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Cross gazes  作者: 水紋
一章:関係の名前

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10/11

波立つ心

 小学生くらいの湊がいる。


 しゃがみ込んでカマキリをじっと見ている。

 あの頃は家にたくさんの図鑑や虫かごがあって、部屋をいっぱいにしていた。

 ずっとカマキリの動きだけを見ていると、なぜか分からないが、自分は地面に倒れた。それでも、カマキリを見ていたくて、カマキリから目を離さなかった。

 周りがだんだん騒がしくなっていく。カマキリを見るのをやめない。

 場面が変わった。

教室で両親と先生と話し合っているのを廊下からひっそりと見ている自分がいる。

 そういえば、そうだった。だから――。


 目が覚め、鳴り続けるアラームを止めた。

 とても懐かしい、そんな夢を見たような気がしたが、起きたらどんな夢だったか思い出せなかった。

 カーテンを開けた窓から見える空は、灰色の雲が一面に広がっていてまるで湊の心のようだった。




 湊が一階に降り、キッチンで水を入れていると、母がリビングからやってきた。


「湊、起きたのね」

「おはよう」

「今日、夏祭り行くんだっけ?」

母は、冷蔵庫を空けながら聞いてきた。

「うん、その予定だけど」

「じゃあ、天気とか見とくのよ。こんな調子だと、延期が中止もあり得るんだから」

「分かった。ありがとう」

母はそう言ってキッチンからいなくなった。


 ご飯を食べながら、スマホで天気予報を見ていた。

 今日は、午後から雨が降る可能性があるらしい。

 夏祭りの終わり頃になると、降水確率がぐんと跳ね上がる予報だった。

 夏祭りのチラシには開始時に雨が降っていなければ、予定通り開催すると書かれていた。今日はきっと大丈夫だろう。

 スマホの通知音が鳴った。智也からだ。今日の夏祭りの待ち合わせ場所と時間についてだった。

 湊はそれに返信して、傾けたコップの中の水がゆらゆら揺れるのを眺めていた。




 智也との待ち合わせ場所に行くと、智也はまだいなかった。

 夏祭りは隣町でやるので湊と智也は自転車で行くつもりだ。他の友達2人は隣町や他の地域に住んでいるので、現地集合をすることになっている。

 空を見上げると、朝よりも雲が厚くなっていた。


「悪い、遅くなった」


智也がすごいスピードで自転車を漕いできた。


「大丈夫、俺が早く来すぎただけだから」

「じゃあ、行くか」


 ほかの友達とは、屋台が立ち並ぶ場所の近くで待ち合わせをしていた。

 予想以上に人で賑わっている。まだ入り口だというのに、予想以上の人の多さに湊はたじろいだ。

 智也と2人できょろきょろ見回していると、遠くから、おーいと大声を出して手を振っている友達を見つけた。


 「すごい人だよな。合流できないかと思ったよ」

「にしても、お前の声はよく通るな。すぐに分かったよ。さすがだ」


友達と智也のやりとりにみんなが笑った。


「そういえば二人には言ってなかったけど、女子も何人か来るけどいい? 今日突然、連絡来てさ。断るような理由も特にないし、おっけーしちゃったんだけど」

「もう決まったことだし、別にいいけど」


 智也はあっけらかんとして言った。いつの間にか智也と湊の知らないところで話が進んでいたらしい。いったい誰が来るのだろうか。知っている人かな、なんて一抹の不安を覚えた。


「もうそろそろ着くみたい」

「あれじゃね」


 友達が目を凝らしながら指さすほうに、湊は頭を振った。

 来たのは浴衣を着た三人の女子だった。着るのに時間がかかって大変そうだ。かなり時間をかけ完璧な仕上がりを作ってきたのだろうと勝手に推測し、湊は祭りにかける気合の違いを感じた。

 ちなみに、まったく知らない三人ではなかった。さすがに、知らない人同士で回らせるような友達ではなかったようだ。

 一人は去年クラスが一緒だった大木さんで、後の二人は友達のつながりで何度か会話したことがあった。



 屋台のある通りに入ると、入口よりも増して人が増えた。まだ早い時間なのでごった返しとはいかないが、人の集まりが熱気を感じさせるほどではあった。湊はみんなの後ろをついて歩いていた。

