街作りシュミレーションゲーム
ロキ様は平べったい箱の中の、親指大の人型の人形を一体指でつまんだ。
それは男性の形をしている。
黒い服を着てズボンをはいていて口元には髭があるので、多分男性だと思う。
「これは、箱庭。アンジュちゃんの好きなように物を置いて、世界を作ってみて?」
ロキ様は楽しそうに、口元を笑みの形にしながら言った。
そこには悪意もなければ、害意もない。
いつも通りのロキ様だ。
私は――てっきり、昨日と同じ、ゆったりした日常が続いていくと思っていたので、突然のことに頭が回らずに、首を傾げる。
「お人形遊びということですの? 私、幼い子供では……」
ロキ様は私を幼女だと思っているので、玩具を与えようとしているのかもしれない。
けれど私は十七歳。もう人形遊びはとっくの昔に卒業している。
「あぁ、ごめんね。これはそういう意味じゃないんだ。……ええとね、アンジュちゃん、僕はこれでも一応、魔族の中で一番魔力の強い、魔王なんだけど」
「はい。ロキ様は魔王様ですわ。存じ上げております」
ロキ様が魔王だから、私はロキ様の元へと来たのだ。
見た目だけでいえば気怠そうな若いお兄さんなのだけれど、ロキ様は魔王。
本気を出せば帝国の、世界の脅威になる、伝承の中に出てくる魔王様そのひとなのである。
「それでね、この国は僕が作ったんだよ」
ロキ様は事実を確認するように言った。
「それも存じ上げておりますわ。巫女様達のいらっしゃる世界を参考に、発展させたとおっしゃっておりましたわ」
「そうそう。アンジュちゃん、よく覚えていて良い子だね。僕は元々、スアレス帝国の最果ての魔境に居を構えていたんだけれど、最果ての魔境、知ってる?」
「ヴィオニス様たちがロキ様の封印の確認に行った場所で、恐らくロキ様と戦った場所ですわね。世界の端にあると言われておりますが、私はいったことがありません」
「うん。世界の端といえば端だし、中心と言えば中心だよ。どこを世界の中心に添えるかで、地図なんて大きく変わってしまうからね。それはともかくとして、つまり元々僕たち魔族は、スアレス帝国にいたときのアンジュちゃんと似たような生活をしてたわけだよ」
「それは、ロキ様が魔王様らしい魔王様だったころの話ですわね」
「脆弱な人間たちなど支配して、世界をわが物にしてやる、ふははは! って言ってた頃ね。痛々しい時代の僕だよ」
「私の中の魔王様とはそのような存在ですわ。痛々しくはありませんのよ」
「アンジュちゃんの純真さがかえって辛い」
ロキ様は恥ずかしそうに白い頬をわずかに染めて、私から視線を逸らした。
話がすすまないので、恥ずかしがらないで欲しいわね。
魔王様らしい魔王様のどこが悪いのかしら。
私にはよく分からないわ。
私がロキ様と同じ魔王だったら、ロキ様の羞恥心に共感できたのかもしれないけれど。
「最初の巫女が来たのが、僕が魔王になった五百年前ぐらいのころ、だったかな、良く覚えてないけど。それで、伝承の通り巫女とスアレス帝国の、誰がいたかな、忘れちゃったけど。ともかく、御一行様に封印されちゃったわけ」
ロキ様は遠くを見るような目をして、記憶を探るようにしながら話をする。
その内容はずいぶんぼんやりしていた。
遠い昔のことだから、どうやらあまり覚えていないようだった。
「禁書に書かれていたことは、真実でしたのね」
私の認識が、全て間違っていたというわけではないらしい。
ロキ様は手の中の人形を指先でくるくると玩んだ。
「多少はね。そのあと、五十年か、百年後ぐらいかな。時間の感覚が長く生きているせいか曖昧で、ごめんね。それで、見事に復活を果たした僕は、巫女の世界を覗き見して勉強したんだよね。特に人間に危害を加えようとは思わなかった。でも、そうこうしているうちにまた、巫女が来た」
「……二度目の封印をされてしまいましたの?」
「違うよ。その時の僕は、もう人間に興味がなくて。何だか急に色んなことが馬鹿らしくなって、適当に封印されたふりをしたんだよね。それからかな、自分の国の発展に力を注ぐようになったのは」
