第十三話 初めての授業
いつも『もう一度、あなたの声を。~音を知らなかった少女の異世界譚~』を読んでいただき、本当にありがとうございます。
第13話『初めての授業』では、シルヴィアが本格的に魔法の学びへ踏み出しました。
今まで家族から教わってきた魔力の感覚。
そして今回、新たにリリア先生から魔法の基礎を学び、初めて自分の意思で火属性魔法を形にすることができました。
まだ小さな炎。
まだ大きな力ではありません。
ですが、その小さな一歩こそが、シルヴィアにとって大切な成長の証です。
これから彼女がどんな魔法を覚え、どんな未来へ進んでいくのか。
温かく見守っていただけると嬉しいです。
朝露が草花を優しく濡らし、庭には澄んだ空気が流れていた。
私は朝食を終えると、いつものように庭へ向かう。
大きな木の下では、リリア先生が穏やかな笑みを浮かべながら待っていた。
「おはようございます、シルヴィア。」
「おはようございます!」
私は元気よく頭を下げる。
リリア先生は、その姿を見て優しく微笑んだ。
「今日から、本格的なお勉強を始めましょう。」
私は胸の前で小さく拳を握る。
「はい!」
少し離れた場所では、お父さんとお母さんが静かに見守っていた。
リリア先生は一本の細い木の枝を拾い上げる。
「シルヴィア。」
「魔法とは何だと思いますか?」
私は少し考える。
「まほうは……。」
「ひとを、まもるもの。」
リリア先生は嬉しそうに頷いた。
「とても大切な答えですね。」
「でも、それだけではありません。」
先生は枝で地面に円を描いた。
「魔法とは、『魔力』『イメージ』『詠唱』の三つが重なって生まれる力です。」
私は地面の円をじっと見つめる。
「魔力は、誰の中にもある命の力。」
「イメージは、どんな魔法を生み出したいかを思い描く心。」
「そして詠唱は、その力を安定させるための言葉。」
私は初めて聞く話ばかりで、目を輝かせていた。
「つまり、どれか一つが欠けても、思い通りの魔法は使えません。」
私は小さく頷く。
魔法って、思っていたよりずっと奥が深いんだ。
リリア先生はゆっくりと立ち上がる。
「では、実際に見てみましょう。」
先生は右手を前へ差し出し、静かに目を閉じた。
庭を吹き抜ける風が、ふわりとローブを揺らす。
「──《フレイム》。」
先生の手のひらに、小さな炎が灯る。
けれど、お母さんが見せてくれた炎よりも大きく、熱を感じるほど力強かった。
私は思わず息をのむ。
「すごい……。」
炎はしばらく揺らめいたあと、静かに消えていった。
私はその光景から目を離せなかった。
同じ火の魔法なのに、お母さんが見せてくれたものとはどこか違う。
まるで生きているみたいだった。
リリア先生は私を見て微笑む。
「驚きましたか?」
私は何度も頷く。
「うん!」
「すごかった!」
「ふふっ、ありがとう。」
先生は優しく笑うと、私の前にしゃがみ込んだ。
「それでは、シルヴィアも挑戦してみましょう。」
「えっ、わたしも?」
「もちろんです。」
「でも、今日は魔法を成功させることが目的ではありません。」
「一番大切なのは、魔法が生まれるまでの流れを知ることです。」
私は少し安心した。
失敗してもいいんだ。
そう思うと、肩の力が抜ける。
リリア先生は一本の小枝を私へ手渡した。
「杖がなくても魔法は使えます。」
「ですが、最初のうちは、この枝を杖だと思って使ってみましょう。」
私は両手で大切そうに枝を受け取る。
「まずは胸の奥の魔力を感じます。」
私は静かに目を閉じた。
何度も練習してきた温かな鼓動。
今では、すぐに見つけることができる。
「その魔力を、ゆっくり枝の先へ流すようにイメージしてください。」
私は言われた通りに意識を向ける。
胸から腕へ。
腕から手へ。
そして、小枝の先へ。
すると、枝がほんのり温かくなった気がした。
「その感覚です。」
リリア先生の優しい声が聞こえる。
「では最後に、魔法へ想いを込めます。」
先生はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「『小さな炎よ、我が手に宿れ』」
「これが今日の詠唱です。」
私は少し緊張しながら、その言葉を繰り返した。
「……ちいさな、ほのおよ。」
「わがてに、やどれ。」
その瞬間。
枝の先が、ふわりと赤く光った。
「……!」
小さな火の粉が、一瞬だけ空中へ舞う。
すぐに消えてしまった。
それでも。
私は確かに見た。
初めて、自分の意思で魔法が形になろうとした、その瞬間を。
