献花
大量のルデラリスがペンタグラムに流れるのを阻止することに成功した。
――しかし、根絶には至っていない。
既に取引されている物は回収をしなければならない。ドープス以外にもルデラリスを売買している組織は山ほどいる。
やることは、まだまだあった。
「千草、今日はお前に報告がある」
セントラルからA地区に向かう途中にある、小高い丘。
そこには霊園が建てられ、多くの魂が静かに眠りについていた。
亜紀は献花を手に、六年ぶりにこの場所に足を運んだ。少し離れた木陰には、蒼斗が静かに控えていた。
「やっと……お前に報告ができる」
亜紀は墓前に片膝をつき、ドープスの摘発とルデラリスの処分――そして目黒が死んだことをぽつり、ぽつりと語り始めた。
「花園は変わらず院の子どもたちを守っている。ユキも……」
雪兎はAPOCに保護された後、狂蟲の浸食度を検査し、周りの狂魔たちに囲まれたこともあって浸食度は影響されていたが、命に別状はないと診断された。
しかし、目黒の話を聞き、亜紀が剣崎を殺したという真実を知り、心に大きな打撃を受けた。
口数が少なくなり、誰の話も聞きたくないと言わんばかりに部屋に引きこもるようになってしまった。
雪兎が真実を知れば傷つくことをよく分かっていた。
だから亜紀は、誰にも知られないように、誰の口からも雪兎に伝わらないよう口と閉ざし続けてきた。
知られてしまったのなら、雪兎の心の整理がつくまで待つしかなかった。
「すまなかった、千草。俺が不甲斐ない総帥――皇だったばかりに、未来あるお前を死なせてしまった……俺が、殺してしまった」
やりたいことがまだたくさんあったはずだ。
恋人を作って、家庭を築いて、幸せになる権利があったはずだ。
それを、たった一発の銃の引き金を引いたことで全て奪ってしまった。
剣崎の命日が来る度、必ず霊園まで足を運んだ。
けれど、あの時の彼の寂しそうな笑顔と、今まで蹴散らしてきた狂魔のように灰塵になって消えていく様を思い出し、それ以上進むことを拒んでしまった。
「多くの狂魔化した人間を裁いてきた俺が言っても、今更にしか聞こえないだろうな。……俺はこの国のまだ侵されていない民の命を守るためなら、いくらでも手にかけてきた。それは俺の罪だ。どう言い訳しようが、それは変わらない」
――けれど。
「俺は自分のしたことを罪だと思っても、それをもう後悔するつもりはない」
人の命を天秤にかけることなんて、本当はしたくない。
けれど、狂魔になった人間を救うことよりも、狂魔の毒牙にかかり、その個人の生命、身体及び財産に危害が及ぶ恐れがあるのであれば、迷うことなくこれからの可能性がある方をとる。
自分のしたことで多くの命を救えるのであれば、そうする――そうすることしか、できない。
あの時、剣崎が完全に狂魔になり自我を失い、犯罪者となって第三者を傷つける可能性は十二分にあった。
これから起こるであろう危害を防げた。
それで、いいのだ。そう言い聞かせなければならない。
「ずっと墓参りを放ったらかしにしたのは、すまないと思っている。俺にしてやれることは、お前の分まで生きること。お前のような人間を出さない……それだけだ」
花を墓前に供えた。
「文句なら、何とでも言え。これが俺なんだ。――また、来る」
蒼斗は憑き物がとれたような顔の亜紀の様子を、ただ見守っていた。
普段よりも五割増しで穏やかな亜紀の姿を拝むのは、流れ星を見つけるよりも珍しい。
――それでこそあなたですよ、ボス。
「蒼斗」
「はい!」
思っていることがバレたのかと肝を冷やした。
慌てて返事をすれば、亜紀はゆっくりと立ち上がった。。
「お前のおかげで、後ろを気にすることなく前を向いていける」
迷いのない瞳だった。
いつだって、この曇りのない瞳に誰もが憧れ、焦がれ、そして安心してその命を預けてきた。
亜紀がいつもの調子に戻った。全てが順調だった。
――目黒の一件を除いては。
蒼斗の言うとおり、目黒は発見された――厳密には、彼であろう一部が。
目黒がセーフハウスとして利用していたそこには辺り一面血の海だった。
血液と血だまりに浮かぶ一本の指――小指の指紋からDNA鑑定で照合した結果、目黒の物と完全に一致した。
血液の量からしてまず助からない――これが、気の毒そうに目を伏せた千葉の判断だった。
ルデラリスの絶無と麻薬組織解体の手掛かりが消えてしまった。
また一から探さなければならない。
目黒は殺してしまいたいくらいに憎い男だった。
しかし、本当に死んでしまうとなると複雑な気分だった。
目黒の死――では、誰が殺したのか?
蒼斗の予知夢では、成す術などなく惨たらしい有様だった。罪の意識どころか平然と笑って殺す相手の明るい声を思い出す度、身の毛がよだった。
目黒は賢い男だった。それは間違いない。
裏世界で一目を置かれ、恐れられていた彼の上を行く者。
御影に関係するのかは定かではないが、間違いなく亜紀や蒼斗、APOCにとって……ペンタグラムにとって弊害になる存在になる。
「――さて、長居は無用だ」
帰るぞ、と踵を返した亜紀の背中を追った。
目黒の予知夢を機に、蒼斗は再び悪夢を視るようになってしまった。
何が起こっているのかも分からないまま、どうすればいいのか不安でたまらないのが正直なところ。
それを察していたのか、
「お前はもう、初めて予知夢を視るようになったあの頃のお前じゃない」
「亜紀さん……」
「お前が予知夢を視るようになったことには必ず意味がある。ペンタグラムに何が起こるのか分からない。だが、何が来ようが、必ず阻止してやる」
「……っはい、ありがとうございます!」
小走りで亜紀との距離を縮めた蒼斗。
以前のように誰にも頼ることもできずただ命を狙われていた頃とは違う。それだけでも分かり、蒼斗は笑みを漸く見せた。
「……」
「亜紀さん?」
「……いや、何でもない」
亜紀は彼の尻からふさふさの尾が出ているような幻覚に見舞われ、疲れているのかやれやれと片手で目頭を押さえた。




