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君に贈るエピローグ  作者: 美雨
14/27

朝の陽射しの中で

真夜中になっても、俺は一階のリビングのソファで眠れずにいた。

凛子はもう眠っただろうか?

俺は毛布にくるまりまがら、天井をじっと見つめた。

数枚の写真が物語った真実は、あまりにも衝撃的で、俺はまだ信じられずにいた。

ベッドの上にちょこんと並んで座っていた、三歳の頃のふたり…。

あの頃の俺は生死の境を彷徨っていた。

その俺が今こうして凛子と再会し、あんなに元気だった兄貴が死ぬなんて。運命のいたずらとは、こういうことを言うのだろうか?

生きるということは残酷の連続だ。

中学の頃に親父を失い、去年兄貴が死んでからというもの、俺は自分の殻に閉じこもるようになった。凛子と出逢う前の俺は、仲間といても恋人といても、常に付きまとう孤独に怯えながら生きてきた。誰かと一緒にいても、その孤独感を拭い去ることなど、決してできなかった。そんな毎日に一筋の光を与えてくれたのが凛子だった。

有難うな、兄貴。

俺は目を閉じ今は亡き兄に、心の中で呟いた。


翌朝、気が付くと凛子が俺の肩を揺さぶっていた。

「ねぇ、明彦、起きて。もう、起きてったら!」

「う…ん、もう少しだけ寝かせてくれ」

「もう五時半よ!起きないなら私、先に行くからね!」

俺はその言葉で飛び起きた。

「俺、いつの間にか寝ちゃったんだな。もうそんな時間なのか?」

「そうよ、朝ご飯の用意ができているから、早く顔を洗ってらっしゃい」

凛子は既に制服に着替えていた。きれいに畳まれた制服とタオルを渡され、無理やり洗面所へと連れて行かれた。

「じゃあ、着替え終わったら、キッチンへきてね」

そう言った凛子の目は真っ赤だった。

俺は急いで顔を洗い歯を磨いてから、洗面所のドアを閉め着替えを済ませた。


キッチンへ行くと朝食の準備が出来ていた。凛子のお母さんは昨夜とは違い、スーツにエプロン姿で化粧をしていた。

「あら、山口君、おはよう。リビングのソファじぁ、良く眠れなかったでしょう?」

「そんのことないです。昨夜は本当に有難うございました。今朝もこんなちゃんとした朝食まで用意していただいて…」

「そんなのいいのよ。リビングで良ければ、暫くうちに泊まりなさい。お母様には私から事情を話しておくから」

「いいえ、昨夜だけでも十分助かりました。今日からは、友人の家にでも世話になります」

「山口君ったら、気を遣っているんでしょう?うちだったら、いつまでいてくれても構わないのよ。昨日だって、家族がひとり増えたみたいで楽しかったわ」

凛子のお母さんは俺に気を遣ってそう言ってくれたが、これ以上、甘える訳には行かなかった。

「有難うございます。でも、もう大丈夫ですから」

その時、凛子が鞄を持って二階から下りてきた。

「何、ふたりして秘密の話?」

「違うわよ。ねぇ、凛子、暫く山口君、うちに泊まってもいいわよね?」

「お母さん、それって普通、私が言うことじゃない?」

「それもそうね」

そう言って、凛子のお母さんは肩を揺すって笑いながら、焼きたてのトーストをテーブルまで運ぶと首からエプロンを外した。

「じゃあ、山口君、今日は朝から会議があるから、先に出るわね。荷物、置いて行きなさいよ。じゃあ、行ってきます」

「あの、本当に有難うございました!」

俺はそう言って、凛子のお母さんの背を見送った。


「じゃあ、明彦はそっち側に座って」

俺と凛子はテーブルを挟んで、向かい合わせに座った。

「ねぇ、明彦。母もああ言っているんだし、暫くうちにいなさいよ」

「せっかくだけど、これ以上、迷惑は掛けられないよ。お母さん、働いているんだし」

「そう。じゃあ、中原君か輝君の家に泊めて貰うの?」

「うん。それか、柴田先生の家かな?」

「柴田先生の家?」

「凛子が入院していた時、色々と相談に乗って貰ってただろ。その時も、何度か泊めて貰ったんだ。先生、何年か前に奥さんに先立たれて、マンションにひとりで住んでいるんだ。殆ど毎日、コンビニの弁当を食べてるから、俺がその時飯を作ったら、凄い喜んでくれてさ」