リリア先生は優しく拍手を送った。
「素晴らしいです、シルヴィア。」
「その一歩が、きっと大きな未来へ繋がります。」
リリア先生は、ゆっくりと私の前まで歩いてきた。
「今の感覚を忘れないでください。」
「魔法は一度成功したからといって、いつでも同じように使えるわけではありません。」
私は真剣に頷く。
「はい。」
「何度も練習を重ねることで、少しずつ魔力は安定していきます。」
そう言うと、先生は私の手にある小枝をそっと見つめた。
「初めてでここまでできたのは、とても立派です。」
「ですが、焦って次の魔法へ進む必要はありません。」
「基礎を疎かにすると、後で必ず壁にぶつかります。」
私は先生の言葉を胸に刻むように聞いていた。
すると、お父さんが笑顔で口を開く。
「シルヴィア。」
「今日はよく頑張ったな。」
「ありがとう、おとうさん!」
お母さんも優しく微笑む。
「少し休憩したら、おやつにしましょうか。」
「やった!」
私は思わず笑顔になる。
さっきまで緊張していたのが嘘みたいだった。
リリア先生は、その様子を穏やかな表情で見つめている。
「エリオットさん、アリアさん。」
「シルヴィアさんは、魔法の才能だけではありません。」
「人の話を素直に聞き、学ぼうとする姿勢があります。」
「それは、魔法使いにとって何より大切な才能です。」
その言葉に、お父さんとお母さんは嬉しそうに顔を見合わせた。
私は少し照れながら頭をかく。
まだ私は何も知らない。
でも、もっと知りたい。
もっと学びたい。
その気持ちだけは、誰にも負けない自信があった。
青く澄み渡る空を見上げる。
魔法の世界は、まだ始まったばかり。
私の冒険も、これから少しずつ動き始めようとしていた。
その日の夕方。
私は自分の部屋で、小さな手のひらをじっと見つめていた。
もう炎は出ない。
けれど、そこには確かに感覚が残っている。
魔力が流れる感覚。
力が形になる瞬間。
そして、自分にもできたという喜び。
「……もういっかい。」
私は小さく呟く。
ベッドから降り、部屋の隅へ置いてある小さな木の枝を手に取る。
もちろん、勝手に練習を始めるつもりではない。
ただ、今日教えてもらったことを忘れないようにしたかった。
目を閉じる。
胸の奥にある魔力を感じる。
ゆっくり。
ゆっくり。
すると――。
「シルヴィア?」
突然、後ろから声が聞こえた。
振り返ると、扉の前にお母さんが立っていた。
「おかあさん……。」
少しだけ怒られると思った。
でも、お母さんは優しく笑った。
「練習したくなる気持ちは分かるわ。」
「でも、今日はもう十分頑張ったでしょう?」
私は小さく俯く。
「……もっと、できるようになりたい。」
その言葉を聞いて、お母さんは私の隣へ座った。
「シルヴィア。」
「魔法が上手になることは大切よ。」
「でもね。」
「一番大切なのは、魔法を楽しむ気持ちを忘れないこと。」
私は顔を上げる。
「たのしむ?」
「ええ。」
「できないことが、できるようになる。」
「知らなかったことを知る。」
「それを喜べる心が、きっとあなたを強くしてくれるわ。」
私はその言葉を聞いて、小さく笑った。
「うん。」
お母さんは私の頭を撫でる。
「明日も先生が来てくれるわ。」
「また新しいことを教えてもらえるでしょうね。」
私は窓の外を見る。
夕焼けに染まった空。
その先には、まだ知らない魔法の世界が広がっている。
火。
水。
風。
土。
そして、まだ見ぬ力。
いつか私は、どんな魔法を使えるようになるのだろう。
そんな期待を胸に抱きながら、私はゆっくりと目を閉じた。
明日が来るのが、楽しみだった。
第13話『初めての授業』を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今回は、シルヴィアが初めて本格的な魔法の授業を受ける回でした。
魔法というと、強い力や派手な技を想像することが多いかもしれません。
ですが、この作品では魔法を「成長の過程」や「誰かを守るための力」として描いていきたいと思っています。
シルヴィアにとって、今回の小さな炎は大きな意味を持つものです。
これからたくさんの魔法を学び、失敗や壁にぶつかりながら、一人の魔法使いとして成長していきます。
次回以降も、シルヴィアの歩む二度目の人生を楽しんでいただけたら嬉しいです。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
――藤田慎二