「そうなのですね。……そうですわよね、ロキ様は世界征服する気が無いのに、帝国の人々は皆ロキ様を恐れておりますもの。何もしていないのに、敵視されるのはお辛いことと思います。お察し申し上げますわ」
ロキ様は目を伏せた。
それから寂しそうに笑った。
「……うん。……ありがとう、アンジュちゃん。それで。僕は、最果ての魔境の更に奥、虚無の広がる空間を無理やり魔力でこじ開けて、自分の世界を作ったんだよ。魔族たちを皆移住させてね」
「良く意味が分かりませんけれど、何もない場所に世界を作った、という意味ですの?」
「そう。世界はどこまでも広がっているけれど、触れられるのはごく一部。虚構の奥に、虚構を作った。これはあんまり気にしなくて良いよ。スアレス帝国とこの世界は、別の場所にあるっていうだけのことだから」
「別の世界、別の場所……」
わかるような、わからないような。
理解しようとすると混乱しそうになるので、私は考えるのをやめた。
ともかく、私は今、ロキ様の造った世界にいる。それだけのことだ。
「今は、スアレス帝国にいた魔族たちはほとんど、こちらの世界にいるよ。といっても、全員僕に従ったわけでもないんだけど、人間に危害を加えない限りは放っておいているんだ。僕にも自由があるように、魔族たちにも自由があるからね」
「ええと、それは……実はスアレス帝国にも、魔族の方がいるかもしれないということですの?」
「まぁ、そうなるかな。でも、見た目も同じだし、何か特徴があるわけでもないし、生きる長さは違うけれど姿を変えられる者もいるから、大抵の場合は気付かれないんじゃないかな。アンジュちゃんも、道で僕とすれ違ったら魔王だって思う?」
「思いませんわ。普通のお兄さんだと思いますわ」
「素敵なお兄さんって言って欲しいな」
「素敵なお兄さんだと思いますわ」
甘えるようにロキ様が言ってくるので、私は訂正をした。
気怠げでだらしのない印象だけれど、素敵と言われたら素敵だ。
きちんとしたらもっと素敵だと思うのだけれど、あえて整えていない感じも、もしかしたらロキ様の魅力なのかもしれない。
「私は、いたずらに危害を加えない方々に敵意を抱く必要はないと思いますわ。だから、隣人が実は魔族の方だったとしても、少し驚くかもしれませんけれど、それだけです。……それでも、魔族であることは隠さなければいけませんの?」
スアレス帝国で暮らしていたとき、魔族の方々が街に紛れているなんて想像したこともなかった。
――仲良くできたら良いのに。
私と、ロキ様みたいに。
(でもそれは……ロキ様が私に優しいから。それだけのことよね)
また、悩みそうになってしまう。
優しくしてくださる理由は――私が、すぐに死んでしまう、脆弱な小動物のようなものだから。
「そうだねぇ、……魔族は害獣のようなものだと人間が思っている限りは、隠しておいた方が無難なんだろうね。争うのは面倒だし。穏便に済むならその方が良いよね」
「そうですわね……私も、魔族の方々はおそろしいものだと思っておりましたし、実際ヴィオニス様と巫女様は、ロキ様を討伐するための旅に出たわけですし……」
「皆が皆アンジュちゃんみたいに、すんなり僕の言葉を信用してくれる訳じゃないからねぇ。アンジュちゃんは、特別素直なんだと思うよ。僕も、僕のところに来たのがアンジュちゃんじゃなければ、すぐに追い返そうと思ったかもしれないし」
ロキ様は少し考えるようにしながら言った。
私は驚いてしまい、一瞬言葉につまった。
ロキ様は、私じゃなくても人間に対しては、誰にでも優しいものだとばかり思っていたからだ。
「でも……。ロキ様。ここに来たばかりの時の私は、混乱していましたし、ロキ様を世界を支配する魔王様だと決めつけていましたし、自ら命をたとうとさえしましたのよ。……私、ロキ様の優しさによって命を救われて、命を繋がれておりますわ。そうでなければ、とっくに……」
あの時の私は、多少手間取ってしまったけれど本気だった。
今となっては本当に喉にナイフを突き立てる事ができたかどうかなんてわからないけれど、それぐらい真剣だったと思う。
ロキ様が止めてくれなければ、無傷ではいられなかっただろう。
