第61話・魔王様、職業斡旋場に向かう
魔王様、完全に口調が『地』に戻ってしまいました・・・
魔王が働いている街の人気店『ならず者亭』は、朝早くから店を開ける事でも知られる。
朝は仕事前に軽食を、昼近くにはお茶を楽しみに、そして夜は言わずと知れた居酒屋として・・・
客が引きを切らないので、従業員達もてんてこ舞いだ。
しかし今日はというと、店に仕事をしている彼女の姿は無かった。
昨日の如くバックヤードに居るかと厨房の方へ目を向けても、その姿を確認することは出来ない。
いや、建物内には居る。
魔王様は2階の貸してもらっている部屋の中で、燃え尽きたように意気消沈していた。
「234、235、割れてるのはパス。」
ボンヤリとうつむき気味に、ただ一心不乱に床に付いた木のシミを数える彼女。
別に白昼堂々と、職務怠慢をしているわけではない。
そもそも事の起こりは、数時間前にさかのぼる。
『休みとな!?』
『言ってなかったか? この仕事はキツイから1日おきに休みをとらせてるんだ。 ここ数日は団体予約がかさんで無理させちまったからな、2日ぐらい休んでいいぞ。』
店主はわりと当然な事を言ったまでだったが、いろいろ切迫している魔王にとって、『休み』は不安材料でしか無かったようで。
それを聞くなり魔王は、啖呵きって休日返上を申し出た。
『私に休みなど不要、今日も働かせて欲しい!』
『バカいうな、ぶっ倒れたらどうする!? それにシフトは他の従業員とローテーション組んでんだ、お前が入ったら、誰か帰らないといけないんだぞ!??』
『ぐっ・・・。』
頭に血が上りかけていた魔王も、さすがにそれはいけないと感じたようで矛を収めるしかなかった。
休みが要らなくとも、そのために誰かを犠牲には出来ない。
それだけでも十分だったのだが、その後に店主に渡された雇用契約書の文面は、魔王がさらに落ち込む結果を招いた。
大半の部分は『店のしきたり』などが書かれており、あまり関係ない。
問題なのは、給料の部分である。
一ヶ月平均賃金は、銀貨8枚ていど
(※店の売り上げ等により、若干の変動あり)
これは、商会の時と比べて半分である。
朝から晩まで、あれだけ働いても大した金にはならず。
しかし仕事のシフトとやらで、休みは1日おきに激増。
魔王は現実の厳しさと言うものを、コレでもかと言うほど突きつけられた。
木のシミでも数えているぐらいしなければ、とても正気は保っていられない。
「332、333、334・・・。」
「おい新入り、部屋で何してんだ?」
そんな中で、魔王を心配した店主のクルスが部屋を訪れる。
片手には朝食のパンと牛乳を載せられた盆を持っており、床に向かってブツブツ言う彼女を、何かカワイソウな人を見るような目で見た。
しかし当人は取り乱しているせいか、ちっとも気が付いた様子はなかった。
「先ほどは取り乱してしまってすまなかった。 事情あって多くの金が必要で・・・。」
「はーん・・・、良かったら聞かせちゃくれねぇか? その事情とやらを。」
クルスは持ってきた軽食を机へ置き、椅子を持ってきて魔王の向かいへと腰掛けた。
魔王も腹を割って、彼に事情を話した。
自分は病弱な親戚のため、この街へ出稼ぎに来たこと。
その関係で給料が低いと、死活問題であることなど・・・。
むろん魔族部分は伏せたが、その他の事情はすべてさらけだした。
それをクルスは、感慨にふけるようにジッと聞く。
「そうかァ、まあ人生いろいろあらーな。 その度胸は気に入ったぜ!」
「ありがとう!!」
むろんこれで給料が上がるようなことは無いのだが、腹を割って話した甲斐はあったかもしれない。
クルスは共感を覚えたのか、感動したのか、目に涙を溜めて魔王の肩を叩く。
が、それはそれとして今日の仕事はさせてやれない。
そこで彼は、魔王へ朗報を教えてくれた。
「うちの従業員は主婦が多いんだがな、休み返上で毎日仕事してるヤツも居るんだぜ?」
「それは出来ないのではなかったのか??」
疑いの眼差しを向ける彼女へ、ニッと歯を見せてクルスが腕組みして答えた。
「金が無いなら、仕事は同時に2つやれば良い。 休みに誰が何しようが、俺は興味ねぇ。」
「!!!」
仕事の掛け持ち。
そんな突破口があったのかと魔王は目を剥いた。
仕事が無ければ、いくつもやれば良い。
ただし薦めはしないがと、付け加えて笑い声を上げる店主だったが彼女の耳には入らない。
そこからの彼女の行動は早かった。
飛び出すように店を出ると、魔王は街の中心部へと走った。
向かうは職業斡旋場コンニチワークである。
「あっ、鉄の女!」
「ん?」
そんな快進撃は、道すがらの男性によって阻まれた。
こざっぱりとしたビジネススーツ姿の彼は、あんぐりと口をあけて魔王を指差した。
相手は魔王を知っているようで、どこで会ったかと考えていると、彼は恥ずかしそうに頭を伏せながら、自分の紹介を始める。
「私ですよ私、何日か前に仕事中のあなたに失礼をした・・・」
「あぁ、あの尻さわり魔か!」
魔王様アカン!
確かにやった事は悪いけど、公衆の面前でそれを暴露するのはあんまりです。
当の本人は罪悪感からか、気にしていないのは不幸中の幸いである。
「あの時は酒の席とはいえ、失礼しました。 改めてお詫び申し上げます。」
「それは気にしていないが。 いつもあぁなのか?」
「お恥ずかしい限りで・・」
後頭部をかきながら赤面する彼からは、どことなく悪びれている様子は感じられなかった。
口では謝っているが、こう・・・一種の誠意が感じられなかったのだ。
そうそう、この男に構っているヒマは無いのを思い出す魔王。
彼女は一刻も早く、コンニチワークへ向かう使命を帯びているのだ。
「女の尻を追うのも、大概にしておくのだな。 忠告はしたから私は行くぞ、仕事を探すのは時間が掛かるのでな。」
魔王がここまで口に出したところで、彼は小首を傾げた。
仕事をしている筈なのに、仕事を探すとはと、不思議に思っているのだろう。。
「あー。」と若干面倒くさそうにしながら、魔王は事のあらましを彼に聞かせてやった。
「なるほど、仕事が思い描いていなのと違っていたと言う事ですか。」
「まぁ・・・そういう言い方もあるかな。」
少しだけ魔王は口を尖らせ、彼に返事を返す。
なんとなくイケ好かない奴って、居るものだなーぐらいの認識である。
だがそんな感情も、彼から飛び出した言葉で一瞬にして塗りつぶされた。
「それはお困りですね、どうでしょう? 私は小さな銀行の頭取をしているのですが、最近は物騒なので警備員を雇おうと考えていたところなのですが。」
「なに・・・!」
警備員は、彼女も街中で何度か見かけたことがある。
何より仕事がある。
その甘い言葉に、魔王は天にも上る心地であった。
「如何でしょう?」
ニコニコと、微笑を浮かべる彼。
魔王の答えは、決まっていた。
「話を聞かせてください!」
「では、詳しい話は銀行で。」
魔王様の波乱は、まだまだ続く・・・
仕事の掛け持ちを決断した魔王。
これから彼女を待ち受けているのは、幸福かそれとも・・・
次回
第62話「魔王様は忙しい その1」をお楽しみに。
※上記はあくまで予定ですので、急遽変更となる場合があります。
あらかじめご了承下さい。




