閑話・リンゴって美味しいよね!
意外にも本作初の閑話。
ちなみにセリア視点です。
「―って言うことをシアさんに言われたんです。」
「・・・ふーん。」
絶えない愚痴を、上司のエリアルさんは頬杖を付いて聞いてくれる。
私が『ブレアンド商会』で受付の仕事を始めてからと言うもの、何かあれば母のほかは、この人と合わせて概ね、2人に相談するようにしている。
そのウチの1人が、今の話にも出てきた『シアさん』だ。
彼女は私と同期で入ったヒトなのだが、今は商会を辞めてしまっている。
「シアさんには日ごろからお世話になっていますし、とっても良い人なんです」
「そうだよね。」
シアさんは優しく頼りがいのあるヒトで、この間も母の勝手に決めた婚約話について、親身になって聞いてくれた。
・・・本当は、私が自分自身でやるべき事は分かっている。
いつも私は、ここぞという時にあと一歩を踏み出せない。
先日の騒ぎで力を貸してくれたのだが、最後に言われた言葉が、頭に引っ掛かって忘れられない。
「けど、ちょっと今回はおっせかいかなって。」
「オルザ君って言う男のこと?」
そうですと首を縦に振って肯定する。
ちなみにオルザは、昔なじみの幼馴染。
家が近所だったのでよく遊び、そして泣かされてきた。
親密と言っても、男女関係などはこれまで、一度も頭を過ったことすらない。
それを深読みしたらしいシアさんが、指摘してきたのだ。
結婚?
ありえない、ありえない。
「そっかー、おせっかいか。 そうかもしれないけど私は、シアちゃんに一票かな?」
「え?」
「お友達は、大切にしなさいって、言ってるの。」
思いもよらないエリアルさんの言葉に、私は狐につままれたような顔をしたことだろう。
私はオルザとの仲を誤解されたくは無い。
そのつもりで彼女に、こうして相談したのだが・・。
「な、何ですかそれ! 話の内容が変わってますよ!!」
「そう? ごめんごめん。」
さー仕事仕事と、エリアルさんは平謝りして奥に引っ込んでいく。
意地が悪いと言うか・・・・
こうして話を聞いてくれるし、悪い人ではないのだけど。
横の席で座っていた同僚の1人が、エリアルさんと代わるようにして、私に顔を覗かせてきた。
「ねえ今のって、アンタのこれの話でしょ?」
そう言って彼女は、あからさまに顔をニヤつかせて、小指の一本を立てて見せてきた。
私の顔は今、真っ赤になっているだろう。
「もう、そんなんじゃ無いったら!!」
「ふーん、必死になって否定するところが怪しいわね。」
「もう!」
私が背を向けると、彼女はニシシッと悪い笑みを浮かべ、引いていった。
よく見れば、ほかの同僚達もこちらに意識を集中させていたのが肌で分かる。
完全に誤解された。
シアさんも彼女も、どうしてこうも、騒ぎ立てるのだろう?
私が行き遅れているから??
うーん、結婚願望は無くはないんだけどなぁ・・・
「ちょっとセリアさん、専務が来てる、仕事のフリ仕事のフリ!」
弱ったな~~~。
◇◇◇
仕事上がり。
はあぁっと大きなため息が洩れると同時に、一日の気力すら抜けていくよう。
オルザの事ばかりが気にかかったせいか、今日は一日、仕事には身が入らなかった。
おかげで専務には大目玉をくらい、エリアルさんには苦笑を返され。
さんざんな一日だった。
買い物を終わらせて、早く家に帰ろう・・・。
「アレ、ここどこ?」
よくよく見れば、ぜんぜん知らない所に行き着いていた。
大通りからも外れてしまったらしく、左右の建物の間は3人が並んだら、いっぱいになってしまうような広さしかない。
ここもブライトに違いない筈だが、周りの景色に見覚えは全く無い。
街、広いからね・・・。
道を聞こうにも、周囲には、まったくと言っていいほど人影は無い。
どどど、どうしよう!?
裏路地は治安が悪いから近づいちゃいけませんって、言われていたのに!!
おおお、落ち着け私。
大丈夫よ、街は格子状に道が作られている。
横へ進んでいけば、いずれ行き当たるはずだ!
「おい。」
「ぅひゃあああああああああああ!!?!」
遅かったー!
この間シアさんは、ブライトを拠点としていた犯罪集団の逮捕に一役買い、領主様に表彰されていたのは記憶に新しい。
彼らは強盗をし、時には女子供の誘拐にも手を出していたのだとか。
ああ、防犯用の魔報ベル忘れた!
