イリスと青薔薇の姫
―――あれ、ここ・・・どこかしら?
「気が付いたか、じゃじゃ馬」
私の顔を覗き込んできたその黒髪の騎士に私はぐわっと身を起こした。
「だぁれがじゃじゃ馬よっ!」
「その調子なら、怪我は大丈夫だな」
「あ、そう言えば。痛くない」
けどドレスが血まみれだわ。
「どうなってるの?」
私がきょとんとしながら同い年の騎士の金色の瞳を見つめれば。
「ローゼンクロス辺境伯家のセシナさまがヒーリング魔法を掛けてくださったんだ」
不愛想にそう返してきた。
「ふんだ!余計なことをっ!」
「コラ、イリス!」
「何よ、リオ!あんたウチの騎士のくせに生意気過ぎ!」
リオはウチの家臣だ。昔お父さまがどこかから拾ってきた子で、拾われた当時は酷いけがをしていた。リオは純粋な人間ではなかった。リオは半分吸血鬼の血を受け継いでいる。だからこそ体も丈夫で、この歳で剣の腕も相当なもの。だからこそ同い年の私の騎士になったのだけど。
そのリオが大怪我を負うなんて、原因は本物の純粋な吸血鬼しかありえなかった。だからお父さまは一旦ブリックウォール辺境伯家で保護しながら育てた。そんなリオは、お父さまたちがこちら側に来るときは私の側を離れ必ず同行している。
彼には彼で、やるべきことがあるとしか言わないけれど。
「あのな、セシナさまはローゼンクロス辺境伯家のご令息だぞ!わかってんのか頭ポンコツ!」
「誰がポンコツよっ!大体セシナなんて混血何だから生意気なあんたと一緒じゃない!」
「はぁっ!?一緒に見るんじゃねぇっ!あの方は血筋も実力も俺に比べたら段違いなんだよっ!お前の傷だって、あの方のヒーリング魔法ですぐ治さなきゃ顔に傷が残ってたかもしれないんだぞ!?」
「あぅっ」
そんなに酷い・・・普通はそうか。だって相手は純血姫だったもの。
「吸血鬼は、お前がきゃっきゃうふふと能天気な頭で考えているよりもずっと恐ろしいんだ!わかったか!?」
「何でよ」
「あぁん?まだ何か文句があんのか?」
「恐ろしいなんて思ったことなんてないわよ!」
「は?」
「一緒に話もできるし、笑うこともできるし、遊ぶことだってできるじゃない!リオはいつも一緒にいてくれたじゃないっ!バカッ!!」
「あのな、お前な・・・っ、俺は混血であって純血の吸血鬼は」
「もう知らないリオのバカッ!!」
「うぅ~、お前いい加減に」
「お取込み中、いいかしら」
「少しは静かにできないのかミンミンゼミ」
部屋の扉を開けて入ってきたのは、あの女と同じ純血姫の令嬢かしら?そして、―――セシナ。
「どぅあれがミンミンゼミだっ!」
「良かったじゃないか。じゃじゃ馬からミンミンゼミになって」
「どっちも嫌―――っ!!!」
私はリオにキィっと睨みを投げつけたが、いつも通り嫌味な笑みを浮かべるだけでこんにゃろぉ~~~っ!!!
「とにかく、殿方は出て行ってくださる?お着替えをしますので」
「う、わかりました」
ご令嬢がそう言うと、リオは素直に頭を下げてセシナと出て行ってしまった。残ったそのご令嬢は私たちと同い年くらいだ。薄紫色のふわふわした長い髪、そしてその上半分を左右で薔薇のようなふわふわのお団子にしている。瞳はブルーで目鼻立ちがとてもはっきりしている美しい美少女だ。
う・・・。悔しいけど、負けたわ。ベラお義姉さまレベルね、この子。
「痛いところはないかしら」
「えぇ、ないわ。悔しいけど、セシナってヒーリング魔法も得意なのね」
「えぇ、ローゼンクロス辺境伯家のご令息ですもの。その才能は目を瞠るものがあります」
「あなたよりも?」
「どうかしら。扱う系統が違うから」
そうなのか・・・。
「ほら、着替えを手伝うから立って」
「え、えぇ」
令嬢は私の背中のファスナーを開き、血まみれのドレスを脱がしてくれた。お気に入りだったのに。
幸い濡れていたのは前だけで、肌に飛び散った血を彼女が濡れたタオルで拭ってくれた。
「吸血鬼は吸血鬼であるが故に血には敏感なのよ」
「わかってるわ。それくらいは勉強してる」
「少しは彼の身にもなってあげたら?」
「彼って、リオのこと?リオは別に」
「ふふっ、どうかしら?」
彼女は意味深に微笑んだ。
「悪いけど、これは全て処分するわね。責任もって廃棄するから」
そう言うと血の付いたドレスとタオルを彼女は魔法で一瞬にして燃やしてしまった。
「お気に入りのドレスだったとは思うけど」
「いいの。わかってる」
「そう。ありがとう」
何で、お礼なんて言うのよ。彼女が着せてくれるままにワンピースを纏う。
「この服、どこから・・・」
「ローゼンクロス辺境伯家のみなさまは男性ばかりだから、替えのものがなかったの。だから私の着替えで我慢してね」
「あなたの」
「吸血鬼はお嫌い?いいのよ。あんな目に遭ったばかりだものね。恐がってもいいのよ?」
「恐いわけ、ないじゃない。それに、私を殴ったのはあなたじゃなくてあのアバズレ女でしょ?それと婚約者だっけ!?何よアレ!男のくせに美人局なんてやっちゃって!キモいったらありゃしないっ!」
「あら、割とずぶとい性格してるのね」
ふふふっと彼女が微笑む。何て美しいんだろう。本当にベラお義姉さま並み。それに比べて私なんて。彼女から借りたワンピースの胸元の生地がめちゃくちゃたるんでいるのを見て何かへこむ。
「そうじゃなきゃ、吸血鬼の旦那探しなんてしないわっ!」
「それじゃ、早く見つかるといいわね。あなたの旦那さま。でも無理はダメよ?未来の旦那さまが悲しんでしまうから」
「・・・そう、それは、そうかもね」
「あら、ちゃんとわかってる?」
彼女の探るような視線にドキリとしながらも私は首を傾げる。
「感覚で、いつか何となくわかる時が来るものよ」
「それもいい考えかもね」
着替えが終わり椅子に腰かけると、彼女はぼさぼさになった髪もキレイに櫛で梳いてくれた。
「そう言えば、あなたの名前は?」
「私?レティシア・ブルーローズよ」
「え、ブルーローズって、侯爵家の?」
「よく勉強してるのね」
「まぁ、旦那探しって言っても、辺境伯家の娘ですもの。付き合いのあるアイアンローズ辺境伯家と別の派閥はなるべく外すようにしているの」
完全な恋愛結婚は望んでいないけれど、どうせならお父さまやお母さま、お兄さまの助けになれた方がいいし。
「そうなの。でも派閥を超えた大恋愛もステキよ?」
「たっ、確かにそうだけど!アイアンローズ辺境伯一家の方々も目の保養になるから、そこも重要なのよ」
「ご家族思いなのね」
んなっ!?何か、何か見透かされているようでどきっとするぅっ!マジでそこら辺もベラお義姉さまみたいだしっ!
「私のことはレティって呼んでね」
「レティ。私は、イリスよ。知っていると思うけど、ブリックウォール辺境伯家の長女・イリス」
「そう、イリスちゃん。よろしくね」
私はその日、初めての吸血鬼の友人ができたのだった。




