32 旧棟1
その日の昼休みに唯は大学構内のベンチで疲れ切っているかおりを見つけた。いつも誰かが彼女の周りに人がいるのに今日は一人で、思いつめたような暗い表情をしている。
唯は心配になって声をかけてみた。
「かおり先輩。お久しぶりです」
「ああ、 唯か」
疲れ切ったような顔を上げる。
「たいへんなことになっちゃったみたいですね」
唯はかおりの隣に腰かけた。
「まあね。もともと女子はギスギスしていたからね」
「もともと?」
「うん、マリヤと明美がちょくちょく男子をめぐって争ってた。まあ、どちらが一番人気かってやつ。だから、男子の中にマリヤ一人とか明美一人にならないように、けん制しあって二人は飲み会にさんかしていたの」
「なんでまた……。そんな理由で、オールしてたんですか?」
唯がびっくりして目を瞬かせると、かおりが苦笑した。
「まあ、唯からしたらそうだよね」
「え?」
「唯は何もしなくても男子にもててたもんね」
「そんなことないですよ」
かおりがそんなことを言うのは初めてだ。
「そんなことあるよ。マリヤが地元のミスコンで優勝してたって知ってる?」
「ああ、以前にそんな話をしてましたね」
そういえば、「家族が勝手に応募したら優勝しちゃったといっていた」確かにマリヤはスタイルもいいし、派手目の美人だ。
「あれは、地元の有力者の娘が優勝することになっている出来レースらしいよ」
かおりの少し意地の悪い言い方に驚いた。
「まさか」
「だって、準ミスの方が綺麗だもん」
なんだかいつものかおりらしくない。
「どうなんでしょ」
といって唯は笑ってごまかすことにした。疲れているのか今日のかおりの言葉にはいつもはない棘がある。
「そういえば、唯って一生懸命勉強しているけれど、就職はどこ目指しているの」
「コネがないのでどこでも入れればいいかなと思ってます。まだ決めてないんですよ。大学院に行きたい気もするけれど。お金もないし」
「大学院で何を学ぶの?」
「民俗学に興味があるんです」
小弥太やバイト先の亨の影響で、妖とか妖怪のことが知りたいと思っていた。
「うっそ、それお金にならないよ」
「ですよねえ。だから地元近くの郷土資料館みたいなところでのんびり働きたいとおもっているんです」
「本気で言ってる? 地味だね。折角東京にいるんだし、企業の総合職とか狙わないの?」
「まさか! 私は東京の水が合わないようなので、出来れば地元に帰りたいんですよ」
「へええ、物凄く意外。そういえば、こういう言い方失礼かもしれないけれど、唯の故郷って、東京の大学出ると箔が付くかんじ?」
唯はそれを聞いて苦笑する。
「そういうところ、あるかもしれませんね」
当たり障りないように言葉を濁した。確かに唯のいた高校に東京の大学をでたと自慢げに話すOBが来たことがある。
「じゃあ、田舎に帰れば、地元のひとたちの尊敬を集めて好きな場所で働けそうだね。東京で埋もれるよりいいかも。そういえば、民俗学と言えば、独自に研究してる人知っているよ。同じ学生だけれど」
さり気なく毒を含んでいる部分は聞き流す。
「本当ですか! ぜひ教えてください」
「旧棟の六号館によく籠っているから、そこに行けば会えると思う。尋ねるのなら、夕方がいいかも。ちょっと取っつきくいタイプ」
「六号館って、閉鎖されていませんでしたっけ?」
確か大学内の雑木林の奥にあった。昔事故があったとかで閉鎖されているとのうわさもある。
「なんでも図書室に移行されていない本がまだ残されているらしくてね。そこに籠って研究している変な奴で私と同級生。三田ふじ江って子で授業にもほとんど出てこないし、妖怪好きの変わった女子だよ」
さすが、かおりだ。情報通で、交友範囲が広い。
「え、あの、閉鎖している棟の本って勝手に閲覧できるんですか?」
唯は興味津々で身を乗り出した。
「学術的にはそれほど重要なものでもないらしいよ。古いだけで。最近退官した大学の変わり者の教授が集めたってうわさもあって、眉唾物ばかりの破棄レベルって言われてる。ってか唯、あんたほんとに行くつもり?」
「はい、興味あります」
「ふうん、じゃあ、もしそこの三田に会えたら、敷島がよろしく言ってたって伝えておいて」
と先ほどとは打って変わって、かおりは機嫌よさげに言った。
♢
5限が終わると唯は早速旧棟の六号館に向かった。学内は広く旧棟が建つ区域に入るのは初めてだ。電灯がまばらになり、だんだんと暗くなっていく。
鬱蒼として、夜になると不気味さを増す雑木林を抜けるとそこには朽ちかけた旧棟が並んでいた。
六号館は直ぐに見つかった。それというもの一階の一室にぼんやりと明かりがともっていたからだ。
電気が使えていることに驚いた。きっと管理はきちんとされているのだろう。
入口には錆びた鎖が申し訳程度にかけてある。書いてはいないが立ち入り禁止という事だろう。
唯は迷ったが、妖怪と聞いては居ても立っても居られない。鎖をまたぎ建物内に侵入した。これではまるで肝試し。
廊下に入ると、奥の一室に明かりがともっているのが見えた。よくこんな不気味なところで本をよんでいられるものだと感心しながら、唯は長く埃っぽい廊下を進む。ぴちゃりぴちゃりとどこかから水音が聞こえ来る。水道管が腐食しているのかもしれない。
後は唯の足音が響くのみ。
奥の扉は半開きで中から明かりが漏れている。唯はギイっという蝶番のきしむ音ともに部屋に入った。
そこは外からは想像もつかない広い空間だった。




