なんてやってるのか。やはり謎だ。
蒼真さんと話しながら並んでいるといつの間にか自分たちの番になっていた。
「いらっしゃい」
店主と店員の威勢のいい声が店内に響く。
店の中は個人のラーメン屋にしては珍しく、ラーメンの熱気を感じさせないほど涼しかった。
「湊くんさ、辛いの食べられる?」
店内を見ているうちに、蒼真さんは入口券売機でラーメンを選んでいたらしい。
「食べられますけど、先に買ってください。俺はあとから選びます」
後ろから声をかけると、蒼真さんはニンマリと笑みを浮かべて食券を二枚見せる。
「もう買っちゃった」
「は?」
湊が苛立った様子で答えると、蒼真さんはまぁまぁといった感じで肩を叩く。
「まぁ、いいじゃない。奢りだよ。あとなんかつける?餃子とかチャーシュー丼とかあるけど」
「じゃあ、餃子で」
湊は声に不機嫌さをにじませた。
「拗ねんなよ。このラーメン絶対うまいから」
蒼真さんはにやにやと気味の悪い顔する。
せっかくの選ぶ楽しみを奪われて不満だが、奢りだからと自分で納得させた。
だが――。
湊は蒼真さんがお釣りのボタンを押す前に素早くトッピングのボタンを押した。
「あっ、仕返しのつもりか」
「安心してください。蒼真さんの分も買ってます」
湊は満面の笑みで蒼真さんに告げる。
「そういうことじゃない」
席に着くと店員さんがやってきて、食券を回収していく。店員さんが持ってきてくれた麦茶は氷が入っていて体の奥まで冷たさが染み渡った。
「あ〜、生き返る。やっぱ夏は麦茶だな」
蒼真さんはだらっと椅子にもたれかかった。
「あの、さっきのラーメン何頼んだんですか?」
食券自体は蒼真さんが持っていて、湊は一体どんなラーメンが来るのか全く知らない。
「うん? あれだよ」
そう言って蒼真さんは近くの壁に貼ってあるポスターを指さした。
夏限定、夏だから食べたい激辛ラーメンというキャッチコピーが目に入る。しかも、ラーメンの写真のスープは真っ赤でいかにも辛そうだ。
「本気で言ってます? 写真ちゃんと見たんですか? 明らかにヤバい色してますけど」
湊は涼しい店内だと言うのに、冷や汗が止まらない。
「まあ、何とかなるだろう」
蒼真さんはなんとも気の抜けた様子で笑っている。
「本当ですか。蒼真さん辛いもの得意なんですか?」
「いや、普通よりちょっと強いくらい。今回のはヤバいかもな」
蒼真さんが何を考えているのか湊には全く理解できない。
「なんで頼んだんですか。俺も食べれるか不安なんですけど。食べられなかったらどうするんですか」
「そりゃ、気合だな。ま、何とかなるさ」
気軽にチャレンジしようとする心意気に湊は開いた口が塞がらない。と同時に、蒼真さんの楽観さに呆れてため息をついた。
しかし、自分にもそんな気持ちがあればいいのにとも思った。
運ばれてきたラーメンは写真通り真っ赤なスープで辛そうなパウダーもかかっていた。
「いただきます〜」
「……いただきます」
上機嫌な蒼真さんとは違って、湊はおずおずとラーメンのスープを飲む。
辛い、でも美味しい。辛さの中にもスープの旨味があって、想像以上に美味しい。
麺も啜ってみる。こだわりのちぢれ麺はスープとよく絡んでいてとてもいい。
乗ってる具材もスパイシーだったり、ほんのり甘く味付けをしてあるものもあって、ラーメンに合っている。
湊は夢中でラーメンを食べる。
「辛っ! 湊くんは――」
蒼真さんの方を見ると、コップの麦茶を飲み干して顔をしかめて苦しんでいた。よく見ると、少し汗ばんでいた。
「えっ?」
蒼真さんは声を発した後、目を見開いて固まってしまった。
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