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クラウス・ルシーズ

 


 ロキ様に手を引かれて、夜道を歩く。

 私が何度話しかけても、ロキ様は返事をしてくれなかった。

 クラウス、という名前が出てからだ。ロキ様の態度が変化してしまったのは。

 知られたくないことだったのだろう。

 つまり、私の知っているクラウス様と、プリシラさんの言っていたクラウス様は同一人物の可能性が高い。

 クラウス・ルシーズ様。

 宰相家の長男で、私のお友達であるルディア・エニード公爵令嬢の婚約者。

 ロキ様はスアレス帝国で人間に紛れて住んでいる魔族もいると言っていた。

 つまり、クラウス様は魔族――ということかもしれない。

 ご挨拶しかしたことはないけれど、まるで気づかなかった。

 ヴィオニス様よりも少し年上の、どことなく冷たそうな怖い方、という印象だった。

 部屋に戻ると、ロキ様は玄関の壁に私を押し付けるようにして、きつく抱きしめてくる。

 私よりも余程ロキ様の方が不安が強いように見えた。

 だから、その背中に手を回して、落ち着かせるようにそっと撫でた。


「どうしましたの? ロキ様、何か困ったことが起こりましたの?」


「なんでもない。アンジュ、僕が好きだよね? 何にも聞かないで。一緒にいて」


 何度か、唇が軽く触れる。

 言葉を奪うように深くあわさろうとしてくる唇から、私は顔を背けた。

 ロキ様が隠そうとするということは、多分私に関係があることだ。

 聞かなければいけないという予感がする。

 知らないままでいては駄目だと、理由はわからないけれど強く思った。


「……きちんと、話してくださいまし。ロキ様、クラウス様とは私の知っているクラウス様ですわよね。婚約者のルディアは、私の友人ですわ。二人の身に、何かありましたの?」


「……何にもないよ」


「嘘ですわ」


「知ってどうするの? アンジュは、もう帝国には戻れないんだよ?」


「そうだとしても、……知りたいのです。それは、私がロキ様の元に来てしまったことと、何か関係があるのではないですか?」


「ないよ。気のせい」


「誤魔化さないでくださいまし」


 ロキ様の腕の中で私は身を捩った。

 腕に力を入れてロキ様の胸を押して、離れようともがく。


「ロキ様、何があったのか教えてください。帝国で、何かが起こりましたの?」


「……帝国なんて遠く離れているし、そもそも別の世界だし。何かが起こったとしても、それはアンジュには関係のないことだよ。この世界は閉じている。もうあちら側には行けない」


 いつもとはまるで違う、冷めた口調でロキ様は言った。

 怖くはなかった。本来のロキ様がこのような方だったとしても、私に優しくしてくださったロキ様が失われるわけじゃない。

 ロキ様が隠そうとするのは――多分、私のためだ。

 ロキ様はどこまでも優しいから、私が傷つかないようにしてくれているのだろう。


「私、ロキ様が好きです」


 灰色の瞳を真っ直ぐに見上げて、私は言った。


「……何があっても、何が起こっても、それは変わりませんわ。どうか私を信じてくださいまし」


「アンジュは僕のそばにいてくれるって約束したよね。楽しいこと、沢山しよう。……向こう側の世界のことなんて、忘れて」


「ロキ様、……教えてください。何も知らないままでいたら、後悔してしまうかもしれませんわ。私がロキ様の元にきたせいで、何かが起こってしまったんでしょう? だから、ロキ様は隠しているのでしょう?」


「だから、違う」


「お願いです。私は胸をはって、ロキ様のそばに居たいのです」


「……アンジュ。君は、僕が好きだと言ってくれたのに、僕よりも、帝国の人間を優先するの?」


 ロキ様の声音に、冷酷さが滲んでいる。

 いつもの甘い声とは違う、感情を失ったような声音だったけれど、けれどやっぱり怖いとは思わなかった。


「私はロキ様を愛しておりますわ。何が起こっても、何を知っても、それだけは、変わらないこと、信じてくださいまし」


 私は挑むようにロキ様を見つめて言う。

 ロキ様は戸惑ったように私を見た後、そっと両手を繋いで、コツンと私の肩に額を当てた。


「……ごめんね、アンジュ。……僕、今、酷いことをしそうだった。二度と、好きだって言ってもらえないような、酷いこと。……ごめん」


「……私はロキ様が好きです。繊細で、優しい方だということぐらい、数日一緒に暮らせば理解できますわ。だからきっと、何をされても私は受け入れられますし、許したと思います。……でも、隠しごとはいけません」


「うん……」


「これからのこと、今起こっていることは、きちんと話し合いたいのです。……私、ヴィオニス様には口答え、できませんでしたわ。帝国ではそれは許されないことでしたから。ロキ様は、許してくださるのでしょう?」


「うん。……そうだね。……ちゃんと話し合わないと、アンジュは血の魔法陣を描いて、どっかに行っちゃうかもしれないよね」


「そうですわ。私、行動力がある方だと思っておりますのよ」


「好奇心も旺盛だよね。知らないことを知ることも、新しいことに挑戦することも怖がらないし。……そういうところ、好きだよ」


 ロキ様は私の肩から伏せていた顔をあげる。

 それから、悲しみと戸惑いの混じった視線で私を見下ろした。

 私は手を伸ばして、きちんと整っている白い髪を撫でてあげた。くすぐったそうに目を細めるのが、可愛らしい。


「……クラウスと、話そうか。……アンジュちゃんに知られるのが嫌で、隣の部屋に閉じ込めてるんだ」


「閉じ込めるのは良くありませんわ」


「そうだね。ごめんね」


 ロキ様はずっと私と一緒にいた気がするのに、いつの間にクラウスさんと会っていたのだろう。

 私が眠っていた時かしら。

 よく分からないけれど、私はロキ様と共に一度玄関から外に出て、隣の扉へと向かった。


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