第8話「寄り道」
放課後のチャイムが鳴る。
教室のあちこちで椅子を引く音が重なり、一日の終わりがゆっくりと始まる。
柚須は教科書をカバンにしまい、席を立った。
廊下へ出ると、後ろから軽い足音が近づいてくる。
「柚須。」
振り返るまでもなく分かった。
福岡南だった。
「帰ろ。」
「うん。」
短いやり取りを交わし、二人は並んで歩き始める。
校門を出る頃には、それがもう自然な流れになっていた。
歩幅を合わせようと意識することもない。
話し始めるタイミングを探すこともない。
隣を歩くことが、少しずつ日常になっている。
駅へ向かう途中、小さな書店の前で南が足を止めた。
「ちょっとだけ寄っていい?」
「いいよ。」
自動ドアが静かに開く。
店内には新しい本の紙の匂いが漂っていた。
二人は並んで新刊コーナーへ向かう。
「この前話してた新刊、出てるかな。」
南が棚を眺める。
柚須も隣で背表紙を追いかける。
「あった。」
南が一冊の本を手に取る。
表紙を見つめるその表情は、少しだけうれしそうだった。
「買うの?」
「うん。」
「読み終わったら貸して。」
「もちろん。」
その約束も、もう特別ではない。
レジを済ませ、二人は店を出る。
夕方の風が少しだけ涼しくなっていた。
駅へ向かいながら、南が本を大事そうにカバンへしまう。
「読むの楽しみ。」
「そんなに面白い?」
「たぶん。」
「まだ読んでないのに?」
「作者が好きだから。」
柚須は思わず笑った。
「それは期待しすぎじゃない?」
「たまにはそういう買い方もあるよ。」
二人は笑い合う。
何気ない会話。
それだけで帰り道はあっという間に過ぎていく。
博多駅に着く。
改札を抜け、二階から三階へ。
いつもの広場。
いつものベンチ。
二人は自然に腰を下ろした。
南はさっき買った本を取り出す。
柚須もカバンから本を出す。
ページをめくる音だけが静かに重なる。
ガラス越しには、夕日を浴びたホームが見える。
列車がゆっくりと発車し、その音が駅のざわめきへ溶けていく。
しばらくして、南が顔を上げた。
「本屋寄るのも、普通になったね。」
柚須はページを閉じることなく答える。
「駅来る前に寄るのが定番になっとるな。」
「前は駅で会うだけだったのに。」
「そう考えると、結構変わった。」
南は小さく笑う。
「でも、悪くない。」
「うん。」
その一言に、柚須も静かにうなずいた。
何か特別なことがあったわけじゃない。
寄り道をして、本を買って、いつもの場所で読む。
それだけの放課後。
けれど、その「それだけ」が少しずつ二人の日常になっていた。
時計の針が帰る時間を知らせる。
二人は本を閉じ、立ち上がる。
「また明日。」
「また明日。」
改札の前で言葉を交わし、それぞれのホームへ向かう。
いつもの帰り道。
いつもの寄り道。
そして、いつもの広場。
少しずつ増えていく「いつも」が、今日も静かに積み重なっていった。




