202 疑念
「いいね」ありがとうございます!
「三日後になったよ」
「何が?」
カイルに言われてフォスターはそう返事をした。
「何って、俺の退院だよ」
「やっと決まったのか。よかったな」
「ほんと。やっとだよ。何回血を抜かれたかもうわかんないよ」
カイルは肘の内側を擦る。そこには注射跡が残っていた。
「リューナも血をとられてたよね?」
「……」
「リューナ?」
リューナも毎日見舞いに来ているが、ザイステルと出くわしてからずっと元気がない。今も俯いていた。
「リューナ、具合悪い?」
カイルがそう訊くと慌ててリューナは顔を上げた。
「あ、ごめんなさい。ぼーっとしちゃってて。何の話?」
「リューナも血を抜かれたよねって」
「あ、うん。眼の呪いを調べるのに役に立つかもしれないからって。痛かった……」
注射などされたことが無かったリューナの眉に皺が寄っている。左肘の内側に触れているところをみるにそこから取られたのだろう。長袖なので傷があるかは確認出来ない。
「そういや、退院した後の宿はどうするんだ?」
「どうしよう……。前のとこはなんか行きにくいしなあ」
「まあ、そうだよな」
『例の薬』の中毒症状が出て、神衛兵に病院へ連行されてしまった。少しばかり目立ってしまったので、同じ宿は断られるかもしれないとカイルは思っている。そこへノックの音が聞こえてきた。
「宿のことは一回家に帰ってから考えたら」
話を聞いていたセレインが病室へ入って来るなりそう言った。
「え?」
「前にも言ったでしょ。結婚式があるって」
「ああー」
「色々あったから忘れてたなあ」
セレインの兄であるコーシェルの結婚式のことだ。一度水の都で行っているのだが、祖父のマイヤーフが飛翔神の町でもやろうと言い出して実際することになったのである。
「あたしも実習が一区切りするからちょうどいいかなと思って」
「いつ帰るんですか?」
「三日後にしようかなって。カイルの退院もその日でしょ」
「よかったな、家に帰れるぞ」
フォスターはカイルではなくリューナに向けてそう言った。
「……リューナ?」
リューナの返事がまた無い。やはりどうにも元気がない。
「あ……ごめんね。なに?」
「家に帰れるって話をしてる」
「あ、うん。もうセレインさんから聞いてた」
「そうか。家でちゃんと休もうな」
「私はいつも休んでるようなものだけどね」
「そんなことないだろ。色々あったから気疲れしてるんだよ。落ち着けるところでしっかり休んだほうがいい」
「うん……」
カイルは兄妹のやり取りを聞いて心配そうに呼びかける。
「リューナ、元気出してね。これ、さっき売店で買ってきたんだ」
そう言って小さい紙袋に入っている焼き菓子を渡した。
「ありがとう……いい匂いがするね」
リューナの口元が緩んだ。
「この辺にしかないスパイスを使ってるんだって。薬にもなるらしいから元気が出るよ、きっと」
「嬉しい。ありがとう」
確かに嬉しそうなのだがやはりいつもより元気がない。
「今食べちゃえば?」
「え、いいのかな」
「元気出してほしくてあげたんだから、遠慮しないで食べなよ」
カイルが笑顔で勧める。こちらはもうすっかり元気そうだ。
「それじゃあ……いただきます」
輪っか状の菓子に黒いものがかかっている。それはチョコレートがかけられたドーナツだった。
「わぁ〜、美味しい……! 食べたことない味……!」
「少し元気が出たみたいだね。良かった……」
「そういうお前は具合悪そうだな……今まで元気だったのに」
フォスターがカイルの顔色を見てそう言った。
「うん……ときどき急にこうなるんだよね……。やっぱり後遺症はあるみたいだ。少し寝るよ」
「退院して大丈夫なのか?」
「まあ、いつも寝れば良くなるから大丈夫でしょ。『薬』の後遺症で理力が減りやすくなってるみたい。時々なるだけだから心配いらないよ」
