第7話 「いつもの帰り道」
放課後のチャイムが鳴る。
教室の空気が少しずつほどけ、生徒たちがそれぞれの帰り支度を始める。
柚須も机の中を整え、静かにカバンを肩へ掛けた。
席を立ち、廊下へ出る。
昇降口へ向かおうとしたその時だった。
「柚須。」
聞き慣れた声に振り返る。
福岡南が小さく手を上げていた。
「帰ろ。」
「うん。」
もう、それだけでよかった。
二人は並んで校舎を出る。
最初の頃のようなぎこちなさは、少しずつ薄れていた。
歩き出すタイミングも、信号を渡る速さも、いつの間にか自然と合うようになっている。
夕方の風が制服の裾を揺らした。
「今日さ。」
南が歩きながら口を開く。
「本屋、寄る?」
柚須は少し考える。
「新刊出とる日やったっけ。」
「たしか今日だった気がする。」
「じゃあ寄るか。」
それだけで予定が決まる。
特別な約束をしたわけではない。
それでも、お互い迷いはなかった。
駅へ向かう途中、小さな書店へ立ち寄る。
新刊の棚を眺めながら、それぞれ気になる本を手に取る。
「あ。」
南が一冊の本を見つける。
「これ続き出たんだ。」
「読む?」
「うん。柚須も好きそう。」
表紙を見せられ、柚須は少し笑う。
「読み終わったら貸して。」
「いいよ。」
本を戻し、二人は再び歩き始めた。
博多駅に着く。
改札を抜け、二階から三階へ。
ICカード専用改札の横。
いつもの広場。
いつものベンチ。
座る場所まで、もう何も言わなくても決まっていた。
二人は本を開く。
ページをめくる音だけが静かに重なる。
しばらくして南が顔を上げた。
「最近さ。」
「ん?」
「学校から一緒に帰るの、普通になったね。」
柚須はページを閉じることなく、小さく笑う。
「そうかも。」
「最初は駅で会うだけだったのにね。」
「そうやったな。」
短い会話。
でも、その言葉は二人が過ごしてきた時間を静かに振り返るようだった。
窓の向こうで、一台の列車がホームへ滑り込む。
アナウンスが駅構内に響く。
夕日がガラス越しに差し込み、広場をやわらかな色に染めていた。
南は再び本を開く。
柚須もページをめくる。
言葉はなくても、この場所ではそれが自然だった。
やがて時計の針が帰る時間を知らせる。
「帰ろっか。」
「うん。」
二人は立ち上がる。
改札の前で立ち止まり、いつものように言葉を交わす。
「また明日。」
「また明日。」
それだけの約束が、少しずつ日常になっていく。
学校から駅まで歩く時間も。
三階広場で本を読む時間も。
そのどちらも、もう二人にとって特別ではなく、大切な放課後になり始めていた。




