表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/41

恋はしないと決めた矢先に、半ば強制的に彼氏ができそうになる



 ロキ様は長い間部屋から出ていない。

 けれど、ヴィオニス様や巫女様とは戦っている筈よね。

 ロキ様を封印したから、ヴィオニス様たちは魔王討伐の旅から帰ってきたのだし。


「あの……ロキ様は、魔王として、立派に働いておりますわ。私にはよくわかりませんけれど、国を維持して、それから、人と争わないように、巫女様が現れた時、皆に危害が及ばないように、対処しているのでしょう?」


「そのことについてなのですが、アンジュさん」


 アルジェドさんが悩ましそうに、眉を寄せた。


「巫女とは本当に存在するのかと、不思議に思っていたのですよ」


「巫女様はいらっしゃいます。だから私は、ロキ様の元に来たのです」


「まぁ、そうなのでしょうね。……ただ、私たちとしてみたら、……そうですね、なんと言えば良いのか。はるか昔にロキ様が、虚無が広がる空間に、新しい世界を作りました。私たちはそこに移り住み、今は世界は閉じています。つまり、アンジュさんの存在は、私たちの世界にとってはイレギュラー、ということなのですよ」


「ごめんなさい、意味がよく分かりませんわ」


「アルジェド。アンジュちゃんは今、ここにいる。そんな話はしなくて良いよ。混乱させるのは、やめて」


 ロキ様がアルジェドさんを睨んだ。

 プリシラさんがつまらなさそうに、指先でくるくるとグラスの中のお酒をかき混ぜたあと、良いことを思いついたような顔で私をじっと見つめてくる。

 プリシラさんの蠱惑的な瞳が、私を悪戯っぽく覗きこんで、私は頬が勝手に染まっていくのを感じた。


「つまり、アンジュさんの国に、別の世界から巫女が来た。それと同じで、俺たちの国に、別の世界からアンジュさんが来た、という感じですね。……アンジュさんの場合は、巫女ではなくて、ロキ様のハウスメイドのようだが」


 フィアセスさんの補足で、アルジェドさんの言っている意味がやっと理解できて、私はこくんと頷いた。

 会話に飽きたらしいプリシラさんが、チーズを生ハムで巻いたものを私の口に突っ込み始める。

 ぐいぐい押し込まれる一口大の生ハムチーズを、私は仕方なく口に含んで、もぐもぐと咀嚼した。


「世界とか、巫女とか、どうでも良いわよね。アンジュちゃん、遠慮しないで食べてね。美味しいでしょ、ここの料理。ここはフィアセス様のお店なんだけど、フィアセス様は筋肉と美食に目がないから、お酒だけじゃなくてご飯も美味しいのよ」


「は、はい」


「ほら、これも食べて? これは豚バラトマトの串揚げ」


「くし、あげ……?」


「それとも、海老の天ぷらが良い? 焼き鳥が良い? 焼き鳥は良いわよ、タンパク質が豊富だし、糖質が少ないし」


「やきとり?」


「可愛いわね……ロキ様、アンジュちゃんのこの可愛い反応を、独り占めしているのね? それにアンジュちゃんが来てから結構経っているでしょ? それなのに、まだ串揚げも天ぷらも、焼き鳥も食べさせてあげてないの? 何をしてるの、ロキ様。一体日々何を食べているの?」


「プリシラさん、コンビニという便利な場所に、ご飯が売っておりますのよ。私は、しゃけのおにぎりが好きです」


「なんですって……!」


 プリシラさんがショックを受けたように、口元に手を当てる。

 それから縋るような視線を、シルベールさんに送った。


「どう思う、シルベール?」


「駄目ですね。駄目駄目です。メイド服を着せる趣味はあるのに、食事はコンビニですませて狭い部屋に住まわせるなど、偏執的にも程があります。どういう嗜好なのですか、ロキ様。裕福な者をあえて赤貧な環境にして貶めることに、ときめきを感じるのですか?」


