問いの意味
湊は蒼真さんを見て立ちつくす。いざ、蒼真さんを目の前にすると、どうしたらいいのかと混乱した。
「どうした?幽霊を見たみたいな顔してるけど」
蒼真さんが口角を上げて湊に尋ねる。湊はハッとして目をパチパチとさせた。
「あ、いや、いるとは思わなくて」
「なんで?」
「だって、今日お祭りやってるところで見かけたから」
「祭り? あ〜、近くを通ったかも」
蒼真さんは顎に手を置いて考えた後で、大きく頷いた。
「それで? わざわざ祭りの後なのに来たんだ~?」
蒼真さんはニヤニヤとしながら湊に顔を近づけた。
湊は蒼真をジトッとした目で見る。
「冗談じゃん」
蒼真さんは笑いながら湊の肩を音がするほど叩いた。湊はというと、おとなしく蒼真さんに叩かれていた。蒼真さんの笑いが落ち着いても湊はそのままだった。
蒼真さんは湊の顔をそっと覗き込む。
湊はそれに気づいて、言葉を振り絞ろうとした。
「あの、蒼真、さん……」
蒼真さんに何を言いたいのか言葉がまとまらない。
二人の間に沈黙が訪れる。辺りの騒がしさが耳を通り抜けた。
「ちょっと歩くか?」
蒼真さんはいつもの調子でそう言った。
二人は黙って歩調を合わせる。蒼真さんと一緒に居て一言も話さず歩くのは、久しぶりだった。最初の頃を思い出して懐かしくなった。
蒼真さんと過ごすようになってこの場所も湊にとっては変化していた。
以前は、見知らぬ誰かの行動の一つ一つを見ているのが楽しかった。蒼真さんといるうちに、徐々にいろいろな人の感情が動く瞬間に気づくことが増え、この場所は湊に新しい表情を見せるようになっていった。
湊は隣を歩く蒼真さんをちらっと見た。サングラスの奥の瞳は真っ直ぐ前を向いていた。蒼真さんにはどんな景色が見えているのだろうか。
会話がない2人の耳には、辺りの音が鮮明に聞こえた。
蒼真さんは唇をかすかに舐めて、口を開いた。
「夏祭りさ、どうだった?」
「すごい混んでましたよ」
「やっぱり〜? 俺が近く歩いてた時も祭り終わってたのに、人混みがやばくてびっくり」
さっきまでのぎこちなさはなく、いつものように自然な空気が流れた。
「そう言えば花火も結構上がってたみたいだね」
「そう……でしたね」
そう言われて湊は少し言い淀んだ。
「何? 花火期待外れだった?」
「いやそんなことはないですよ。たくさん上がってましたし」
湊は笑ってみせる。
しかし、どんなに花火がすごかろうと、今の湊の心には何も残っていなかった。
湊はゆっくりと瞬きをして、夜空を見上げた。
口を開けて言葉を出そうとするが、なかなか声が出てこない。
「蒼真さんは……他人から向けられる感情を信じられますか?」
ようやく出てきた声の端々はかすかに震えていた。
蒼真さんは湊に一瞬だけすっと目を向けた。その後はまた前に視線を戻した。その顔つきは茶化す様子はなく真面目そのものだった。
「曖昧な質問だね。例えばどんな感情?」
「自分に対して好意的な感情だけど、自分は……嬉しくなかった場合」
「複雑だね〜」
蒼真さんは眉をひそめて乾いた笑みを浮かべる。
そして目を伏せがちにして静かに答えた。
「だとしても信じるよ」
湊は口を閉ざした。
二人の足音が少しずつズレ始める。蒼真さんの足音を追うように湊の足音が鳴る。
蒼真さんはポケットに手を突っ込んで、空を見上げた。
「嬉しくない場合って、自分が納得いかないからでしょ。でも、他人がどう感じるかまでは自分にはどうしようもないからね」
湊は蒼真さんの答えを飲み込めなかった。いつの間にか握りしめていた手の指先は力が入りすぎて赤くなっている。
「湊くんは疑うの?」
「……」
「どうして?」
「……」
蒼真さんは黙りこくる湊にふっと笑った。
湊は蒼真さんのいない方に視線を流す。そして、ゆっくりと言葉を出した。
「その、……もし他人の感情が薄っぺらいものだったとしたなら?」
「どういう意味?」
「その人の見ていた自分の姿は上辺だけで、そこから生まれた感情だった時に、信用できますか?」
「それを軽く見るのは違うんじゃない? だって、その上辺は自分が見せたもので、それを含めて自分でしょ、違う?」
蒼真さんは湊に視線を送った。目線が合うと、湊の体は目をそらすことを許されないまま固く強ばる。
「――自分の表面しか見ていなかった人は、すぐに手のひらを返す。他人の感情を受け入れても、振り回されることを考えれば、……気が重くなる」
「そんなに悲観的にならなくてもいいと思うけど」
蒼真さんは悩むことなくあっさりと言い放った。
「でも、――」
「裏切られるのが怖いってこと?」
蒼真さんは湊の言葉に被せるように聞き返した。湊は反射的に口を開いた。
「そういうことじゃなくて……」
また、言葉に詰まる。湊は下唇をぐっと噛んだ。
「違うか。」
蒼真さんは自らの言葉を否定するように首を振った。
「そうじゃない」
蒼真さんは苦い顔をして呟く。
口元に手で覆って俯く蒼真さんの表情は湊には見えなかった。
蒼真さんは道の脇で立ち止まった。湊もそれに合わせて足を止めた。
蒼真さんの面がゆっくり上がる。
目と目が合う。その目はまた湊の体を支配する。
湊はその目に畏縮してしまう。その目が自分を見透かしていると、そう感じてならなかった。
「お前が怖れているのは他人じゃない。自分自身なんじゃないのか」
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