「大きな声を出すな、ヘンに誤解されるだろ!」
「もしかしてオルザ?」
後ろを振り向くと、そこに居たのは兵士姿があまり似合っていない、幼馴染のオルザが居た。
悲鳴なんか出して、恥ずかしい。
「もう、居るならそう言ってよ!」
「タマタマだよ、裏路地に女性が一人で入って行ったからね。」
なるほど、ヘンな女が路地に入ったので、不審者を付けたら幼馴染でしたと。
安心したらなんか、ちょっとムッとして頬袋を作ってみせる。
しかし彼は特に意に介した様子も見せず、飄々(ひょうひょう)とした様子を浮かべた。
でも不思議さっきは、あんなに不安だったのに、逆に今は怒っているのだから。
自分で言うのもアレだが、ゲンキンなものだ。
オルザは数度、頭をかいて私に、疑問を投げかけてきた。
「ところでお前は、こんなところで何をしていたんだ?」
「ちょ・・、ちょっと用事があったのよ。 今は家に帰るところなの!」
こんなところで意地なんか張ってどうするのかと思うが、どうして彼にだけは弱いところを見せたくないという気持ちが、先行してしまう。
そっぽを向いて数歩、彼の居るのとは逆の方向へと踵を返す。
が、ここでも私のドジは如何なく発揮されていたようで。
「・・・ちなみに君ん家は、こっちだけどね。」
「「・・・。」」
完全につんだ。
恥ずかしくて、とても彼の方を向けなかった。
短な静寂の時が流れた末。
こうして、オルザの後を付いていく私という構図が出来た。
こんな事なら意地なんか張らず、最初から『道に迷った』と素直に言えばよかった。
ああ言った手前、恥ずかしくて顔なんか上げられない。
少し後悔している私の気持ちを抉る様な言葉を、彼は掛けてくる。
「セリアはちっとも変わらないな、その齢になっても昔のままだ。」
「わ、私だって成長しているところ位あるんだからね!?」
貧弱だけど、きちんと大きく育っていると彼に抗議して・・・すぐ違うと悟た。
彼が言っているのは、胸の話じゃない。
今までの事を省みれば、彼がそう考えるのも無理は無いだろう。
うぅ・・・いい加減に私も、大人の貫禄が欲しい。
「何を悲観しているんだい、君のままが一番だと言っているんだぞ。 下手に大人ぶるより、自分を大切にする方がずうっと良いじゃないか。」
「・・・それでも私、もう24になるのよ?」
成人が18歳。
結婚適齢期といわれるのが、おおよそ16~21歳ていど。
世間で言えば私は、売れ残りみたいな部類に入る。
一方で男性は、『結婚適齢期』などと言われる事はない。
聞いた話だと、70歳というご老体にも係わらず、未だに妾を取っ替え引っ替えしている貴族が居るとか居ないとか。
真偽の方はさておき、男性で『行き遅れ』とか『未亡人』などという言葉は、これまで聞いた事が無い。
「あーあ、オルザは良いな、男には結婚適齢期がなくて。 女ってソン!」
「それは困るな。 俺はセリアが女で、良かったと思うよ。」
「・・・・。」
驚きのあまり、私の思考が停止する。
今のって、どういうこと?
いやいや、そんな事を言われても困るんですけど!
「ちょ、ちょっと止めてよオルザ。 おかしな事ばっかり!」
「す、すまない、その・・・他意はないんだ!!」
自分で言って恥ずかしくなったのだろう、彼も顔に真っ赤にして視線を遠ざけた。
他意がどうかは別にして、彼のせいでおかしな空気になってしまった。
これ以上気まずくならないよう、話題を変える事にする。
「「あ、あの・・・・!」」
だが声がハモッてしまった事で、さらに気マズイ雰囲気となってしまった。
子供の頃からそう、私を困らせるのが好きなのよ。
私が変わってないですって?
どの口が言うのか!
「「・・・・。」」
早く何か喋ってよ!
という心の声が届くはずも無く。
先ほどより重苦しい沈黙というより静寂、辺りには私たち2人の足音だけが響く。
なにこれ、この後なにか起きるみたい!
