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君に贈るエピローグ  作者: 美雨
15/27

親子の絆

結局、明彦は暫くの間、柴田先生の家にお世話になることになった。

その日の昼休み、私と明彦はふたりで昼食をとっていた。

「本当に柴田先生の家で大丈夫なの?」

「うん。先生にまた飯を作ってくれって、逆に頼まれちゃったよ。留学のことも、色々と相談したいしさ」

「そうね、先生に色々、相談したらいいわ」

「そういえばさ、今度の日曜日、凛子もうちの母さんと会うのか?」

「うん。そのつもりだけど」

「俺も一緒に行ってもいいかな?」

「勿論よ、じゃあ母にも言っておく。お母様も、きっと心配している筈よ」

「母さんにも、留学の話をきちんとしようと思ってる」

「それがいいと思う」

「凛子」

明彦は飲み掛けていた水のコップをテーブルに置くと、頬杖を突いた。

「凛子は俺がもし留学したとして、本当にひとりで大丈夫か?」

「大丈夫よ。心配しないで」

「そうか。俺自身、凛子と離れ離れになることだけが不安なんだ。俺さ、親父と兄貴が死んでから、ずっと孤独だったんだ。だけどあの日凛子と出逢ってから、その孤独感から嘘みたいに解放された」

「明彦…」

「誰と一緒にいても埋められなかった孤独感を、凛子だけが埋めてくれたんだ」

「私も同じよ。明彦と出逢うまでは、誰かといてもいつも孤独だった。でも今の私は違う。明彦がいなくなることは、正直言って不安だけど、もう孤独ではないもの」


花壇の前で、先に昼食を終えた結衣と輝、それに博美と純也達が、ふざけ合っている姿が見えた。

「博美と中原君、最近、付き合い始めたみたいよ」

「そうみたいだな。純也も言ってた」

私達は暫くの間、互いの瞳を見つめ合った。

「明彦はいつも私の心の中にいるから」

「俺も凛子が心の中にいつもいる」


純也がこちらを見て手招きをしている。私と明彦は席を立ち、皆のもとへと駆け寄った。

「ねぇ、修学旅行の練習!みんなで一緒に写真撮ろうよ。凛子と山口君は真ん中!」

結衣がそう言うと、純也がカメラを構えた。

「もっと詰めなくちゃ、みんな入んないよ。じゃあ、取るぞ!はい、チーズ」

日に日に思い出が積み重なって行く。私達はその後も校庭のあちこちで写真を撮った。


そして日曜日。

母は予め一連の事情を村田夫人に電話で話していた。学園前のケーキ屋の二階にあるカフェで、午後の一時に村田夫人と会う約束をしていた。私と母は十二時半に明彦と学園前駅の改札で待ち合わせをし、三人でカフェへと向かった。明彦はこの間泊めて貰ったお礼にと、母にカーネーションの花束を手渡した。

店に入り二階へと続く階段を上がると、一番奥の席に村田夫人が座っていた。

「お待たせしちゃってごめんなさい。本当にお久しぶりねぇ、恵子さん。十四年ぶりなんて嘘みたい」

「本当にご無沙汰しています。凛子ちゃん、こんにちは。前にスーパーで会った時もまさかとは思ったけれど、今回の件では驚かされることばっかりで…」

「こんにちは。以前、スーパーでお会いした時には、明彦のお母さんだなんてこと、全然知らなくて。本当に失礼しました」

村田夫人、いや、明彦のお母さんの前に母が座り、明彦と私がそれぞれ向かい合わせに座った。

「母さん、今回は色々と迷惑を掛けてごめん。俺がいない間、大丈夫だったか?」

「お母さんは大丈夫。リリーも元気よ。それより、あなたこそ大丈夫なの?柴田先生のお宅にお世話になっているって、美枝子さんからお聞きして。お母さんびっくりして、先生にすぐに電話したのよ。今日は一緒に帰ってくれるんでしょう?」

「うん。先生にもあんまり迷惑を掛けられないし。父さんはどうしてる?」

「あの日のことは反省しているわ。今日あなたと会うことを言ったら、引っ張ってでも連れて帰ってこいって。美枝子さん、今回のことでは、美枝子さんや凛子ちゃんにまで、明彦がご迷惑をお掛けしてしまって…久しぶりにこうしてお会いするのに、恥ずかしいお話ばかりで、ごめんなさいね」

明彦のお母さんは俯きながら涙ぐんだ。

「そんなことないわ。お電話でもお話したけれど、うちの凛子が入院していた時、山口君、毎日病院へきてくれて、凛子の看病までしてくれたのよ。本当に不思議なご縁でこのふたりは結ばれているみたい」

