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はじめての自撮り的記念写真


 私は衣服も着替えないままのそのそと起き上がり、とりあえず身だしなみを整えるために浴室の脱衣所へと向かった。

 乱れた髪を見られたくなくて隠すために、うさぎのような耳のついたフードをすっぽりかぶる。

 お布団の横のテーブルに、美味しそうなパンと珈琲を準備してくれていたロキ様は私の姿を見て「可愛い、尊い……」とか言いながら絵姿を残そうとするので、慌てて私は脱衣所へと逃げた。

 先程は寝起きで頭が回っていなかったけれど、寝起きの姿を絵姿に残されるというのは良くない。

 せめて鏡を見て確認してからにして欲しい。

 物凄い顔になっているかもしれないし。


 脱衣所で顔を洗って歯磨きをして、髪を軽く整える。

 長くてふわふわした赤毛は、昨日の高級品の洗髪料のおかげか、ロキ様が乾かしてくれたおかげか、艶々輝いていた。

 昨日よりも輝きが増している気がする。高級品の洗髪料の力は凄い。

 昨日までくよくよ思い悩んでいたとは思えないぐらいの、健康そうなそれなりの容姿の私の姿が鏡には映っている。


 私は口元に笑みを浮かべてみる。

 うん。今日も元気そう。

 この調子で新しい恋についても、考えられる日がくると良いのだけれど。


 ロキ様は私の事を娘だと思っているようなので、昨日一緒に寝てくれたのだろう。


 でも――いつまでも甘えているわけにはいかないわよね。


 私はリビングに戻った。

 テーブルの横には、私用だろうか、小さな平べったい花柄の可愛らしいクッションのようなものが準備されていた。


「アンジュちゃん、おはよう。よく眠れた?」


 ロキ様が挨拶をしてくれたので、私はにっこりと微笑んで返事をした。


「はい! それはもう気持ち良く眠ることが出来ましたわ。こんな時間まで、申し訳ありませんわ」


「良いんだよ。好きな時間に起きて。別に急ぐ用事もないんだし」


「けれど、私メイドですので、ロキ様よりも早く起きて、お食事の準備をしたりする仕事がありますのに……」


「僕は別にメイドが欲しいって言ってないし。気にしないの。アンジュちゃんが今日も元気そうで嬉しいよ。朝起きて死んじゃってたらどうしようかと思った。人間はすぐ死んじゃうから」


「ロキ様、それは私たちを侮りすぎというものですわ。朝起きてすぐに死んだりはしませんわ。確かにそういった方も中にはいるようですけれど、私は今のところ病などに臥せったことは一度もないので、恐らく大丈夫だと思いますわ」


「心配過ぎて辛い……」


 二つに畳んだお布団の前の畳に座って、朝から死ぬの生きるのと随分極端な心配をしてくるロキ様の前に私は膝を付いた。

 それからロキ様の手をとって、私の心臓の上に当てた。


「昨日私を抱きしめて眠ってくださっていたでしょう? だから、ロキ様の心臓の音もよく聞こえましたのよ。私も、ほら、きちんと動いておりますでしょう? この通り健康そのもの、元気ですわ」


「うん……。アンジュちゃん……優しいね……」


 ぐすぐす泣きそうになっているロキ様は、昨日一日で理解していたもののかなりの心配性だ。


「もしかして、私を抱きしめて眠ってくださったのは、私が死んでしまうことが不安になったからですの?」


「……うん。アンジュちゃん、良く寝てたけど、……もしかしたらそのまま死んじゃうんじゃないかなって思って、一緒に寝ると、呼吸とかがちゃんと聞こえるでしょ。だから、ごめんね。嫌だった?」


「私、男性と褥を共にするのははじめてでしたけれど、とても心地よく眠ることができましたわ。お布団もロキ様も気持ち良かったので、幸せでしたわ」


「……っ、なんて可愛いんだ……。アンジュちゃん可愛い。お父さんは幸せだよ」


「ロキ様は私のお父様ではありませんわ」


 私の心臓の上を触っていただいているので、つまりその場所には胸があるのだけれど、全く意識されていないことに、私は小さく溜息をついた。

 何だかちょっと口惜しい。

 これでもそれなりに見た目は整っていると思うのだけれど、胸だって小さくはないし。

 私程度の女では、ロキ様の心を動かすことはできないのかもしれないわね。

 昨日会った夢魔族のプリシラさんは、私などではとても及ばない程の美人であり、なおかつ色香も物凄かった。

 ああいった方が魔族の女性の標準だとしたら、私なんて路傍の石程度の魅力しかないかもしれない。

 仕方ない。

 そもそもロキ様は私を子供だと思っているので、そういう対象にはならないのだろう。


(どうして、少しがっかりしているのかしら、私……)


 私は内心首を傾げた。

 昨日からずっと――同じことをぐるぐる考えている。

 ロキ様にとって、私は何なのか。

 そればかり。


「アンジュちゃんの生存確認ができたところで、ご飯を食べようか。それから今日は、――アンジュちゃんの望んでいたことを、ちょっとだけかなえてあげるね」


「私ののぞんでいたこと?」


「そう。――世界征服、してみよっか」


 ロキ様はそう言って、微笑んだ。

 言動に反してロキ様はいつも通りへらへらとしていて、ゆるっとした服装はだらしなくて、全然怖くなかった。


 ロキ様の準備してくれたイチゴジャムの乗ったパンと、ミルクが沢山入った甘い珈琲を飲んだ私は、朝から甘味で責められて甘ったるくなってしまった口の中をすっきりさせるために、もう一度歯磨きをした。

