第7話「ファインプレー」
試合当日の朝。
目が覚めて最初にしたのは、スマホを確認することだった。
昨日の夜のLINEが、まだ画面に残っている。
『絶対行くね、頑張って』
短いメッセージだった。
でも、それだけで十分だった。
グローブを鞄にしまいながら、自然と口元が緩む。
絶対、いいところを見せる。
今日はそのための試合だ。
※※※
試合開始前、守備位置につきながらスタンドへ目を向けた。
夏休み中だからか、結構見にきてる人がいた。
それでも、すぐに見つかった。
莉央と玲央の隣。
陽菜がいた。
こちらにはまだ気づいていないのか、三人で何か話しながら笑っている。
——来てくれた。
その事実だけで、胸の奥が熱くなる。
前の日まで感じていた不安が、少しだけ消えていく気がした。
最初の打球は、俺の守備位置から少し遠いライナーだった。
普段なら、一瞬迷う距離。
でもその日は違った。
体が勝手に動いていた。
横っ飛びでグローブを伸ばす。
打球が収まる。
歓声が上がった。
その中に、聞き慣れた声が混ざっていた気がした。
思わず立ち上がりながら、スタンドの方を見てしまう。
※※※
三回の攻撃。
打席に立った瞬間、はっきり聞こえた。
「颯太!」
陽菜の声だった。
少しだけ笑いそうになる。
初球は見送り。
二球目はファール。
そして三球目。
来た。
振り抜いた瞬間、手に確かな感触が残った。
打球はセンターの頭を越えていく。
ベースを蹴りながら、思わずスタンドへ目を向ける。
陽菜が飛び跳ねていた。
隣で莉央が笑いながら何かを言っている。
玲央は拍手をしていた。
二塁ベースを踏んだところで、ようやく息を吐いた。
今日は、本当に来てくれている。
そのことが、ただ嬉しかった。
※※※
試合はそのまま勝った。
監督に「よくやった」と言われた。
チームメイトに背中を叩かれた。
全部嬉しかった。
でも、それ以上に早く陽菜たちのところへ行きたかった。
着替えを済ませ、急いでグラウンドを出る。
出口の近くには莉央と玲央が立っていた。
二人だけだった。
「お疲れ! すごかったじゃん」
莉央が笑う。
「ありがとう。陽菜は?」
二人が少し顔を見合わせた。
「……なんか用事あるって、先に帰ったよ」
「え?」
思わず間の抜けた声が出た。
「最後までちゃんと見てたよ」
莉央が慌てたように続ける。
「颯太がホームに帰ってくるまで、ずっと」
「……そっか」
「うん」
少しだけ沈黙が落ちる。
「どこ行ったの?」
莉央が視線を逸らした。
「えーと、その……」
「バイトの喫茶店行くって言ってたよ」
玲央が何気なく言う。
「玲央!」
莉央が慌てて声を上げた。
玲央も「あ」という顔をする。
バイト先。
その言葉が胸に引っかかった。
シフトを休んでまで来てくれた。
今日は、自分を優先してくれたんだと思っていた。
でも試合が終わったら、真っ先に向かったのはあの店だった。
「……そっか」
今度は自分でもわかるくらい、少し低い声が出た。
莉央が何か言いたそうな顔をしている。
でも俺は、そのままグラウンドへ目を向けた。
試合には勝った。
監督にも褒められた。
陽菜も最後まで見ていてくれた。
全部、うまくいったはずだった。
それなのに、胸の奥に小さな引っかかりだけが残っていた。