あまりにも幼女扱いするから忘れそうになってしまうけれど、ロキ様は命の恩人である。
私がメイドとして一生お仕えするには、相応しい存在だと思う。
勿論無用になったり、邪魔になったら、ここを出ていくつもりではいるけれど。
それぐらい、感謝をしている。
「アンジュちゃん、無事で良かった、本当に無事で良かった。僕のところに来てくれてありがとう……」
瞳が潤んだ。
泣きそうになってしまって、唇を噛む。
けれど、顔を上げるとロキ様の方が私よりも余程泣きそうになっていたので、私は身を乗り出して、斜向かいに座っているロキ様の頭をよしよししてあげた。
人間の儚さや、死んでしまう事について、ロキ様はとっても敏感だ。
それは多分、私達人間が飼い犬が死んでしまうことを想像して悲しくなるのと、同じような気持ちなのだろう、きっと。
癖のあるふわりとした白い髪が柔らかい。
「アンジュちゃん……」
今日は甘えたい日なのかしら。
膝立ちになった私の腰を抱きしめてくるロキ様の、好きなようにさせてあげることにした。
余程昨日眠りについた私が死んでしまう事を、不安に思っていたのだろう。
ロキ様が思うよりもずっと人間は頑丈なんだけれど、ロキ様にしてみたら人間とは、硝子でできた人形ほどに脆い存在なのかもしれない。
「あのね、アンジュちゃん。アンジュちゃんがどれだけ混乱していても思いつめていても、アンジュちゃんが良い子かそうじゃないかぐらいは僕にはわかるよ。長生きだからね。別に僕は博愛主義者じゃないし、全員に優しいわけじゃない。アンジュちゃんだから、僕が面倒見てあげようかなって思ったんだよ」
「……ありがとうございます。……でも、私、復讐のために世界征服を望んでいたのは本当ですわ。……ロキ様のおかげで、それが愚かな事だと気づくことができましたのよ」
「もう、世界征服は良いの?」
「はい。もう良いのです。今は新しい私になって、ロキ様のメイドとして良く仕えて、いづれは新しい恋などをして、ええと、なんでしたかしら……そう、かれし、などを作りたいと思っておりますわ」
「……駄目」
「駄目ですの?」
「……駄目なような、駄目じゃないような……。今はアンジュちゃんの彼氏の話はおいておこう。一先ず」
ロキ様は歯切れの悪い事を言いながら、私の体を離してくれた。
気を取り直したように小さく溜息をついて、それから視線を箱庭にうつした。
「話がそれちゃったけど。世界を作るっていうのはそんなに簡単な事じゃなくてね。巫女の住んでいる世界の仕組みは複雑で、僕一人の力でそれを再現するのは難しいなって思ったわけだよ」
「ロキ様の世界には、複雑なものが沢山ありますもの。私には全て魔法に見えてしまいますわ」
「ある意味で魔法なんだ。それは間違ってない。……そこに、ゲーム機があるでしょう?」
ロキ様は部屋の端にあるテレビの下にある、四角い箱を指さして言った。
「それは巫女達の世界から唯一奪ってきたものなんだけど、中に、街づくりシミュレーションゲーム、っていうのが入っていてね。それを参考に世界を造ってる。その虚構の世界と僕の魔力を連動させて、僕が街を発展させると、この国も発展する仕組みになっているんだよ」
「はぁ……」
よく分からないわね。
私は目をぱちくりさせた。ロキ様の言っている意味の半分も理解できなかった。
「それで、その街に最初に名前を付けるんだけど、なんとなく『魔界村』にしたら、僕の国の名前も魔界村になったんだ。名前はいつでも変えられるから、僕の部下たちは変えろ変えろと言ってうるさくて。良いのにねぇ、魔界村」
「……つまり、……どういうことですの?」
「あんまり深く理解しなくても大丈夫なんだけど。……つまり、ここに箱庭があるでしょ? この箱庭に僕が魔力を注ぐと、僕の魔力はこの世界と繋がっているから、小さな箱庭で起こった事が世界に影響を及ぼすみたいなことだね。世界を作る力。僕の使える魔法のひとつ」
「魔王様というのは、なんでもできてしまいますのね」
私はやっぱりうまく理解することができなくて、それだけを答えた。
ロキ様は「アンジュちゃんは素直で良い子だね」と、嬉しそうに微笑んだ。




