吸血鬼の第2王子とその婚約者
「ギルバートさまぁっ!」
後方にギルの姿を確認し、すぐさまその腕に飛びついたジュリアンヌ王女は早速とばかりにギルを上目遣いに見上げて語りだす。
「フィアナ・フローリアが私のことを悪く言うのよ。きっと目の前で私があなたに選ばれたから嫉妬しているのよ。あんな色褪せたような変な色の髪に貧相な顔で、あのような地味なドレスを着たような女、神々しいほどの美貌のあなたに似合わないのがまるでわかっていないのだわ。更には余りもののパッとしないたかだか辺境伯家の末子にあてがわれたからと私を妬んでいるの!ギルバートさまには私のような高貴で美しい姫が相応しいとまるで理解できないのだわ」
そう、長々と甘えるように語るジュリアンヌ王女の言葉は、ギルは微笑みを向けながら黙って聞いている。
うわぁ、後が恐いわぁ。
「・・・セシナさま」
フィアが心配そうに俺を見上げるが。
「大丈夫だよ、フィア」
「そうだよ。あの女、バカなんだよ」
いつの間にか俺の腰にレオが引っ付きながら、フィアを見上げる。そしてしれっとその後ろでレオの両肩に手を置くルシウス兄さん。まぁ、ルシウス兄さんの性癖はこの際置いておこう。
「へぇ。ぼくの大親友で従弟のセシナに対して随分なもの言いだけど。君、何様なの?」
ギルはにっこりと微笑みながら、世の令嬢ならすぐさま魅了させてしまいそうな甘いボイスでジュリアンヌ王女に語り掛ける。その甘いボイスとその内容のギャップに、ジュリアンヌ王女は何が何だかわからずに口ごもる。
ついでに“大親友”は余計だから。
「えと、でも、辺境伯家の末子で」
「だから?ローゼンクロス辺境伯家は我が吸血鬼の自治区と人間の王国の境界を守る由緒正しい血筋。ついでに言えば我が母上の実家だ。君は何の権利があって母上の実家を、そしてぼくのセシナを愚弄するのかな?」
いや、誰が“ぼくのセシナ”だ。
「そうだ!お兄ちゃんは抗議する!セシナたんはお兄ちゃんたちのセシナたんです!」
・・・ルシウス兄さんのブラコンは無視しよう。
ギルもそのつもりのようである。今回ばかりはギルを評価してもいいだろう。
「え、だって、私はギルバートさまの婚約者で」
「そうだね」
完全にパニくっている彼女は、自分の言っていることがどう言うことなのかを理解できないらしい。もしかしてもしかしなくても、彼女はまさかとは思うが元々そう言うことを理解できる頭脳がないとか言わないよな?
「あら。吸血鬼は人間よりも高位な種族よ。いつから人間の王女さまが私たちより上の立場のようにふるまえるようになったのかしら?あなた、王妃の私よりも偉いとでも言いたいのかしら?」
そこに何気なく現れた叔母上が色のない微笑みを浮かべる。
更には。
「王太子妃である私にも相当なものいいね。色褪せたような髪、でしたっけ?」
フィアのことをひと目で気に入ってしまったディア姉さんまで一緒に伴っている。
いや、あんたら夫はどうした、夫は。フィアの危機に、我こそはと夫に待てを言いつけ駆けつけたのだろうとは思うが。
「そんな、えと、お義母さまとお義姉さまをそんなっ」
「あら、色々聞いているわよ。あなた、私の大事なクラリスにも随分なことをしていたようね。クラリスの夫、あなたの兄上の目を盗んで悪戯ばかりするから、クラリスが心労で療養していること、私が知らないと思って?あと、フィアちゃんは私とクラリスの共同の妹なの。クラリスを追い詰めて、フィアちゃんまで愚弄するあなたは許さないわ」
“共同の妹”って何だ、おい。でも、本来ならば面倒見のいいディア姉さんが早々にジュリアンヌ王女を見限り、本当のことを教えなかったのは恐らくそう言う背景があったのだろう。例えクラリス妃が隠したとしても、吸血鬼からしたらそこら辺の裏をとるのは簡単だ。ディア姉さんならクラリス妃が調子を崩した時点で絶対に探りを入れさせていただろうし。
「本当に、残念ね。ジュリアンヌ王女」
叔母上に至っては完全に冷めた目で彼女を見据えている。そりゃぁ、自分の実家をコテンパンにバカにされたのだ。それも当然だろう。
「お義母さま!誤解なんです!ギルバートさまも!私はフィアナ・フローリアに騙されたんです!」
「へぇ、そうなの?ぼくのセシナ」
だから、変な冠詞付けるな。またルシウス兄さんが横で抗議してくるからやめろっ!
「全くの事実無根だ。ジュリアンヌ王女殿下の我がローゼンクロス辺境伯家への侮辱、そして俺の婚約者であるフィアへの侮辱はもはや許容できる範囲を超えている」
「だ、そうだけど」
ギルが口元だけ微笑みながらジュリアンヌ王女を見据える。
「そんな、信じるのですか!?彼は辺境伯家の末子で」
「じゃぁ、次男なら信じる?一応長男で辺境伯自身の名代として来ているのだけど」
そこでルシウス兄さんが声をあげれば、ジュリアンヌ王女はルシウス兄さんを見て、「まぁ」と顔を赤らめる。自分の状況、わかってる?
