208 避難訓練
結婚式が終わり、招待客は転移石で送られて水の都へと帰った。帰る前に盾の乗り物を乗り回して楽しんでいたのは言うまでもない。リジェンダとマイヤーフだけでなく、ダスタムやティリューダ、普段何も喋らないマーカムまで楽しんでいたらしい。
ファイスールとテレクエルの双子は一度水の都へ帰り、一泊した後にコーシェルが迎えに行って飛翔神の町へ戻ってきた。
「命の都に戻ったら、またフォスターと離れちゃうんだよね……やだなあ」
命の都へ戻る前日の夜、自分の部屋の前の廊下でリューナは不満そうに呟いた。
「しょうがないだろ。女の人の宿舎に俺は入れないんだから」
「そうだけど……」
少しむくれていたが、急に明るい声を出す。
「じゃあ、フォスター成分を補充させて!」
「またか……。この前やったばっかりだろ」
「この前のは今まで足りなかった分。今はこれから足りなくなる分の補充だもん!」
そう力強く言うと、リューナはフォスターに抱きついてきた。フォスターの胸に顔をうずめて深呼吸している。
(とてもカイルにはこんなところ見せられないな……)
軽くため息をつき呆れながら仕方ないと割り切ってされるがまま立ち尽くしていると、リューナから文句が出る。
「フォスターは抱き締めてくれないの?」
「ええー……」
平気なふりをしているが内心は動揺していた。「妹」で「神の子」とはいえ女の子であり、血も繋がっていない。自分には無い柔らかいものが身体に当たって健康な男子が平気でいられるはずがない。こうなったらさっさと終わらたほうが楽だと考え、軽く抱きしめ頭を撫でる。かなり長い時間そうしていたように思えたが、実際はそれほどでもなく満足したリューナはスッと離れた。
「……ありがと。これであっちに戻ってもがんばれると思う」
「そうか。それなら良かった」
「うん。おやすみなさい」
「おやすみ」
リューナが満足して部屋に入ると安堵の息をゆっくりと吐く。ビスタークから何も突っ込みが入らないのが逆に嫌である。ちょうど休んでいるのかもしれないが、なんだかいたたまれない。落ち着かない気持ちでベッドに入った。
コーシェルから転移石を返してもらった後、フォスター達は命の都へと戻った。しばらく滞在したら今度は炎の都へ向かう予定である。神衛兵の訓練で自分の力がある程度納得出来るものになったら出発するつもりだ。見習いを卒業するには指導する神衛兵に認められた後、罪過石を額に埋め込む。埋め込んでから最低でも一か月、つまり四十日間、額の石の色が白くなるまで滞在しなくてはならないのだ。フォスター達にはそこまで時間の余裕は無いので、正式な神衛兵を目指すつもりは今のところない。
命の都に戻ってすぐにセレインは医者の実習、双子は大神官の試験のための勉強で忙しくなった。
カイルは「例の薬」の騒動もあって宿の長期滞在契約を解除してしまったため、別の宿を紹介してもらいに行く。フォスターも初日の訓練後合流し、リューナと共について行った。
カイルが無事に別の安い宿を確保した後、大きな音が命の都全域に鳴り響いた。
「わっ!? 何!?」
「この音、うるさくて怖い……」
カイルとリューナが驚いている。
「これ、避難訓練ってやつだよな?」
フォスターは神衛兵たちから話を聞いていたので落ち着いていた。
『そうだ』
「えーと、この音だと建物の中でいいのかな」
『あー……確かそうだったような……忘れたな』
ビスタークは生前経験済みではあるが、かなり昔のことのためだいぶ忘れている。周りを見ると人々は近くの建物に入っていく。おそらくそれで良いのだろうと結論を出したと同時に、突然知っている声がかけられた。
「屋内退避の音だが、君たちは初めてだろう? 良い機会だから地下の避難施設を経験してもらおう」
その声は、先日ザイステルの診療所で護衛を務めた命の神衛兵ヴィダだった。ヴィダが来た反対の方向からその妻レーヴェが向かって来るのが見える。少し離れたところから護衛をしていたようだ。監視かもしれないが。
