33 旧棟2
室内は資料室というより図書館のようで、古書の匂いがぷんと香る。そして、意外にも埃っぽくない。
「見ない顔ね」
突然声をかけらて唯はビックリて飛びのいた。
「ひっ」
振り返ってみるとこれといって特徴のない二十歳前後女性が立っていた。
服装はロングスカートに白のブラウス、化粧は薄く髪は項で一本に束ね地味な印象だ。
「あの、こんにちは。私は二年の高梨と言います」
「ああ、私は三田です」
「初めまして、あの敷島先輩に聞いて来たんですけれど」
「敷島? きいたことないけれど」
といって彼女は微かに首を傾げる。
「はい、あの三年の敷島かおりさんです。三田さんにお会い出来たら宜しく伝えてといわれたんですが」
「う~ん、誰だったかな。覚えがないな。まあ、いいや、ここに人が来たの久しぶりだから」
どうやら、三田はかおりを覚えていないようだ。
「あの、妖怪に御詳しいと聞いたんですが、なにかここの本で、お勧めとかあります?」
すると三田が不思議そうな顔をした。
「ここにあるのはね。先生が集めたトンデモ本ばかりだからどうだろう」
「トンデモ本?」
「そう、この大学に変わりの者の先生がいてね。その先生が集めた本。私が管理をまかされているの」
三田は勝手にここへ入り込んでいるわけではないようだ。
「本をお借りすることって出来るんですか?」
「外に持ち出すってことなら無理。 ところであなた、なんで妖怪の事なんて知りたいの? 漫画とかアニメの影響って訳ではなさそうだし」
不思議そうに首をかしげて唯を見る。
「えっと、たとえばなんですけど。こう祠に閉じ込められていた狐の妖怪とか、人が鬼になっちゃう話とか知りたいなと思って。その敷島さんに三田さんが詳しいって聞いたから」
「祠に閉じ込められた狐ねえ。それ狐というより、祟り神じゃないかな。人が鬼になるのは、藁人形でも毎晩討ったとか?」
「藁人形? そんなものを打っただけで鬼になっちゃうんですか?」
にわかには信じがたい。
「まあ、確かにそれだけじゃないね。いろいろ条件は必要だけど、大事なのは人のもつ妄念や恨み」
唯はぞくりとした。
「いや、毎晩、藁人形を打つとかはないと思います。夜遊びが好きで、おしゃれな子なんで」
マリヤなら、藁人形を打つ時間を化粧につかいそうだ。
「へえ、ってことは、あなたの実体験なの? もしかし鬼に襲われた? 何でそんなにうらまれたのかしら?」
きらきらと異様に瞳輝かせて聞いくる。変な人いうより、ちょっと危ないひとなのかもしれない。
「さ、さあ、よくわらないんだけれど……」
「ふーん、わからないんだ。そうそう、女のおしゃれって化粧したり着飾ったりと綺麗なものばかりではないよ。美しくなりたいって執念は恐ろしいものなの。そのためならなんでもする。それこそ人を殺めても構わない」
早口でまくし立てるようにしゃべる彼女に、唯は混乱した。とりあえず話題をかえることにする。
「えっと、三田さんは、妖怪とか妖と言われているものを信じているんですか?」
「もちろん。それに昔から、妖に変化する人間ってのは一定数いるから、興味深い。それに鬼だけじゃなく蛇にへんげすることもあるのよ。あなた清姫の話を知っている? あれって実話なのよ」
三田が瞳を炯々と光らせて語る。その瞳の奥に狂気をみたようなきがして、背筋に寒気を覚えた。
しかし、唯が思うより、妖怪や妖何度は認知されているようだ。バイト先の神社でもそうだし、村瀬も……意外に妖は認知されている。
ちっともニュースなんかにならないのに。しかし、この三田という女子の言いていることは半分も理解できない。だから知りたい部分だけ聞く。
「三田さんは、実際に妖を見たことがあるんですか?」
唯がそう言うと彼女が突然笑い出した。
「あなた、本当に面白いね。無自覚なの?」
「え?」
彼女の言動にきょとんとなった。
「なんだか知らないけれど。よく効くお守り持っているね。それ大事にしな。それに妖のお友達がいるんなら、そいつに聞けばいいじゃない」
「まあ、確かにそうなんですけれど。鬼については、なんでそんなに恨まれたのかよくわからなくて」
という唯は首をひねる。
「そりゃあ、私にも分からない。それより、こんなところにいつまでもいない方がいいよ」
「え?」
「ここは一般の生徒は立ち入り禁止だよ。さっきも言ったけれど私はここの管理を沼先生に任されてるの。それに本の持ち出しは禁止だし。遅くなる前に帰った方いいよ」
「はあ」
沼先生、名前を聞いたことがない。後で調べてみようと心にメモをする。
「あなた、いいものも悪いものも惹きつける人みたいだね。ちょっと興味深い。前世の因果かな? 色々と恨みを買ったみたいだね。ふふふ、気をつけな」
いうだけ言って、三田は書架の奥に消えてしまった。唯は狐につままれた気分で六号館を後にする。
三田に会ったことで更に謎がふかまってしまった。というかただ怖くて不気味なだけだった。
♢
唯が駅に降り立つと、小弥太が駅の改札で待っていた。
「遅いぞ、唯、どこへ行って来た」
「うん、大学だけれど。旧棟によってたら、遅くなっちゃった」
「お前……一人で渡ったな? 誰にそそのかされた」
小弥太が言う。
「え、渡って何? 旧棟に行っただけだし、そそのかされたって……。そんな事より、小弥太お腹空かない? ご飯食べた?」
「まだだ。お前もまだだろう? 今夜は肉じゃがだ」
「ええ! まさか、小弥太が作ってくれたの?」
掃除だけではなく、とうとう料理もするようになった。
「稲荷ずしも作った。酢が切れたぞ。明日買ってこい」
「うっそでしょ! 小弥太凄すぎる」
「馬鹿なことを言っていないで、さっさと帰るぞ」
といって、小弥太は唯の手をとり、引っ張る。
「ごめん、心配かけて」
「しょうのないやつだ」
「でも不思議なんだよね。あっという間に時間が立ってて、ほんの15分くらいに感じていたんだけれど」
実際には、旧棟を出ると終電間際になっていた。小弥太が心配するのも無理はない。まさか、駅まで迎えに来ているとは思わなかったが……番犬ならぬ番狐。
そして見た目十歳に叱られることが日常になっていた。




