34 再び
ドアを開けると煮物とみそ汁のいい匂いが漂っていた。
「小弥太、お味噌汁まで作ったの?」
唯は慌ててキッチンに行く。煮干しでしっかりと出汁をとった味噌汁が出来上がっていた。唯のように、出汁の素を使っていない。
一口味見をして驚いた。
「うっそ、小弥太、これヤバいよ! やばいって! 無茶苦茶美味しい」
「お前の日本語の方がやばくて無茶苦茶だがな」
いつもの冷めた平板な口調で答える。
「あれ? そういえば、うちに煮干しなんかないよ。どうしたの?」
「瑞連に貰った」
「はい? 瑞連さんに? いつ会ったの。この間のバイト付いてこなかったじゃない」
「今日だ。神社に行った」
そう言いながら、小弥太が椀に味噌汁をよそう。
「ええ! いったい何しに行ったの? ご迷惑おかけしなかった? お菓子でも貰いに行ったの?」
小弥太が神社に行くと、皆が狐様と呼んでちやほやする。
「お前は俺を何だと思っているんだ。ちょっと頼まれごとがあってな」
「頼まれごとって? 小弥太が神社で何をするの?」
唯はびっくりして目を丸くした。
「うるさいな。俺は神様だから、あの神社にいるだけで、いろいろご利益があるんだ。そんな事より、お前今日どこにいってた」
「だから、大学だって」
「じゃあ、大学で何をやっていた?」
小弥太がしつこく聞いて来るが、唯は肉じゃがをよそい味見する。
「勉強と、あと、ちょっと変わった人に会った」
「どこで?」
「だから、大学だよ。今は使われていない。旧棟にいるんだけれどね」
「今は使われていない旧棟?」
「そうそこに残されている本を管理している人いて、その人が妖怪に詳しいって聞いたから」
といいながらも肉じゃがにご飯、味噌汁をならべ、唯はテーブルを整える。
「お前、やっぱり間抜けだな」
小弥太もテーブルに着く。
「どういう意味よ」
「言葉通りだ。使われていない旧棟の本を管理している人がいる。おかしな話じゃないか。旧棟は使わていないのだろう? なぜそこの本を管理する必要がある」
「ん? あれ?」
言われてみれば確かにその通りだ。
「その三田さんって人は、先生のから頼まれた本を管理しているってい行っていたけれど」
「ほおお」
小弥太が呆れたような目で見てくる。
「その先生とやらは何者だ?」
そういえば知らない。「さあ」と言って唯は首を傾げる。
「指示されたのか?」
「ん?」
「そこへ行くように誰かに指示をされたのか?」
「まさか」
「言い方が悪かったか。誰にきいていったんだ」
「かおり先輩が、教えてくれたの。民俗学に興味があるって言ったら、詳しい人がいるって」
「ふーん」
そういったきり、小弥太は興味を失くしたようで、肉じゃがを食べ始めた。
唯は大学に着く早々、学生課に行った、小弥太に言われたのだ。その三田と沼という人物が大学にいるのか調べ方がいいと。
三田については現役の学生なので個人情報だから教えることはできないと断られてたが、沼については、わざわざ調べてくれた。
その結果「50年前に退官しています」と言われ唯は背中が泡立った。
「やだ。嘘、あれ幽霊だったの? まさかね……」
♢
唯はその日は暗くなる前にかえることにした。もっと勉強しなければと思うのに、続くトラブルで勉強時間は減って行く、これではテストが心配だ。
最寄り駅で降りると唯は家路をいそぐ、ちょうど夕暮れ時で昼間の残所の暑さも和らいで、気持ちがよかったのでバスは使わず歩くことにした。
バス代は高くつくし、意外に家計に響く。
暮れなずむ街路を一人歩く、住宅街に入ると人通りが途切れた。
小弥太といつも遊ぶ公園のそばを通り過ぎた時に唯は違和感に見舞われる。
「あれ? ここさっきも通らなかったっけ?」
嫌な予感がしたその瞬間キーンと耳鳴りがして、唯は驚いて立ち止まった。背中にぞくりと寒気を感じた。振り返ると白装束で白髪の鬼がいた。
「ひっ」
喉が引きつり声が出ない。角があり、瞳はばしり、唇はぬらぬらと光り裂けている。
しかし、本能的にマリヤだと分かった。
前回のように動けなくなったら、終わりだ。
唯は走った。お守りのマガダマをぎゅっと手の中に握り込む。
自分でもよくわからないが、なぜかあの小さな小弥太に助けを求める。
背中に激痛を感じ唯は倒れ込んだ。
くるしくて声も出ない。顔を上げるとすぐそばにゆらゆらと鬼がたっていた。手には大きな石を持っている。石で背中を殴られたようだ。
「ど……どうして、な……んで? マリヤ?」
土気色をした指が唯に向かって伸びてくる。その先に牙のようにとがれた爪がいついていた。
恐ろしくて唯が目を閉じた瞬間。ドンという音がして、圧迫感が消えた。おそる遅る眼を開ける開けると人型の小弥太が、鬼と対峙していた。
その腕らは血が流れていて唯を庇ってやられたのだろう。
「こ、小弥太、けが」
小弥太は小さな体で鬼に向かっていく。武器も何も持たずに体当たりした。
驚いたことに鬼が勢いよく後ろに飛んで壁に打ちつけられた。