 シルベールさんが、肩をすくめながら言う。


「やはり、長年独り身を拗らせると、どこかに歪みが……」


「ロキ様、アンジュさんは恋人ではないのですよね? かえって不健全ではないかと、俺は思いますが」


 アルジェドさんは長い袖で口元を隠し、フィアセス様は悲しげに表情を曇らせた。

 ロキ様は不機嫌そうに、グラスのお酒を一気に飲み干した。


「僕とアンジュちゃんは、今の所穏やかに平和な日々を送っているのに、どうしてそうなるのかな」


「でも恋人ではないんですよね」


「恋人にする気もなく、メイドとして扱い続けるおつもりということですよね」


「狭い部屋で、ろくに外にも出ずに」


 シルベールさんとアルジェドさん、フィアセス様が顔を見合わせる。


「恋人にするつもりもないのに、アンジュちゃんの自由を奪うのね、ロキ様?」


 プリシラさんが私の口の中に、串揚げというものをぐいぐい突っ込みながら言った。

 トマトの酸味がはじけて、お肉の風味が広がる。とても美味しい。


「そうやって、物事をすぐに恋愛に繋げたがるのは、どうかと思うよ。アンジュちゃんはまだ十七歳なんだよ?」


「十七歳は、アンジュさんの世界では十分に大人でしょう」


「まぁ、ロキ様がそう思うなら、それでも良いです。けれど、お二人が今のまま共に暮らすというのは、賛同しかねます。何せアンジュさんは愛らしい。愛らしい上に、珍しい。希少な人間の女性です」


「……アルジェド。どういうつもり?」


「失った恋を埋めるのは、新しい恋とも言いますね。アンジュさん、私と、アルジェド様、フィアセス様。見た目の好みで言えば、誰が好きですか?」


 シルベールさんに尋ねられて、私はどうして良いか分からずに、数度瞬きを繰り返した。

 それからロキ様に視線を送る。

 ロキ様はなんとも言えない表情で、私を見ている。

 私は--


「それではアンジュさん、全員と一度ずつ、デートをしてみましょう。それで、一番好みの男性と付き合う。それが良いですね」


 答えられない私をみかねたのか、フィアセス様が、にこやかに言った。


「え、ええと」


 どうしてそうなるのかしら。

 皆、優しそうだし、素敵な男性だと思うけれど。

 そういえばロキ様は、魔族は人間に優しいと言っていた気がする。

 ロキ様も他の方々も、珍しくて物を知らない私を、愛玩動物のように思うのだろう。

 この世界にとって私は、異世界から来た巫女様と同じ。

 つまり皆が私に優しくしてくれるのは、巫女様に、皆が優しくしていたのと同じ。


「最初は、俺が良いな。俺と一度デートしたら、他の男など目に入らなくなる。つまり、アンジュさんは明日には俺のものになるということだ。良いですよね、ロキ様。恋人ではなく、恋人にする気もないのなら、俺が貰っても?」


 口調は優しいのに、フィアセス様が急に肉食獣のように見えて、私は身をすくませる。

 ロキ様は腕を組んで、深く息を吐いた。


「アンジュちゃん……フィアセスと、付き合う?」


「よ、よく分かりません。私、フィアセス様のこと、よく知りませんし」


「僕の側にいるよりも、フィアセスの方がずっと、アンジュちゃんを幸せにしてくれると思う」


「ええ、それはもう、幸せにしますとも。主の大切なアンジュさんを傷つけるような真似はしません」


「それなら、良いんじゃない? アンジュちゃんが、よければ」


「……私は」


 私は、どうしたいんだろう。

 今この場に来ることを選んだのは私だ。

 それなのに、何か違う。ちくちくと、胸が痛い。

 ロキ様が要らないと言ったら、一人で生きていく?

 恋人を作って良いと言われて、こんなに、痛いのに。

 私は俯いた。

 俯くと、フィアセス様の快活な笑い声が、響き渡った。


「俺としては、こんなに悲し気な女性に、無理やり手を出すようなことは避けたいですね。まぁ、アンジュさんがロキ様を嫌うことがあれば、いつでもその心算はできていますが」


 フィアセス様が、楽しそうに笑っている。


「お互いどういう感情を抱いているのか、こんなに分かりやすいのに、一体何をためらっているというのです。ロキ様、そのように不機嫌な顔をして、いつまでハウスメイドだと言い張るつもりですか」


 アルジェドさんが呆れたように言った。


「馬鹿馬鹿しくなってきましたね。姉さん、今夜は朝まで飲みましょうか」


「良いわよ、付き合ってあげるわよ、可愛い弟のためだもの」


 シルベールさんとプリシラさんが顔を見合わせる。

 ロキ様は、私の手をとって立ち上がった。

 小さな声で「帰ろう、アンジュちゃん」と言うので、私は皆さんに会釈をして、席を立った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