「ほぅ?私のセシナとその婚約者、更には母上の実家、義姉上まで愚弄し、その上婚約者の私の前で他の吸血鬼に目移りとはいい度胸をしている」
「ご、誤解ですぅ!」
必死に訴えるジュリアンヌ王女だが。
「何、言ってんだか。あの女、ぼくを“ガキ”って呟いてるの聞いたよ?あと、アル兄上にボディタッチがすごい多いし、父上にまで変な目線で話しかけるし、護衛騎士を部屋に連れ込もうとしてたって話も聞いたよ」
子どもとは素直なもので。レオが俺たちにめっちゃたくさん情報をくれる。まぁ、そんなことをやっていれば叔母上もディア姉さんも見放すわな。
まぁ、それはジュリアンヌ王女の耳には入っていないらしいが、彼女はギルに縋りつくように腕にしがみつき必死に陳情していた。
「お、お願いです、信じてください!ギルバートさまぁっ!私は悪くありません!全てはあの女が・・・っ!」
「心配しないで。ジュリアンヌ」
ギルの甘いボイスが響き渡れば、ジュリアンヌはほっとした表情を見せる。ジュリアンヌ王女は仮にも人間の王家の出身なのに、魔力の波長も読めないようだ。
「別にぼくは君のことを信じないけど、君はぼくの婚約者だ。吸血鬼はね、君の2番目のお兄さんのように一度決めた婚約者をとっかえひっかえはしないんだ。安心してね」
「え?」
さすがにその言葉にジュリアンヌ王女が声を詰まらせる。それはギルのどの言葉に対してだろうか。ギルがジュリアンヌ王女を“信じない”と言ったことだろうか?それとも2番目の彼女の兄“カイム”の話だろうか。
「大丈夫だよ。君はぼくが直々に招いた最高級品だから。決して手放しはしないよ。これからはぼくに従順になってくれるね?」
「え、高級品?従順?」
訳も分からず狼狽えるジュリアンヌ王女だったが、刹那、ギルの赤い瞳が怪しく光る。そしてジュリアンヌ王女のエメラルドグリーンの瞳から光が消えた。
「さて、と」
何の反応も示さずただ人形のようにぼぅっとしているジュリアンヌ王女を颯爽とお姫さま抱っこし、周囲に向き直りギルが意気揚々を告げる。
「みなさま、紹介が遅れましたが第2王子の私・ギルバートは此度人間の王国から生贄を迎えた。恐らく君たちが今後目にすることはないだろうけど、よろしく頼むよ」
その言葉に彼の二つ名を知る者たちは「あぁ、やっぱりそうだったか」と心の中で嘆息したことだろう。
「では、母上、義姉上。我が花嫁は体調を崩したようです。元来体が丈夫ではない身ですから、今回はこのまま退出しても?」
「えぇ、構わないわ。夫からもそのタイミングはあなたの好きにさせていいと聞いているから。後のことは任せて」
「それでは」
ギルは優雅にぺこりと頭を下げるとジュリアンヌ王女を抱いてそのまま悠然と会場を後にする。
「さて、主役は残念ながら退出してしまったけれど、今日はおいしいものもたくさん用意しているから、みなさん。楽しんでいってね」
そう、叔母上がにこりと微笑めば、周囲からも賛同するとばかりに拍手が鳴り響く。迎えに来た夫たちに回収されて行った叔母上とディア姉さんを見送って、俺はフィアに視線を戻す。
「フィア、大丈夫だったか?」
「はい。セシナさまも、レオくんも、ルシウスお兄さまもいらっしゃいましたし、それに王妃さまとディアお姉さまも来てくださって、心強かったです」
そう、ほっとしたように微笑むフィアの髪を梳くように撫でる。
「けど・・・」
「どうかしたのか?」
「ジュリアンヌ王女殿下が、体が弱かったと言うのは初耳で。とても元気のよさそうな子でしたから」
それは、日々フィアやクラリス妃に働いていた悪戯の数々から判断したのだろうか。
「ギルバート王子殿下は、セシナさまの従兄弟なのですよね」
「あぁ、まぁね。腐れ縁とも言うけど」
“腐れ縁”との言葉にフィアはふんわりと微笑む。
「それなら、きっとジュリアンヌ王女殿下のこと、きっと大切にしてくださいますね」
ジュリアンヌ王女殿下には色々とされただろうに、ジュリアンヌ王女殿下の幸せを願うフィアが尊すぎる。彼女は、ギルに婚約前に拒否されたことは気にしていないようだった。まぁ、気にしていたらギルに一言二言嫌味を言っても良かったが。
「そうだな。きっと、“大切には”してくれるよ」
何せギルは生粋の、純血鬼の王子だから。
その言葉に嘘はない。
周囲は確実にその言葉の意味をしっかりと理解しているだろうが、俺も含めてギルに物申したりはしないだろう。
俺や叔母上、ディア姉さんを卑下した以上、彼女の味方はギルしかいない。ギルに囚われる道しか彼女には残されていないのだから。
俺は、安心したようにジュースを口につけるフィアを愛でながら、レオとルシウス兄さんと一緒に歓談しながらパーティーのひと時を楽しむことにした。
※続きはまた明日更新予定です(`・ω・´)ゞ※




