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少年、罪過を喰む -弐ノ章-  作者: 藤崎湊
FILE1 青の鋼
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蒼の再来




 難を逃れた目黒は、D地区に別に用意していたセーフハウスに身を隠していた。

 ここD地区は、犯罪者及びその予備軍が大量にうろつくため、容易にAPOCもSTRPも手出しできない場所。

 それを知っていた目黒はここを敢えてもう一つの拠点としていた。

 狂魔という名の犯罪者は恐ろしくない。

 むしろ、裏の世界でしか生きられない目黒にとって同志を得たように嬉しくなる。

 ドープスを占める彼にとって彼らなど駒同然。故に身の危険を感じることなど一切なかった。

 目黒はソファに座ると残り少ない葉巻を一本取り出し、ライターで火をつけた。

 深く、深く吸い込み、しっかり灰に煙が染み渡るのを感じながら、口を離し、白煙を吐き出す。

 ここを一目散に目指していたため一服する余裕などなかったため、久しぶりに吸うと少しくらくらしたが、これもまたいい。


「東崎……またしてもオレの邪魔を……っ」


 思い出すのは駒が元の人間に戻り、安堵の息を漏らす憎き総帥の顔。

 そして……。


「工藤蒼斗――あの死神を、オレは甘く見ていた……くそっ!」


 御影を討ち、オリエンスを新たな道へと導いた死神。

 一部では英雄と称えられているとか。

 彼らだけではない。APOCという組織そのものの連携があまりにも取れすぎていた。

 あの場にAPOC幹部が三人も集まるなど予想外だった。

 六年前は亜紀のみだった。

 六年前の決着をつけよう――この一言で亜紀は一人で解決しようと単独行動をすると読んでいた。

 目論見通り、亜紀は一人で来た。

 赤子の手をひねるよりも簡単に片づけられると思っていた。

 

 なのに。なのに、なのに、なのになのになのに!!

 全てはあの男、あの死神が! 全部の計画を、悉く台無しにした!

 許さない! 許さない! ゆるさ、な……イ!




「――ふぅん、ドープス率いる影の立役者だと聞いたから、どの程度かと思っていたけど……そうでもなかったみたいだね」

「っ誰だ!?」


 ここには誰もいない。

 いるはずのない第三者の声に、目黒は咄嗟に銃を抜いた。

 テーブルとイス、テレビ、キッチン、ソファ――必要最低限の物しか並ばない部屋。

 目黒の視線の先にはイスがあり、そこには暗くてよく見えないが人影があった。

 入ってくる気配など、何処にもなかった。

 では一体何処から……?


「テメェ、一体……!」

「ああ、俺のことなら気にしなくていいよ。ただの取りすがりの、うーんそうだな……村人Aでいい」

「その村人Aが、こんな物騒な場所に一人で何の用だ」

「もう、気にしなくていいって言っているのに。俺の用事はもう終わったから」

「何……?」


 声的に、少年のようだった。

 自身を村人Aと称した少年は、両手を頭の後ろで組み、イスを揺らしながらのんびりと口を開いた。


「いやねぇ、あの悪魔を追い詰めたって風の噂で聞いたから、どの程度かと思ってその脳に興味があったんだ。でも現実、追い詰めるどころか、駒もなくなって、APOCに全面敗北しちゃっている……なんて様だ」

「黙れ! それ以上言えばぶっ殺すぞ!」

「おおこわい、こわい。無駄な殺生は好きじゃないんだ。無駄な動きもね」


 ぎしり、ぎしり。揺らしていたイスから軽い身のこなしで飛び、床に着地した。

 少年の顔は見えない。それでも、彼を取り巻く雰囲気に目黒は瞬間で違和感を抱いた。何かが、おかしい。


「あれれ? もしかして、気づいちゃった? んー、やっぱり使い(・・・)が違っているだけで、根本的に出来はいいのかもしれないね」

「なん、のはなしを……?」

「じゃあ、僕が代わりに有効利用するってことでも大丈夫かな?」


 全く会話が成り立たない状況。

 目黒は勝手に自己完結していく少年の背後が、身なりに不釣り合いなくらいにどす黒くなっていくのを肌で感じられるようになった。

 長年培ってきた勘が警鐘した――早く、ここから逃げろ、と。


「――てことで、お兄さんはもう大丈夫だから、安心して?」


 早く、早く逃げなければ!

 この少年の皮を被った『化け物』から逃げなければ!


 目黒は少年に向けて銃を発砲した。

 カチリ、カチリと弾がなくなるまで引き金を引き続けた。最悪にも拳銃が滑り、ゴトリと重々しい音を立てて床に落ちる音を捉えるまで、全身の穴という穴から汗がにじみ出ているのに気づかなかった。

