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アンデット愛憎サバイバル


 食事を終えた私が歯磨きをして戻ってくると、もう布団が準備してあった。

 今日も布団は一つきりだ。

 一緒に眠ることについて考えると、皮膚の下がむず痒くなるような羞恥心が唐突に湧き上がってくる。

 ロキ様は眠っている私を見ると、死んでしまうのではないかと不安になるようなので仕方ない。

 そう自分に言い聞かせる。


「アンジュちゃん、おいで。眠たくなったら寝ちゃって良いからね」


 ロキ様はお布団に座って、ぽんぽんと自分の横を叩いた。

 私は言われるがままロキ様の隣に座った。

 距離が近い。

 どことなく甘い、良い香りがする。

 ロキ様の買ってくれた高級シャンプーの香りだ。

 おかげさまで私の髪はいつになく絶好調で、ロキ様の髪質も、ふんわりぼさぼさから、ふんわりさらさらになりつつあるように見えた。


「最後までお付き合いしますわ」


「アンジュちゃんは儚いんだから、そんなに一生懸命生きなくて良いんだよ。眠たい時には、寝て。アンジュちゃんが寝たら、僕も一緒に寝るから」


「でも、えいが、というものを堪能しないと」


「いつでも好きな時に続きが見れるんだよ。そういう月額サービスに入ってるからね」


「げつがくサービス」


「うん。好きな映像が見放題。最近、僕たちの国で流行ってるのは、街に溢れるアンデット族と、悪霊族の呪い、かな」


「なにがなにやら」


「適当に聞き流して大丈夫。僕のおすすめは、街に溢れるアンデット族だね。これ、一時間の話が十話あって、シーズン十まであるから、時間潰しにぴったり」


「怖いのですか?」


「そんなに怖くないよ。だって、出てくるの全員魔族だし。アンデット族なんて下級種だから、弱いし」


 さっぱりよくわからない。

 私はそれ以上の質問をやめた。

 ロキ様はリモコンのスイッチを押して、テレビをつけた。画面にたくさんの文字や写真のようなものがうつる。

 その中から、おどろおどろしい写真が選択される。

 画面が暗転し、ややあって、画面の中に人の姿が映る。彼らは何やら話し始めた。

 どうやら、えいがとは、演劇のことらしい。

 私もスアレス帝国時代は劇場に足を運んだことは何度かあるので、演劇は知っている。

 ロキ様が私の箱庭の街をテレビにうつしてくれた時のように、画面の中の方々は本物のように見えた。


「これはどういったお話ですの?」


「ええと、主人公はあの耳のある、獣人族の男ね。獣人族の男が、満月の夜の自我消失による暴走から目覚めると、街にアンデット族が溢れていて。獣人族の方が強いから、ばったばったとアンデット族を倒してマイホームに帰ったら、奥さんが浮気してたっていう……、ところからはじまる、アンデット愛憎サバイバルだよ」


「あら、演劇の中では女性が浮気をしますのね」


「アンジュちゃんのところじゃ、女性は浮気しないの?」


「帝国では、女性の姦淫罪は罪が重いのですわ。男性は、許されますのよ、ある程度は」


「どうして男はよくて、女性は駄目なの?」


 ロキ様は本当に不思議そうに言って、悩ましげに眉根を寄せた。


「女性の責務は世継ぎを生むことですから、不義密通を行って、誰とも分からない血が血筋に混じるのはいけないので、罪が重いのです」


「でも、それって男も一緒でしょ」


「男性の場合は……少し違うのです。男性は、側室を娶ることができますので。女性は、立場によっては死罪になることもありますのよ。皇帝の血筋や、公爵家に、誰ともわからない男の血が混じるのは、許されざることですから」


「酷い話だね」


「そういう決まりなのです。だから、女性は皆貞淑ですの。極力肌も隠しますし、会話交わしたとしても最低限ですわ。女性が数多の男性に色目を使うことの方が、異端ですのよ」


 ロキ様は「ふうん」と短い返事をした。

 こちらの国では、きっと違うのだろう。

 プリシラさんがあのような格好で過ごしているぐらいなのだから、もっと女性は自由なのだろう、きっと。

 そうこうしているうちに、画面の中の男性が、街を徘徊するずるずるぐちゃぐちゃした屍のようなものを、圧倒的な強さで倒し始めた。

 耳と尻尾のある立派な体躯の男性はとても強い。

 けれどあまり気持ちの良い風景ではなくて、私は「ひぇ」と小さい悲鳴を上げながら、ロキ様の腕に縋りついた。


「怖い? お兄さんが抱っこしてあげようか」


「お、お言葉に、甘えても良いでしょうか……怖いの意味が、分かりましたわ」


 ぐちゃぐちゃしたものは、魔物と呼ばれているもの。

 耳のある男性は、魔族と呼ばれているもの。

 姿形も知性も、まるで違う存在に見えた。

 私はロキ様の足の間へと移動した。

 背後から抱きしめてくれるので、幾分か恐怖が薄らいだ。


「私、魔物を実際目にしたことはありませんけれど、巫女様たちは怖い思いをして戦って、ロキ様の元に辿り着いたのでしょうね」


「そうかもねぇ。最果ての魔境はもう誰も管理していないし、元々魔物が多く住んでいた場所だから、こういう……低脳で見た目の悪いものが蔓延っていただろうね。僕は最終決戦感を演出するために、魔境の奥に、魔力で城を建てて到着を待っていただけだから、良く知らないけど」


