馬車の中で
「緊張しているか?フィア」
「は、はい。少し。でも、セシナさまがいらっしゃいますから」
そう言って、緊張した表情をフィアはふわりと緩めた。
こんなに愛らしい令嬢を振ったギルには腹立つが、しかしギルがフィアを婚約者に迎え入れていればそれはそれで腹立たしい。
まぁギルはまだいいとして、本題はその婚約者のジュリアンヌだろう。さてはて、ギルは一体何を企んでいるのか。
今夜はギルこと吸血鬼の第2王子ギルバートと人間の王国の王女・ジュリアンヌの婚約発表パーティーである。
今はその婚約発表パーティーに向かうための馬車の中だ。道中少し空を駆けたが、ここはもう吸血鬼の王族の直轄地なので陸路を走っている。基本的に吸血鬼の王族の直轄地では、吸血鬼の王よりも頭が高いのが憚られるため、よほど急な伝令でもなければ直轄地は空を飛ばないのがマナーである。
そして、この婚約発表パーティーを機にジュリアンヌは人間の王国からこちらの吸血鬼の王城へ居を移すことになる。
フィアが婚約者の身ながら既に辺境伯一家で暮らしているのと同じく、これが吸血鬼の王侯貴族の慣習なのだ。平民はそこまでではないが。王侯貴族の婚約者ともなれば色々と吸血鬼的に特殊な事情があるものでな。将来の花嫁を守るためにも必要なことだと言える。
「フィア、会場では俺から離れないように」
「は、はい!もちろんです!」
“もちろん”、か。そんなことを言われてしまえばすぐに骨抜きにされそうだ。
「フィア。フィアの身に着けている宝石には、我が辺境伯一家の家紋が浮かび上がるように作られている」
「は、はい」
フィアは胸元に身に着けた赤い宝石を手に取りしげしげと見やる。光のあたり加減を変えれば、その赤い宝石の中にローゼンクロス辺境伯一家の薔薇をかたどった家紋が現れる。我が辺境伯一家の家紋には薔薇と共にその背後に交差した2本の剣を模したものが描かれている。
俺も色は違うものの同じ家紋が浮かび上がる仕組みのブルーサファイアの宝石を添えたネクタイピンを身に着けている。
「それを身に着けている限り、滅多なものはフィアには手を出さない。その家紋を身に着けているフィアに手を出せば、ローゼンクロス辺境伯一家を敵に回しているようなものだから」
「そ、そんなたいそうなものを、良いのですか?」
「もちろんだ。フィアは俺の婚約者なんだから」
「はい、セシナさま」
フィアが嬉しそうに頬を赤らめる。そんなフィアの頬を俺はそっと掌で攫う。
「だけど念のため、保険をかけてもいいか?」
「保険、ですか?」
「あぁ」
「もちろんです」
フィアは俺に心底信頼を寄せるように頷いてくれる。昔一度だけあったことがあるものの、まだウチに来て数日だ。それでもそんな無垢な笑みを向けられれば嫌でも心配になってしまう。だからこそ。
俺はフィアにゆっくりと唇を近づけ、そして首筋に触れる。
「ひゃっ!?」
フィアは素っ頓狂な声をあげ、顔をあげれば頬が真っ赤に染まっていた。
「あのっ」
「お守り」
「お、お守り?」
「他の吸血鬼にここに触れられないように。反対側もいい?」
「ふえぇっ、は、はい」
「それじゃ」
同じようにフィアの反対側の首筋にも唇を落とす。
「あ、あの。こ、これは・・・その」
「これで安心だろ?」
俺の魔力を込めてあるから、万が一不埒な吸血鬼が近寄ってもすぐに気が付く。
「ひゃ、はいっ」
フィアは相変わらず顔が真っ赤で。昔は俺が兄さんたちに心配だからとローテ組まれて付けられていたけどな。さすがに今は付けられていないけど、何だかそれを思い出すと懐かしい気分になる。
「あのー、あのさ、セシナたん」
と、そこへルシウス兄さんが口を開く。
「何?かわいいハーパンショタっ子がいたって話題なら別にいらないけど」
「そんなぁっ!セシナたんひどいっ!と言うかかわいいハーパンショタっ子が見当たらないよぉっ!!お兄ちゃんは、お兄ちゃんはァ・・・ッ!」
全くこのショタコンは。
「でもねぇ、セシナたん」
「なぁに?」
「この馬車の中にはお兄ちゃんもいるって忘れてないよね?」
「そりゃぁ、まぁ。でも窓見ながらハーパンショタっ子探ししてたから完全に蚊帳の外に置いていたけど」
「ひどっ」
「あ・・・っ」
そこでフィアは恥ずかしそうにパッと顔をあげた。
「どうした?フィア」
「お・・・ルシウスお兄さまに見られてっ!?」
「いや、大丈夫。このひとずっと窓の外を見ながらハーパンショタっ子探ししてたから」
「あの、セシナさま。その“ハーパンショタっ子”とは何でしょうか」
んなっ!?まさか、ハーパンショタっ子を知らないのか!?フィアはそこまで純粋だったのか!?
「あぁ、それは話せば長くなるんだけど~」
「なら、いい。ルシウス兄さんは黙ってて」
マジで長々と語りだすからな、このショタコン。
「ふぐぁっ!!」
ルシウス兄さんがダメージを受けている間にパパッと説明すると。
「ハーフパンツを穿いたかわいらしい男の子のことだよ」
「まぁ、では私の弟もその“ハーパンショタっ子”にあたるでしょうか?私の弟もとてもかわいいのです。体が弱いので領地で静養しておりまして。ハーフパンツはあまり穿けませんが、夏はたまに穿くのです」
「んなっ!?やっぱりフローリア公爵家の次男はハーパンショタっ子だったか!うん、人知れず掴んだ情報はやはり真実、ぐふっ」
やべ。この情報は影にも確認してもらっていたのだが、極力ルシウス兄さんには知らせないでおこうと思っていたのに。ほら、案の定謎の呻き声を出して悶絶している。
「あの、ルシウスお兄さまは何を?」
「気にしなくていいよ。フィア。」
「是非、是非夏はお兄さんもフィアちゃんのご実家に遊びに行ってもいいかな!?」
んなっ!?おいおい、待て待て!それは不味い!
「は、はい。もちろんです!」
フィアまで普通に答えてしまったぁ~~~っ!
「ルシウス兄さん、わかってるよね」
「ん?なぁにぃ?セシナた~ん♪」
ウッキウキなルシウス兄さんがちょっとキモいが、ひとまず牽制はしておかなくては。
「言っとくけど、兄弟会議で決裁下りなきゃ不可だから」
「なぬぅっ!?」
こういう時にはブラコン兄が大変役に立つ。大体の場合ブラコン兄のジル兄さんは俺の穿き捨てた下着を褒美にこちら側に引き込めるからな。
「うぐぐぐぐっ!やだぁ~っ!ハーパンショタっ子見に行きたいいぃぃっ!」
「あの、着きましたけど」
御者の声に思わず反応すれば既に馬車は止まっており、俺の部下兼御者が呆れ顔で苦笑していた。




