招かれざる客
「あら、2度も婚約破棄されて、3度目は会った瞬間に婚約拒否された哀れなあなたが一体どんな姿でここに顔を出すのかと思えば、相変わらず地味なドレス。それに素肌もまともに晒せないのかしら。それほどまでに酷い肌をしているの?貴族令嬢とは思えないほどに。ふふっ」
そう、勝ち誇った笑みでこちらに近づいてきた令嬢は、金色の髪を全て上に結い上げ、派手な赤いバラの飾りで止めている。耳には金色の花の耳飾りを付け、そして肩とない谷間をわざわざ強調するような胸元をはだけさせた下品な赤いドレスを身に纏っている。更にその胸元には、自身の勝ち気な瞳と同じエメラルドグリーンの宝石が煌めいていた。
人間の王国では一躍社交界の華としてもてはやされそうではあるが、いかんせんこの吸血鬼の土地でそれは下品すぎる。首筋、項、肩、そして腕すらも大胆に露出させたこの人間の少女は周りから視線を集めることを誇りに感じているのだろう。
しかしながら、周囲には圧倒的に吸血鬼が多い。その吸血鬼たちが彼女に対して何を思うかは、彼女の想像とは全く異なることだろう。
やれやれ、もろもろの特徴から見て、彼女は部下たちからの報告にあった例の彼女であろうが。
彼女は明らかにフィアを蔑んでいる。緊張に身をピクリと震わせたフィアを安心させるように腰をずいっと抱き寄せれば、少しばかり彼女が安堵の吐息を漏らしたのを感じた。
それに、この派手な少女の蔑みはこの土地では意味を成さない。元々フィアはそんなに派手なものが好きではないだろうが、彼女の肌の露出を控えたドレスはこちらでは一般的なものだ。彼女が例え人間の少女だとしても、周囲の吸血鬼は婚約者や伴侶に至極大事にされているのだと思うだろう。対して目の前の派手な少女は。
「あなた、お情けで吸血鬼にもらわれたんですって?ひょっとして、彼?」
その派手な少女は訝し気な視線を俺に送る。俺がフィアの特別であることは、俺が彼女を抱き寄せていることからもはっきりするだろう。
「冴えない女には、冴えない男ってことね」
彼女は俺を嘲笑う。フィアを嘲ることも許せないが、一応言っておこう。俺は人間の市井アンケートでは彼女の兄2人を大きく突き放して人気者であった。絶世の美貌を持つ“吸血鬼の王子”に選ばれたことでそれ以下の男なら迷わず卑下し、そして自身が最優良物件を獲得したからこそ周囲の女性たちも見下す。
やれ、報告で聞いていた通りの人間らしい。
「・・・っ、セシナさまは、そんなことありません!」
ここでフィアが声をあげたのは少々驚いたが。
フィアの反論に目の前の派手な少女は息を呑む。恐らく今までは何を言っても、何をやってもフィアは彼女に反論しなかったのだろう。だからこそ何をやっても許されると言う奢った考えを持ったのかもしれないが。
「セシナさまは、とても優しくて、お強いです!私のことは何を仰っても構いませんが、セシナさまを愚弄するのはやめてください!」
「何を生意気な!あなた、立場が分かっておいでで?私は吸血鬼の第2王子の婚約者なのよ!たかだか辺境伯家の末子で、それも混血の余りものの婚約者であるあなたが私に何と言う口の利き方なの!?まぁ、余りもの同士お似合いだと思うけどね!」
“余りもの”ねぇ。余り物には福があるのを知らないのだろうか?そして、第2王子・・・ギルの婚約者だと言うことをこうも高圧的にアピールするとは。彼女は未だにギルの二つ名を知らないらしい。いや、むしろ周囲がわざと知らせなかったのかもしれないが。
彼女の言葉を聞いて、周囲の様子を見守っていた吸血鬼たちがくすくすと嘲笑を始める。それを彼女は俺たちへの嘲笑と受け取ったのか、更に上から目線できつく俺たちを睨みつける。
「たかだか辺境伯家の何番目かわからない末子なんて、この私の権力があればいちころなのだから!」
一体、彼女に何の権力があるのだろうか。この瞬間、彼女が第2王子の婚約者であり今日のパーティーの主役であることを誰もが悟った瞬間、周りが憐れみを込めた視線を向けていることに彼女も振り返って確認すれば気が付いただろうに。
彼女が吸血鬼の土地に相応しくない衣装を堂々と身に着けて会場に現れたと言うことは、ギル自身もその周りの者たちも分かっていて止めなかったのだろう。
そして吸血鬼の社交界に於いて、タブーと言えることを彼女は知らされていないのだろうな。
後ろで戸惑いがちな知り合いの吸血鬼の令嬢と目が合った俺は、ははは、と苦笑する。本来ならばこちらの土地での年齢の近い女友だちとして彼女をフィアに紹介する予定だったのだが。この派手な少女・・・第2王子・ギルの婚約者ジュリアンヌ王女の登場で計画が狂ってしまった。
そしてジュリアンヌ王女が決して言ってはいけないことをほざいた瞬間、彼女はひらひらと手を振って、これ以上はごめんだから話は後日ね、と言う体でドレスを翻したのを見送れば、ざわざわと会場がざわめきつつある。
そしてみなが道を開ければ、そこからまっすぐに銀色の髪に赤い瞳を持った絶世の美青年である吸血鬼の第2王子・ギルバート、通称・ギルが現れたのだった。
周囲のざわめきにジュリアンヌ王女も気が付いたのか、後ろを振り返りぱあぁっと顔を輝かせてギルの腕に飛びついた。
それを壁に寄りかかりながら見つめていたルシウス兄さんは苦笑を漏らしていた。そしてその隣ではレオがげんなりとした視線を向けている。
「ねぇあの女、バカなの?」
と。全く、10歳のレオが分かることを、彼女はまるで理解していなかったらしい。せめて他の吸血鬼の王族と仲良くしようと言う努力があれば、叔母上もディア姉さんもしっかりと教えてくれただろうに。レオが“義姉”とも言わず“あの女”扱いしていることからも、彼女が吸血鬼の中でどのような態度をとってきたのか、火を見るよりも明らかであった。