セレインが見解を示した後、カイルが眠れるよう全員病室から出る。そろそろ夕飯時になるので病院の食堂で待ち合わせることにした。
双子やセレインを待っている間、甘い飲み物を飲ませてリューナを元気づけようとしたが、一瞬笑顔になるものの、すぐに表情が曇る。普段リューナは美味しい食べ物で誤魔化されやすい。それなのに今は通用しないところをみるに、ザイステルと鉢合わせてしまったのが相当堪えたのだろうとフォスターは考えていた。
子どもをあやすようにリューナの頭を撫でた。フォスターは見ていなかったが、あの一件が終わり通信石で自分と話した際、リューナは泣いてしまったという話を聞いている。三日後に家へ帰れることになって良かったと思う。この日は食事のときにも元気がなかった。家に帰れば気分も変わるのではないか、そう思っていた。
食事が終わり、各自それぞれの部屋へ戻ってからセレインがリューナへ声をかけた。
「リューナ、怖かったこともあるんだろうけど、他に何か悩みがあるなら言ってね。ずっと暗い顔してる」
「あ……すみません、気を遣わせちゃって……」
「男の人には話せないこともあるかなって思って」
「……」
リューナは黙って俯いている。何か言い出しにくいのかもしれないと思い、セレインも黙ったまま今日の実習の報告書を書いたり、身支度などをしながらリューナが話したくなるまで待った。
「……私、気になったことがあって」
しばらくしてから、リューナがようやく口を開いた。
「うん」
「私が狙われてるのって、お祖父さんがお金持ちで、その遺産目当てって聞いてるんです」
「うん、あたしもそう聞いてる」
セレインはリューナが破壊神の子だとは知らないので、とりあえずリューナと同じ理由を教えられている。ただしリューナとは違い、家に戻ったら本当のことを教えるとも言われている。
「でもおかしくないですか」
「ん?」
「悪い人たち、なんで捕まらないの?」
「んー……そうねえ……居場所がわからない、とか?」
「そうなのかなあ……」
納得のいかない表情をしている。
「それに、色んな町の神衛を操って命令するとかすごく大掛かりなことをしてますよね」
「そうだってね」
セレインは洗脳された神衛兵を見たことがなく話に聞いただけなのでこういう反応になる。
「田舎の町娘を攫うだけなのにかなり大ごとになってませんか」
「そう言われてみれば……確かにそうだね……」
「絶対、何か隠してると思う」
「うーん……」
セレインは首を傾けている。
「ザイス先生、奥さんを生き返らせるとか、神の力があればとか言ってたんですよ」
「ええっ?」
「話が大きすぎるでしょ?」
「確かにね……」
二人とも黙って考え込んだ。セレインは何か重要なことをリューナに隠していることは知っているが、それが何であるかまでは見当もついていなかった。
「……あたしも何も知らないけど、もしかしたらかなり大きな犯罪を追ってて、捜査に支障が出ると困るから教えられないのかもしれないね」
「大きな犯罪……」
「例えば『例の薬』の元締めとかだったら?」
「私のお祖父さんがそれに巻き込まれてるってこと?」
「うん」
「逆にお祖父さんが悪い人で、他の悪い人に……ってこともあるのかも……」
そう自分で言っておいてリューナは涙目になる。慌ててセレインはリューナを抱き寄せた。頭を優しく撫でながら諭す。
「きっとリューナがそうやって悲しんじゃうから教えないんじゃないかな」
「それはわかってる……けど……」
「それにリューナのお祖父さんは悪い人じゃ無いんじゃない? 他のお子さん……ていうか、リューナの伯父さんや伯母さんには会ったんでしょ?」
「うん……」
「うちに帰って嫌なことは忘れよ? ね?」
「……」
リューナは黙って頷いた。
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