父兄同伴で合コンに行く
あれよあれよという間に、合コンのスケジュールが決まった。
合コンとは、男女が知り合うためご飯を食べる、社交界のようなものらしい。
単身者用アパートではなく、ファミリー用アパートになった、見た目的には特に変化のない六畳間で、私はメイド服でも部屋着でもない、黒字に白い水玉模様のワンピースに着替えていた。
ワンピースの上から、そろそろ寒くなるとロキ様が言うので、ふんわりしたショールを羽織っている。
「アンジュちゃん、本当に行くの、その、合コンに」
テーブルの前で膝を抱えて座っているロキ様が、歯切れの悪い口調で尋ねてくる。
「ロキ様、恋愛はしないと決めた私ですけれど……いつかロキ様に恋人ができて私が邪魔になったときには、ここを出て行かなければいけません。だから、世間を知ることは重要だと思いますのよ」
私はロキ様の前に膝をついて座って、それっぽい理由を説明した。
確かにそれも少しはある。
けれど、全部嘘かもしれない。
私は――ロキ様が私を邪魔だと思うことを考えるだけで、胸に差し込む痛みから目をそらし続けている。
縋るわけにはいかない。
だって私はどこまでいっても愛玩動物のようなもので、期待をしたらまた――世界征服を望んだ時の私のように、罪深く最低な私に戻ってしまうかも知れないからだ。
かつて、私の世界の大半は、ヴィオニス様が占めていた。
今は、ロキ様が――ヴィオニス様以上に、私の全てになってしまっている。
料理も掃除も洗濯も、少しはできるようになったけれど、狭い部屋でずっと二人でいると、私の世界は、私の居場所はこの部屋しかないのだと、思いそうになってしまう。
プリシラさんからの合コンのお誘いは、だからたぶん、私にとっては丁度良かったのだろう。
このままではきっと、ロキ様に依存してしまう。
ロキ様はあまりにも優しくて、ロキ様と二人きりの部屋にいると、あたたかいぬるま湯にずっとつかっているように、身動きがとれなくなりそうになる。
これでは、ロキ様の造ったスノードームの街の人たちと、一緒だ。
架空の檻の中で、生きている。
私がロキ様の恋人だったら、そんな風には思わなかったのだろうけれど、そんな未来はきっと訪れない。
「僕がアンジュちゃんを邪魔だと思う日は、絶対に来ない」
「でも、私の存在が、ロキ様の幸せの邪魔をするのはいけませんわ。それに、私はロキ様たちとちがって長く生きることができませんから、だから」
「だから?」
「潮時だと思ったら、きちんと居なくなるつもりでいるのです。迷惑をかけないように」
「潮時って、何」
「……たとえば、病気になったり、動けなくなってしまったり、体に不調が起った場合の話です」
「アンジュちゃん……どうして、そんなことを言うの?」
ロキ様が、咎めるような視線を私に向けた。
灰色の瞳の奥に燻る感情が、私にはよく分からない。
「今は私は元気ですけれど、……でもきっといつか、そうなってしまうときが来ますのよ。だから、合コンにいくのです」
「アンジュちゃんが死んじゃう話と、合コンの繋がりがよく分からない」
「帝国では、私はヴィオニス様の婚約者でしたから、社交の場で男性とお話をするなんて許されないことでしたの。でも、ロキ様の国では違いますでしょう? 文化の違いというものですわね。……少しづつ慣れていこうと思っていて」
「彼氏を作って、僕の傍からいなくなりたいの?」
「違います。私のことを要らなくなるのはロキ様です。いつか来るそのときの準備を、今からしますのよ。……そうしないと、私はまた、最低な私になってしまうかもしれません」
「アンジュちゃん、それって……」
ロキ様が何か言う前に、私はあわてて捲し立てるように言葉を紡いだ。
何か、大切な――心の奥にある部分を、剥き出しにしてさらけ出してしまったような激しい羞恥心を感じた。
「他の魔族の方々に会うことは良いことだと思います。アルジェドさんやプリシラさんと、もう少し色々話をしてみたいと思っておりますのよ。そうすれば、ロキ様のメイドとして、ロキ様のことをもっと深く理解できるかもしれませんし」
「……うん、分かった。じゃ、僕も一緒に行く」
「……ロキ様、そういう場所には、お父様やお兄様は一緒に来ないものではないのでしょうか」
「僕はアンジュちゃんの父親じゃないし。兄でもないから問題ないよね」
ロキ様が、両手で抱えた膝の上に顎をのせながら言う。
合コンというのは、男女の出会いの場。
つまり、ロキ様が参加することで、ロキ様も新しい恋をはじめられるのかもしれない。
それはきっと、良いことだろう。
どことなく、時折何かが欠落したように感じられるロキ様の、心の穴を埋められるような女性がどこかにきっと居る。
それは私じゃなくても――いえ、私には、それはできない。
だって私は――
一瞬、世界が揺れる。
閉じた瞼の裏側に、何もない砂漠の情景がうつる。
私の体は砂漠に沈んでいく。
助けを求めるように伸ばした手は、白い骨だった。
「アンジュちゃん、どうしたの?」
「……何でもありません」
目を開いて、ふと息をつく。
今のは何だったのかしら。
よく分からない。