 辺りを見回すのをやめると、前に歩く女子が目に入った。浴衣と人混みで足をモタモタとさせているように見えて、前にいる大木さんに声をかけた。

「大丈夫? もっとゆっくり歩いたほうがよさそう?」

「清原くん、平気だよ。浴衣の時はちょっとずつ歩く方がいいから」

「そっか、つらくなったらいつでも言って」


 どうやら歩きづらそうに見えたのは、いつもよりも小幅で歩いていたからみたいだ。浴衣は大変だと改めて思った。



 人混みはすごかったが、とりあえず一周はした後、屋台で買い食いしたり射的などのゲームをやったりと、あらかた楽しんだ。

 その後は、みんなで屋台のある通りから外れて道の脇で休憩することになった。

 夏休みは何をしてたかや課題のことなどを話しながらあっという間に時間が過ぎていった。

 花火が始まる前になって、みんなで飲み物が欲しいという話になった。

 今日は曇ってはいるが、モワモワとして暑さは変わらないので、喉が渇きやすい。


「じゃあ、俺が買いに行くよ」


湊は自分から名乗り出た。


「え、悪いよ。ジャン負けで決めればいいよ」


女子のうちの1人が申し訳なさそうな顔をしていた。


「いや、そんな遠くないし気にしないで」

「ええ、いいの〜?んじゃ、俺コーラ」


 友達は地面に座ってかわいこぶったふりをふざけてした。


「お前、いつの間に女子になったんだよ。俺も行こっか?」


 智也が気を使ってくれたが、断った。

 みんなから頼まれたものをスマホにメモをした後、湊は人混みの中にまた足を踏み入れた。


 みんなからは屋台ではなく自販機で買えるものを頼まれていた。

 さっき歩いていた時の記憶を頼りにしながら、自販機を見つけようと人混みの中を進んだ。


 自販機を探しているうちに、あの場所に来たような感覚に近いものがある、そう思った。

 屋台の明かりは一軒一軒目立つために目が痛いほどまぶしい。

 屋台からは威勢のいい呼び込みの声、訪れる人々からは様々な会話が飛び交い、それが湊の耳にすべて入ってくる。

 段々と、自販機を探すことなんて忘れて、自分の意識は現実から遠のいていった。


「清原くん?」


 突然後ろから呼ばれて、肩をびくつかせた。現実に一気に引き戻された。声のした方を見ると大木さんが立っていた。


「どうしたの? みんなは?」


 困惑する湊に、大木さんは穏やかな調子で答えた。


「そろそろ花火始まるから場所取りに行ったの」

「そうなんだ。ごめん、わざわざ。連絡くれるだけでもよかったのに」


 湊の言葉に、大木さんは前髪を直しながら微笑んだ。


「でも、場所がわかりにくかったら困ると思って。あ、自販機あそこにあるよ」


 大木さんは、街灯の下に照らされた1台の自販機を指差した。


 大木さんが自販機のボタンを押して、湊が飲み物を取り出す。全員分買うためにこれを繰り返す。

 大木さんが、何個目かのボタンを押した後で押すのをやめてしまった。

 まだ買い終わっていないのに、大木さんが手を止めたので湊は首をひねる。


「大木さん?」

「いつも思うけど清原くんは優しいよね。今日も浴衣のこと気にしてくれたり、こうやって率先して買いに来るところとか」

「そんなことないと思うけど、普通だよ」


 大木さんは何事もなかったかのようにまたボタンを押し始めた。


「清原くんはそう思ってても、私からしたら普通じゃないよ」


 普通じゃない、この言葉に胸がざわめいた。

 大木さんにとっては何げない言葉に、なんて返す言葉が見つからなかった。そんな湊の様子に大木さんは気づくこともなく言葉を続けた。


「去年から思ってたけど、そういうところやっぱり好きだな」


 湊は大木さんの顔をゆっくりと見た。


 大木さんの顔はまだ自販機に向いたままだった。しばらく無言が続く。

 そしてゆっくりと身体がこちらに向けられる。大木さんは目をそらさずに口を開いた。


「清原くん、好きです。付き合ってください」



 大木さんに対して好きかどうかは考えたことがなかった。だから――。


「時間をもらってもいいかな」


 こんな言葉しか出てこないのはなぜだろう。

自分に好意を向けてくれている人がいる。このこと に、喜ぶべきなのは湊にも分かっていた。

 しかし、素直に喜べなかった。さまざまな感情がぐちゃぐちゃに混ぜられていっぱいになっていた。

 本当は大木さんにありがとうやうれしいよといった言葉をかけるべきだと思うが、そういった言葉は喉につっかえて口からは出せなかった。



 大木さんと飲み物を買い終わってみんなと合流して花火を見た。その間平静を保とうと努力していたが、湊の内心は祭りのことなんかもはやどうでもよかった。


 最初にみんなと集合したところまで戻ってきた。湊の友達は電車だったり、近場なので歩いて帰るようだ。 女子たちは浴衣なので迎えに来てもらうそうだ。

 電車の時間と迎えが来るまでの間、みんなで話をして待つことになった。

 みんな祭りの余韻から抜けたくないという気持ちが一緒だった、湊を除いて。


 湊は自分を保とうとできる限り、自然に振る舞おうとした。

 友達の話に相槌を打っていると、視界に見覚えのある人がいたような気がした。

 友達越しに遠くをじっと見ると人混みの中を歩く姿を捉えた。


「湊、どうした?」

「ごめん、なんでもない」


智也にそう返すので精一杯だった。


 みんなと別れた後、智也には寄りたいところがあるから先に帰るよう伝えた。

 目一杯自転車のペダルに力を入れた。

 この気持ちをどうにかさせたくて。縋るような思いだった。


 いつもの場所に来たが、いない。

やっぱり帰ろうと思い直し、Uターンをしようとハンドルを大きく曲げた。

 するとどこからか手が伸びてきて、自転車のかごを固く掴まえられた。


「もう帰るの?来たばっかだよね」


 その声に反射的に顔を上げると、コンビニの袋を片手に笑っている蒼真さんがいた。

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