 見た目のせいなのかなんなのか、何だか誤解されることが多いのだけれど、私はそこまで甘党ではない。

 紅茶も何も入れない方が好きだし、珈琲も何も入れない方が好きだ。

 アフタヌーンティーのお菓子などは食べるけれど、甘すぎるものは苦手だったりする。

 ロキ様は「甘いものは甘い方が良いし、辛い物は辛い方が良いよね」とか言いながら、珈琲に砂糖を沢山入れていた。

 そんなに砂糖を摂取したら不健康なんじゃないかしらと思ったのだけれど、ロキ様は細身だし、魔族なので体の構造は私達とは違うのだろう。


 私は昨日買っていただいたメイド服に着替える事にした。

 ロキ様は働かなくて良いと言うけれど、やっぱり心意気は大切だ。

 気を引き締めるためにはまず格好からだと思う。

 服装を変えると気も引き締まるものだ。


 着心地の良い寝衣を永遠に着ていたい気持ちはあるけれど、なんだか駄目になりそうな予感がひしひしとした。

 予定がなくてもちゃんと着替える。

 それは今までの私の生活では当然の事だった。


 ロキ様の前で着替えるのは気が引けたので、私は脱衣所に衣服を運んだ。

 白い膝まである絹靴下を履いて、リボンが沢山あしらわれた茶色のメイド服を身に纏う。

 スカートは膝丈で、スカートの下には沢山のひらひらした白い飾り布が重ねられていて案外暖かい。

 袖は手の先まで隠すぐらいに長く、これではお仕事をするときに邪魔ではないかしらと思ったけれど、布をまくれば良いかと一人で納得した。

 首元にも袖の先にもリボンがついている。

 ヘッドドレスは半月状になっていて、頭にすぐにつけることができた。

 とても簡単だった。有難い。


 一人で完璧に着替えをこなした私は、きちんとできたことに満足しながらロキ様の元へと戻った。

 案の定ロキ様が私の姿を褒めながら四角いものを私に向けてきたので、私は存分に絵姿を残すことに協力をした。

 残されたら嫌な姿もあるけれど、身だしなみが整ってさえいたらどれほど残してくれても構わない。

 絵姿を描かれることは慣れているのだ。


「ロキ様、その四角いものはなんですの?」


 ぱしゃぱしゃして満足したらしいロキ様に、私は尋ねてみる事にした。


「これ? これは、携帯。遠くにいる人と話をしたり、写真を撮ったりする機械ね」


「けいたい。しゃしん」


「うん。見てみる?」


 ロキ様は板状の四角い物の内側を私に向けてくれた。

 ついでのように、私を自分の方へと引き寄せると、肩を抱いた。

 内側には、私の姿とロキ様の姿が鏡のように鮮明に映っている。

 その姿に軽く指先で触れると、ぱしゃり、という音と共に私たちの姿が四角い物の中におさまった。


「ええと、この画面にこうして映ったものを、記録することができるんだよ。これは、僕とアンジュちゃんの写真。可愛いから待ち受けにしよう」


「まぁ! 絵姿よりもずっと、本物のように残せるのですね。素晴らしいですわ」


「うん。沢山保存できるんだよ」


「ええと、ロキ様がぱしゃぱしゃしていたものが、この中に入っているということですのね?」


「そうそう。アンジュちゃんの成長記録」


「私は大人なので、これ以上成長しませんわ」


 ロキ様が手を握りしめると、けいたいというものはどこかに行ってしまった。

 生活に魔力はあまり使わないようにしていると言っていたけれど、多少は使っているみたいだ。

 便利なものは使うべきじゃないかしらと思うけれど、ロキ様にもこだわりがあるのだろう。


「さて、アンジュちゃん。じゃあ、約束の世界征服についてなんだけど」


 ロキ様は低いテーブルの前に座った。

 私も平べったいクッションの上に座る。

 あまり見たことのない形状のクッションだけれど、座り心地は悪くなかった。

 それから、世界征服と言い出したロキ様をじっと見つめた。


「……ロキ様、私、ロキ様の元に来てから、そのことを忘れそうになっていましたの。ロキ様は優しくしてくださるし、シルベールさんもプリシラさんも、私達の国の人々と同じように、生き生きと生活しておりますわ」


「忘れてたの? そっか、そうなんだ。それは良いことだね、僕の所に来たときのアンジュちゃんは、ずいぶん思い詰めているように見えたから」


「はい。……私の気持は一方的なもので、そして人を傷つけるもので、魔族の方たちに対する偏見に塗れておりましたわ。……今は、反省しておりますのよ」


 ヴィオニス様のことを考えると胸にちくりと痛みが走るけれど、忘れるのが正しいのだと思う。

 私はロキ様に居場所を作っていただいた。

 私が死んでしまうのを恐れて一晩中抱いて眠ってくれるような優しい方に、酷い事をさせるなんて間違っている。

 私はロキ様の元で、傍付きメイドとして新しい人生を歩むべきだろう。

 スアレス帝国のアンジュ・ピオフィニアはもういないのだと思わなければ。


「アンジュちゃん、大丈夫だよ。世界征服っていっても、本当にするわけじゃなくてね。ためしに、世界征服をした気持ちを味わう、ゲームみたいなものだから」


「ゲームですの? チェスとか、トランプのような?」


 私の国にもゲームはある。

 私はあまり興じたことがないけれど、チェスなどはヴィオニス様が好んでいた。


「そうそう。そんな感じ」


 そう言って、ロキ様は低いテーブルの上に手を翳した。

 そこには、テーブルと同じぐらいの大きさの平たい箱のようなものが現れる。

 砂が敷き詰められていて、中央には木々や、人や、動物や、家を模した人形が沢山おかれていた。



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