せめて一刻も早く、大通りの喧騒に紛れたい気持ちが、湧き上がってくる。
「あのー、ちょっとごめんなさい。」
「きゃああああああああああ!!!??」
突然声を掛けられたことに動揺してしまい、大きな悲鳴を上げてしまった。
同じ日に二度も悲鳴を上げるなんて、穴があったら入りたいと言う言葉は、このような時に使う言葉なのだろう。
オルザに窘められても、何も言い返せなかった。
声を掛けてきたのはガタイの大きいガラ悪そうな男などではなく、人の良さそうな腰の曲がったお婆ちゃんだった。
買い物帰りだろうか、両手には大きな手提げ袋を提げている。
「ごめんなさいね。 爺さんの薬を買いに来たら暗くなって、いつの間にか道に迷ってしまってねぇ・・」
おばあちゃんも、私と同じように迷子になってしまったらしい。
いや、違うか。
「それはお困りでしょう、お送りします。 お住まいは何処ですか?」
オルザは街の警備兵。
街の治安保全のほか、住民生活の手助けもする。
道案内なども、その業務の一つだ。
「セリアは先に帰ってくれ、今の道を真っ直ぐ行って突き当りを左に曲がったら大通りに出る。 その先は分かるだろう。」
「何を言うの、お婆さんが困っているのだから私も付き合うわ。」
私がそう言った途端、彼は『はあっ?』と首を傾げる。
迷子になっていた人間が、何をいうかと目が雄弁にソレを語っている。
でもここで知らんフリして帰れるほど、私の神経は太くない。
「おばあさん、お荷物持ちますよ。 重かったでしょう?」
「ありがとう、優しいお嬢さんだねェ。」
「えへへへ。」
目の前に困っている人が居るのに、どうして無視できるだろう?
少なくともシアさんは、そんな事はしなかった。
情けは人のためならず。
人に良い事をすれば、それは巡りめぐって自分にかえって来る。
お婆さんの家は案外すぐ近くで、あっという間に着いた。
暗かったので、昼に出歩いている時と景色が変わって見えたのだろう。
親切にしたお礼にと、真っ赤なリンゴを1つくれた。
「あのお婆さん、喜んでいたわね。」
「どうしてお前が、得意げなんだ?」
結局のところ、道案内をしたのも、お婆さんの荷物を持ったのもオルザだった。
思ったより重くて少しよろけたら、彼にとられてしまったのだ。
お婆ちゃんの腰が曲がっていたのは、あの重い荷物のせいに違いない。
「失礼ね私だって、ちょびっとは役に立ったわよ!」
「へー、どんな?」
「・・・後方の警戒とか?」
言ってて、かなり苦しいと思った。
だって街中で、それも警備兵を相手に後ろを守る市民ってある?
話せば話すだけ、土壺にはまっていく。
しかし言ってしまった言葉は、もう返っては来ない。
持っているリンゴを握る手にも、自然と力が入った。
「セリア、そんな風に持ったらリンゴが美味しくなくなるぞ。 ちょっと貸してみろ。」
「はい。」
貰ったリンゴを渡すと、オルザはおもむろにソレを空に放り、声に魔力を込めて詠唱した。
「風刃」
言葉に乗った魔力は、空に放ったリンゴは見事に真っ二つに割った。
原理としては空に風を起こし、魔力によって威力や切れ味などを調整する・・と聞く。
半分になったリンゴをそのままかじりつくオルザは、片方の手で持っていたもう半分を、私に渡してくる。
「ありがとう・・・」
彼は生まれつき魔力が高く、詠唱省略のセンスも併せ持っていた。
反面で私は魔法が使えないので、負い目というか、羨ましく思うことも多い。
こればっかりは生まれついたモノなので、どうにもならない。
「そんな顔するなよ。 久しぶりに食ったけど、美味いぞ。」
「うん・・・、うぅん、家に帰ってから。」
オルザは目をしばたかせた後、すぐに興味を失ったかのように前を向いて、残ったリンゴに齧り付いた。
その際に出たシャオッという嚙み音が、それが何とも小気味良い。
同時に抱いていた気持ちが、外に噴出した。
「オルザが羨ましい、男の人は『結婚適齢期』なんて言われないんだから。」
「・・・おばさんの事か?」
先ほども頭を過った『結婚適齢期』という言葉。
私の母があんな話を持ってきたのも、娘の行く末を案じた結果だろう。
でも私は、会ったことも無い人と結婚など、まっぴらゴメンだ。
するとオルザはリンゴを齧るのを止め、、感慨深げに前を見ながら口を開いた。
「それでも俺は、お前が女でよかったと思うよ。 本当に。」
「や、やめてよ、恥ずかしいでしょ!」
なんでだろう、今日はヤケにオルザが逞しく見えるのは。
恥ずかしさを紛らわすため、持っていたリンゴをかじる。
ソレはずっと持っていたせいか、ぬるくなってしまっていたが、ほのかに酸味が利いており、噛んだ瞬間に中の蜜が口いっぱいに広がった。
それは、今まで食べたリンゴのどれよりも甘く感じた。
リンゴって、こんなに美味しいものだったっけ?
魔王は面倒見が良い、だから成れたのだろう。
思いは未来への希望になる。
次回
第78話「魔王様、恥かしむ」をお楽しみに。
※上記はあくまで予定ですので、急遽変更となる場合があります。
あらかじめご了承下さい。