「そう。お母さん、淋しがると思うけどな」

「凛子は?」

「私は淋しくなんかないわ。だって私は毎日、学校で会ってるもの」

その時、俊太郎がパジャマ姿で二階から下りてきた。

「おはよう、俊」

「おはよう、凛子。あっ、明彦もおはよう」

「うん、おはよう」

俊太郎は大きな欠伸をひとつすると、目をこすりながら凛子の隣に座った。

「明彦、今日も帰ってくる?」

「ごめんな、俊、昨日は遅くまで付き合わせちゃって。また今度、遊びにくるよ。また一緒に、プロレスごっこしような」

「えー、今日も帰ってきてよ。俺、待ってるからさ」

「うん。でも、そういう訳にも行かないんだ」

「そっかぁ、つまんないなぁ」

「俊、明彦にも色々あるのよ。わがまま言わないの」

俊太郎はしゅんとしながら、ベーコンエッグを食べ始めた。

「じゃあ、お姉ちゃん達、先に行くからね。ちゃんと、おばあちゃんを起こしてから、学校へ行くのよ。分かった?」

「うん。じゃあ、明彦、またな」

「ああ、約束するよ。俊も学校頑張れよ!」

俊太郎にそう言い残し、俺と凛子は家を出た。


凛子の家の最寄り駅から電車に乗り、俺達は学園へと向かった。

「凛子、昨夜、一睡もしてないんだろ?俺のせいで悪かったな」

「そんなことないわ、色々と考えていて、気が付くと朝だったの」

「何を考えていたの?」

「昨夜の事。明彦と私が三歳の頃に出逢っていたなんて、不思議だな…って。それにクリスマスイブに出逢った少年が、和君だったなんて、何だか信じられなくて…」

「本当だな。三歳の頃も、俺達こうして並んで座ってた」

「明彦は眠れた?」

「俺は三時位までは起きてたけど、その後、気が付くと寝ていたよ」

「昨日は色々あって、疲れたでしょう?」

「まぁな」

そんな会話を交わしているうちに、学園前の駅に着いた。

俺達は初めてふたりで土手の上を歩いた。

いつもの場所までくると、凛子は俺の差し出した右手を取り、土手の下へと降りた。

「ねぇ、明彦…」

「うん?」

凛子は真っ直ぐに空を仰いで言った。

「私この間、ガソリンスタンドへ行ったでしょう?本当はあの日ね、明彦に聞きたい事があったの」

「うん。何となくそうじゃないかと思ってたよ、何?」

「あのね、大学の事。明彦、本当はうちの大学へ行くつもり、初めからないんでしょう?」

俺は答えに戸惑った。

「そんなことないよ、この間も言ったろ。結局は、うちの大学に行くと思うって…」

「もう、隠さなくていいわ。私、昨夜の話を聞いて分かったの」

「昨夜の話?」

「そう。本当は明彦、今のお父様と一緒に暮らしたくないんじゃない?」

凛子は何かを覚悟しているような口ぶりだった。

「私ね、明彦から初めて大学の話をされた時には動揺してしまったけれど、もう大丈夫だから、今、思っていることをちゃんと話して」

「うん、分かった…」

俺は大きく深呼吸をした。

「俺、本当は海外へ留学しようかと思っているんだ」

「何だ、そうなの。いいんじゃない?」

意外にも凛子はあっさりとした口ぶりでそう言った。いや、本当は動揺していたのかもしれなかった。だが、懸命に取り乱さぬよう、つとめて冷静を装おったのだろう。

「もう、決めたの?」

「いや、具体的にはまだ何も」

「そっかぁ、明彦がいなくなると淋しくなるな」

「俺だって同じだよ。だからずっと、迷っていたんだ」

「でもまた、きっとすぐに会えるわよ。だって私達、こうしてまた、巡り会えたんだもの」

「そうだな。俺、今度はちゃんとすぐに凛子を迎えにくるよ」

「本当?今度あんまり待たせたら、何処か遠くへ行っちゃうから」

凛子は俺の右頬を軽くつねった。

「ねぇ、今度、和君のお墓に連れて行って」

「いいけど、どうして?」

「こうしてまた、明彦と出逢えたのは、きっと和君のお陰だもの。だから、お墓の前できちんとお礼を言いたいの」

凛子はそう言って、上体を起こそうとした。俺は彼女の左腕を引っ張り、自分のほうへと引き寄せた。

「ちょっと、何するの?」

「黙って…」

彼女の唇に軽く人差し指を当てた。

凛子は驚いた様子で、大きな瞳を何度も瞬かせた。

光の中で視線が交わった。俺は次の瞬間、彼女の顎を掴んだ。唇にそっと自分の唇を重ねた。凛子の唇は熟れた果実のように柔らかくふくよかだった。

「ごめん…」

「私達、同志じゃなかったの?」

凛子の大きな瞳から涙が零れ落ち、薄紅色の頬を濡らした。

「同志にも愛は存在するんだ」

凛子は俺の胸に顔を埋め、両手で背を掴んだ。それから俺達は十四年の時を埋めるかのように、朝の陽射しの中で何度も唇を重ねた。凛子の唇はだんだんと熱を帯び、激しく脈を打って行った。


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