「こういった恐ろしい存在から守ってくれる王子様がいたら、誰でも恋に落ちますわ」


「恐怖による心拍数の増加を、恋愛感情だと勘違いすることはよくあるらしいよ。怖いと、どきどきするでしょ、アンジュちゃん」


「今まさに、どきどきしておりますわ。魔族の方々は、魔物に容赦がありませんのね」


「アンデットは気持ち悪いからねぇ。獣系とか、スライム系とかは、まだ可愛いのがいるけど。……まぁ、これはそういう設定だから。突然変異したアンデットが街に溢れて、それに体の一部を噛まれると、アンデット化しちゃうっていう」


「普通はそういったことはありませんの?」


「吸血族は相手を同族にできるよ。アンデット族にはそういう能力は無いね」


 ロキ様は吸血族と人間から生まれたと言っていた。

 私はなるだけグロテスクなシーンが続く画面から意識を逸らすために、ロキ様に話かける。


「物語に、出てきますわ。私たちは吸血鬼と。牙で、血を吸うのです。……ロキ様には牙はありませんの?」


「あるよ。でも血なんて吸わないし、牙は邪魔だから、普段はしまってる」


「そうなのですね」


 ロキ様は口を開いて、歯を見せてくれた。歯並びの良い綺麗な白い歯と、赤い舌が見えた。

 確かに牙はないようだった。

 ロキ様の案外太い腕に捕まって画面から目を背けていると、場面が移り変わる。

 どうやら、奥様が不義を働いているところに、主人公の男性が遭遇したみたいだ。


「ロキ様、この方は何故不貞を働きましたの?」


 妻の不貞を知って激昂した主人公が、妻をベッドに投げ飛ばすのを見ながら、私は尋ねる。


「寂しかったからじゃない?」


「寂しいと、人肌が恋しくなりますものね」


「アンジュちゃんも、そういうのってあるの?」


「考えたこと、ありませんでしたわ。不貞とは、死罪ですし。婚約者がある身で、許されないことですわ」


「この女性の場合は、夫が帰ってこないから、死んだものと思っていたんだよ。だから、浮気をしていたって意識はなくて、新しい恋人に頼ってただけ、なんだけど。誰が悪いと思う?」


「難しいですけれど、それでしたら、誰も悪くありませんわ。……どうすれば良いのかはわかりませんけれど、大切なのは、女性が誰を愛しているのか、ではないかと思いますわ」


 画面の中では、主人公が妻を押し倒して、奪うように唇を合わせていた。

 これは見て良いものかしらと思いながら、私はロキ様の腕をきゅ、と握った。


「ど、どうしましょう……ロキ様、あの、あの」


「どうしたの?」


「このお話、怖い場面よりも、はしたない場面の方が多いので、私、恥ずかしくて」


「少ない方だよ、これでも。アンジュちゃんは幼女じゃないから、平気でしょ?」


 つい先程までのロキ様なら、アンジュちゃんは見ちゃダメとか言って私の目を覆いそうなものなのに。

 やっと、大人の女性として扱う気になってくれたらしい。

 それは嬉しいのだけれど、どういう心境の変化なのかしら。

 

「アンジュちゃんは、したことないの? こういうの」


「あ、ありませんわ……」


「少しも?」


「こういったことは、きちんと結婚してからですのよ。未経験なのはむしろ、美徳で、普通のことで」


「アンジュちゃんの国じゃ、そうだっただろうけど、ここだと違う。アンジュちゃんに恋人ができたら、こういうこと、するだろうし、誰にも咎められたりしないよ」


「それは……かれし、というものですわね。私、反省したのです。恋愛は求めていませんわ」


「アンジュちゃんの反省は、世界征服について、でしょう? 恋愛しないっていうのは、どこから来たの?」


 ロキ様の腕の中にすっぽり閉じ込められるようにしながら、私はテレビの画面を見つめている。

 主人公の夫婦と、浮気相手――言い争いをする三人の居る部屋に、アンデットたちが押し寄せてくる。

 でも、誰もまだ、そのことに気づいていない。


「……私、ロキ様がいらないというまで、ロキ様のメイドでいますのよ。それが恩返し、というものです」


 これは――嘘。

 多分、嘘。

 少し前の私は、確かにそう思っていた。

 でも今の私は――ロキ様の腕の中で、こんなにも、胸を高鳴らせている。


「じゃあ、僕が要らないって言ったら、アンジュちゃんはどうするんだろう」


「え、ええと、その、あ、あの……ここから出て行って、なんとか一人で生きる術を探します。シルベールさんが、従業員を募集していると言っていましたし、働きます」


 動揺から、声がうわずる。

 一瞬真っ白になった頭を誤魔化すために、なんとか言葉を紡いだ。

 私は大丈夫。

 要らないと思われても、ひとりでも、大丈夫。

 ロキ様の負担には、なりたくない。


「今のは、嘘。要らないって、言わない。……だから、僕の目が届く場所にいて。誰か他に、好きな人ができても、恋人ができても……そうしないと、どこかでアンジュちゃんが、死んじゃうんじゃないかって思って、心配だから」


 ロキ様の中では、私はやっぱりどこまでも――庇護対象でしかない。

 悲しい気持ちになった。

 でも、それでも、ロキ様が私と一緒にいようと思ってくださっていることが、嬉しかった。



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