「明彦の昔の家族写真を見た時には、私も本当にびっくりしました。だって、和君が写っているんですもの。和君とは小学校五年生の時にも会っていたんです」

「えっ、凛子、それどういうことなの?」

「あのね、小学校五年生のクリスマスイブの日、私、お父さんを駅まで送って行ったでしょう。その帰り、私ひとりで公園に行ったんだけど、その時見知らぬ少年に声を掛けられて、それが和君だったの」

「まぁ、そうだったの」

「うん。その少年がね、その時、本を私にくれたの。そのお礼に私は手袋をあげたんだけれど、その手袋を明彦が和君の部屋で見つけて持ってきてくれたの」

「そんなことがあったのね、不思議な話だわ。ふたりは二卵性だと聞いていたし、私は三歳の頃の明君にお見舞いで一度会ったきりでしょう?あの時の明君がこんな立派で素敵になっているなんて思いもしなかったわ。初めて病院にきてくれた時も、お名前は変わっているし、全然気付かなくて…」

「私もね、美枝子さんからお話を聞いた時には信じられなかったわ。明彦と凛子ちゃんがまさかクラスメイトだったなんて。明彦が同じクラスの子の看病に行っていることはしっていたけれど、まさかそれが凛子ちゃんだったなんてね」

私達は暫く昔話に花を咲かせた。

「母さん、ちょっと話があるんだ」

明彦は飲んでいたコーヒーのカップをソーサーに置くと本題を切り出した。

「あのさ、母さん。俺、実は海外へ留学しようかと思っているんだ」

「明彦、留学ってそれどういうこと?あなた本気で言ってるの?」

「家に帰ったら、あの人、いや父さんにも話をするつもりだよ。ただ、いくら話しても父さんとは平行線を辿るだけだろうから。金は働けるようになったら、いつかきちんと返す」

「明彦、もう決めているの?」

明彦のお母さんは瞬きもせず、明彦の顔をじっと見つめながら聞いた。

「うん。柴田先生にも相談したんだ。そうしたら、先生の昔、同僚だった人がイギリスの大学で天文学を教えているらしいんだ。柴田先生がその先生にコンタクトを取ってくれて、是非、試験を受けてみないかって言ってくれているんだ」

「あなたったら本当に…お母さんをどれだけびっくりさせるの」

「イギリスって言ったって、休みにはこっちに帰ってくるんだし。俺にとってはいい話だと思うんだけどな」

「山口君、折角こうしてまた会えたのに、イギリスなんてそんな遠くへ行っちゃうの?凛子は知ってたの?」

私はこの話を前もって明彦から聞かされていた。

「ええ。だって私が試験を受けてみたらって、勧めたんだもの」

「僕、試験に受かったらイギリスで勉強して、何年掛かるか分かりませんが、行く行くは天文に携わる仕事をしたいと思っています」

私達は夕方近くまで、カフェで色々な話をした。母と明彦のお母さんはまた近いうちに会うことを約束し、それぞれ駅で別れた。


母と帰りの電車に揺られながら、明彦が母にプレゼントしてくれた花束を眺めた。

「そういえば明彦、私が入院している時も毎日、お花を届けてくれたな」

「そうね、凛子が二週間眠っている間も、毎日きてくれたのよ。あなた達、出逢ってからずっと一緒だったんでしょう?それなのに、山口君が留学しちゃったら、凛子は本当にそれでいいの?」

「正直言うとね、明彦と離れることは不安だわ。でもこうして再び出逢う前のことを考えれば、何年になるのか分からないけれど、あっという間だと思うの」

「そうね、あなた達三歳の頃に初めて出逢って、何も知らずに再会して。きっと運命の赤い糸で結ばれたふたりなのね」

母が真面目な顔で言った。

「運命の赤い糸?」

「あなた達、いつか結婚すると思うわ」

母の思いもよらぬ言葉に驚いた私は、膝の上の花束を思わず床に落としてしまった。

「お母さん何よ、突然。結婚なんて、まだ考えたこともないのに…」

「そうなってくれたら嬉しいなって、ママが勝手に思っているだけ。ママは結婚に失敗しちゃったから、偉そうな事を言える立場じゃないけれど、凛子や俊太郎には幸せになって欲しいもの」