「一番近いのはこっちだ。ついてきてくれ」
レーヴェが合流するなりヴィダはそう言って先頭を歩き始めた。
外にはほとんど人がいなくなっている。まだ外にいる者は避難訓練に慣れていないよそ者だと思われた。見かねた住民や店の店員が建物の中に入れと言って押し込む光景が見えた。
少し歩いた後、石造りの細長い小さな建物の前で止まる。そのドアの鍵部分に何か仕掛けがあるらしく、解除されるまで待つ。ドアが開くと中には階段しかなかった。下に続く階段と上に登る階段がある。
「地下が避難用の部屋になっている」
「上は?」
「窓から外の様子を見るためのものだ。部屋は無いよ」
「なるほど」
一人の幅しか無い階段を降りると、広い部屋があった。階段ではヴィダが光源石で照らしてくれていたが、この部屋には設置されている光源石があったのでそれを起動した。
「思ってたより広いですね」
「あっちの小部屋には水源石と排泄石が備蓄されている。ただ食料は自分で用意しなければならない。まあ、そこまで長い時間避難することも無いからな」
「避難訓練が終わるときの合図はここから聞こえますか?」
「ここじゃ無理だな。そのためにさっきの上の窓から様子をうかがうんだ。最低一人はそこにいてもらう感じだ」
レーヴェは地下についてきていなかった。つまり、上の窓のところで訓練終了の合図を待っているのである。
カイルは物珍しそうにきょろきょろと部屋の中を見回し、うろつき始めた。好奇心が抑えきれないという様子である。
「あの扉はなんですか?」
奥のほうにある扉を見たカイルがヴィダに質問する。
「地下通路だ。他の避難部屋や神殿、外のほうへ繋がっている。今日は必要ないから行かないぞ」
「それは残念だなあ」
「お前、楽しそうだな」
「だって普段入れないところに入れるの楽しいもん」
「まあな」
リューナは少し考えてからヴィダに質問した。
「神殿に続いてるってことは……神殿とか宿舎にいたとしたら、やっぱり地下に避難するんですか?」
「そうだ。君には護衛がついているから、その時の担当が避難のため迎えに行く。部屋で待っていてくれ」
「わかりました」
「それなら安心だな」
「うん」
「俺はたぶん一緒に避難出来ないからな」
「えっ……そうなの?」
途端に不安そうな表情になった。
「俺は一応神衛見習いだからな。安全確認とか迎撃に備えたりとかするはず。ですよね?」
「ああ。神衛の装備をしていないときは避難誘導で、装備しているときは近くの地元の神衛兵に判断を仰いでくれ。状況によって変わってくる」
「わかりました」
「そっか……お仕事ならしょうがないね」
寂しそうだが納得はしたらしい。
「俺、すぐ探して合流出来るようにするからね!」
「うん、ありがと」
カイルが自分の存在をアピールしたので、リューナは少し笑って礼を言った。
「今回の場合は外にいる人に避難誘導でしょうか」
「そうだな。住民は慣れているが、医療目当てに来てる者や観光客がおろおろしていたら声をかけてやってくれ。近くの店や家に声をかければ受け入れてくれるさ」
「よく知らない人を家の中に入れられますね」
「まあ、慣れだな。悪い奴がいる可能性もあるが、神衛もたくさん外にいるから、すぐに対処できる環境なのも安心材料だろう」
ヴィダが真面目な表情でフォスターたちへ告げる。
「ここ何年もこの都が攻撃されたことはなかったが、この前の奴の様子を見ると何を仕出かすかわからない。何が起きても対応出来るように心構えをしっかりな」
奴、とはザイステルのことである。命の都の今までの苦難を学んでおかなければな、とフォスターは気を引き締めた。
どうも最近兄妹の距離があった気がしてたので、ここんとこ少しコミュニケーションを取らせたくてですね……。
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