 硝煙の中、浮かぶ少年のシルエットは変わっていない。

 今までにない押し潰すような恐怖心が、目黒の両足を縫い留めるかのように封じた。

 逃げなければいけないのに。

 この場から一刻も早く逃げなければ……間違いなく、殺されてしまう。


「ふふ、気は済んだ?」

「ひっ!!」


 硝煙の中、ぎらつく金色の瞳。

 目黒はそれの正体が『何』か理解する前に、ブラックアウトした。


「「やめろおおおおぉぉおおぉぉぉ!!!!!」」


 目黒の腹の底からの命乞いは、眼前に迫った白銀の刃によって打ち砕かれた。




   ◆




「やめろおおおおぉぉおおぉぉぉ!!!!!」


 蒼斗は悲鳴を上げ、身を起こした。

 視界には真っ赤に染まる部屋――ではなく、白い病室だった。

 びっしょりと汗で服を濡らし、呆けた顔をした蒼斗は伸ばしていた手をゆっくりとおろし固まった。

 そして、今の今までいたのは現実ではなく、夢だったと漸く理解した。


「――蒼君!?」


 扉が壊れそうなくらい乱暴に開け放たれたと同時に、雪崩れ込むように部屋に入ってきた卯衣。その後に亜紀たちが続いた。


「蒼君、目を覚ましたんだね!」

「う、いちゃん……?」


 目に涙を滲ませ、卯衣は蒼斗に抱き着いた。

 ぎゅうとこれでもかと力をこめる卯衣に対し、呆けたままの蒼斗は、こうして起きる前の出来事を思い返した。


「僕……、どうして……?」

「蒼斗君、現場で急に苦しみだしたんだよ。鎮静剤をすぐに打って治まったけど、君、あれから五日間も眠り続けていたんだ」

「五日……五日も、ですか?」

「全く、世話が焼けるよ」

「彦君が倒れた蒼君を運んでくれたんだよ? 普段ならぜーったいにならないのに、優しかった!」

「うるさいよ、そこのアホウサギ」

「何ですって!?」


 ぎゅう、と蒼斗を抱きしめたまま瀬戸と口喧嘩を始める卯衣を他所に、蒼斗は黙ったままの亜紀と目が合った。

 亜紀はつかつかと蒼斗の方へと近づき、真剣な眼差しで問いを投げた。


「身体は大丈夫なのか?」

「……は、い……」

「なら、いい」

「あの……あれから、現場はどうなったんですか?」

「病院に搬送された花園は、お前に狩られたことで狂蟲は綺麗になくなった。命に別状もない。ドープスも完全に摘発して、押収したルデラリスも完全処分してこの世から消えた」

「そうですか……良かった」

「ただ、目黒は逃走して、まだ見つかっていない」

「目黒……うっ」

「蒼君!?」

「蒼斗?」


 蒼斗は目黒、という言葉で先程視た夢がフラッシュバックし、吐き気を催した。

 サッと青白くなる顔色の蒼斗に只ならぬ様子を感じた亜紀たちは、ゆっくりと蒼斗の弱り切った背中を摩ってやった。


「……亜紀さん、今から伝える場所に、捜査官を派遣してもらえませんか?」


 沈んだ声の蒼斗は、D地区のとある場所を細かく伝えた。

 何故こんな狂魔の溜まり場に、と訊ねるみなの疑問は、蒼斗が大粒の涙を流したことでとまった。

 静かに泣く蒼斗にどうしていいのか分からず、背中を摩っていた卯衣は、何処か痛いところでもあるのかと大いに慌てた。

 そんな卯衣に少し離れるよう目配せした亜紀は、場所を代わり、膝をついてみっともない顔を見られたくないのか下を向いてしまった蒼斗と視線を合わせた。


「さっきの悲鳴と、関係あるんだな?」

「っ!」


 尋常でない悲鳴と、びっしょりとかいた汗と死人のように血のめぐりが悪い肌の色。とても点滴を打って療養していた人間の状態ではない。

 どう訊こうか迷っていたが、変な気を回すより手っ取り早かった。


「……目黒は、死にました」

「!?」

「どういう、ことだい?」

「今伝えた場所に、彼のセーフハウスがあります。そこに、彼がいます――ほどんと、原形を留めずに」

「工藤蒼斗、まさか君……?」

「――はい、()ました。目黒が、無残に殺されるところを……」


 身体を引きちぎられ、もがれ、バラバラになっていく。

 激痛が神経を走り、とても耐えられるものではなかった。気がおかしくなってしまいそうなくらい思考が乱れ、『恐怖』の二文字が蒼斗の心を潰しにかかった。


「そんな……だって、予知夢だなんて……」


 誰もが耳を疑った。 

 けれど、蒼斗の今にも殺されそうな悲鳴。倒れる前の様子。

 極めつけは蒼斗の表情。

 彼が嘘を言っているようには到底思えないし、嘘をつく理由がない。


「教えてください……っ、御影はもう討ったのに……僕はどうして、また予知夢を視たんですか……? もう、終わったんじゃ、なかったんですか?」


 縋るように訊ねる蒼斗の問いに答えられるものなど、誰もいなかった。

 御影に関係するものでなければ、蒼斗は予知夢を視ることはない。

 その予知夢が再びやってきたということは、同時に御影あるいは御影に関係する者が現れたということを示している。


 ――まだ、終わってないということか。


 亜紀は嗚咽を漏らす蒼斗の肩に手を置き、難しい顔を浮かべた。

 

 ――どういうことなんだ、亥角?


 再び悪夢が視えるようになってしまった蒼斗。

 亜紀はこの妙な胸騒ぎにこれだったのかと悟り、バスティールに収監されていく蒼斗の実兄の後姿を思い浮かべた。。

 この事件は、最早終わりではなく始まりの幕開けでしかなかった。





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