「お母さんはお父さんと結婚したこと、後悔しているの?」

「ううん、全然。結局パパとは別れる事になっちゃったけれど、凛子や俊太郎がいてくれるし、後悔なんかしてないわ」

母は向かいの車窓を流れる景色を追っていた。

「お母さんは結婚していた時、幸せだった?」

「幸せねぇ…幸せなんて、お天気と似たようなものだと思うわ」

「お天気と似ている?」

「そう。いくらお天気が良くて晴れていても気分が沈む日だってあるし、例え雨でも『よし、今日は頑張らなくちゃ !』って、思う日もあるでしょう?それと一緒で、幸せなんて自分の気持ち次第で変わるものだと思うわ」

「ふーん」

「ママはパパと出逢えて、本当に幸せだった。離婚してから暫くは毎日泣いてばかりだったけれど、今はパパにも感謝しているわ」

「そう…」

「ねぇ、凛子。今度、パパと会ってみたら?」

「えっ?」

「本当は凛子もパパに会いたいんじゃない?でもママに遠慮して、今まで何も言わなかったんでしょう?」

母とこんな話をしたのは初めてのことだった。私は何と答えたら良いものか分からずに黙り込んだ。

「この間ね、パパと久しぶりに電話で話したら、凛子や俊太郎に物凄く会いたがっていたわ」

「そうなの?向こうにお子さんは?」

「いないわ。俊太郎は産まれてすぐにパパと離れちゃったし、まだ小学生だから心の準備もできていないだろうけど、今の凛子だったら、パパと会えるんじゃないかと思って」

「自分でも、良く分からない…」

母はバッグから一枚のメモを取り出した。

「これ、パパの連絡先。凛子が会いたいと思ったら連絡しなさい」

「………」

「ずっと渡そうと思っていたんだけれど、一緒にいてもなかなかそんな機会もなくてね。こんな時じゃないと、渡せないと思ったから渡しておくわ」

「お母さん、有難う」

私は母の肩にもたれ掛かった。


その晩、風呂から上がると私はすぐに自分の部屋に上がった。椅子にもたれながら、母から渡されたメモを暫く眺めていた。

メモには『小沢隆』という父の新しい名前と、携帯電話の番号が記されていた。

私は壁の時計に目を遣った。まだ九時前だった。

父が家を出てからの六年間、私は何度も父に会いたいと願った。しかし、いざこうして父の連絡先を目の前にすると、私の心は激しく揺れた。

私は椅子から立ち上がり、本棚の奥に大切にしまっていたきんちゃく袋を取り出した。袋から硝子のプゥを出してやり、机の上に置いた。六年前のクリスマスイブの夕暮れが甦る。父の現在の心境は分からない。だが、今電話をしなければ後悔する気がした。私は意を決し、メモに記された番号をプッシュした。長い呼び出し音が続いた。果たして父は電話に出てくれるのだろうか?


「はい、小沢です」


低く落ち着いた声が電話機の向こうから聞こえた。

「あっ、あの…こんばんは」

「凛子!凛子なのかい?」

父はすぐに私だと分かった様子だった。それは驚きとも喜びともつかぬ声だった。六年振りに聞く父の声は、昔と少しも変わってはいなかった。

「お父さん、今、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。凛子、元気にしているのか?」

「うん。私も俊太郎も元気にしているわ。お父さんは?」

「元気だよ。良く…良く、電話してきてくれたね、凛子」

電話機の向こうの父は泣いているのか、声がくぐもっていた。

「お父さんと別れてから、もう六年も経つんだね。何だか信じられないわ」

「ごめんな、凛子。苦労ばかり掛けて」

「そんなことない。私、苦労だなんて一度も思ったことない」

「お前たちと別れてから六年間、父さん、一日だってお前達のことを忘れた事はなかった。身勝手な父親で、本当に申し訳ないと思っている」

「ううん。それよりね、今日電話したのは、近々、会えないかな?と思って…」

「凛子、お父さんと会ってくれるのか?」

「お母さんがね、お父さんと会ってみたらって、この番号を教えてくれたの」

「そうか…美枝子が」

「お父さん、今度の日曜日は空いてる?」

「ああ、大丈夫だよ。何時でもいい、凛子の都合に合わせるよ」

「じゃあ、四時頃はどう?」

「そうだな、じゃあ四時に銀座三越のライオン前で待ち合わせにしよう」

「分かったわ。じゃあ、来週の日曜日、会えるのを楽しみにしているわ」

「父さんも楽しみにしているよ。わざわざ電話してきてくれて有難う。嬉しかったよ、じゃあ、来週の日曜日に」

「うん。じゃあね」

そう約束をして電話を切った。

父との六年振りの会話はあっという間だった。電話をしている最中は妙に冷静だったはずが、電話を切った途端、額から汗が吹き出した。私はプゥを袋にしまうと、枕元に置いてそのまま布団に潜り込んだ。

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