第4話「雨の日の3階広場」
朝から、空は重たかった。
吉塚柚須は登校中に見上げた空を見て、なんとなく今日はそういう日だと思っていた。
放課後。
その予感は当たった。
駅へ向かう途中で、ぽつりと頬に冷たいものが落ちる。
すぐに雨は強くなり、街の音が少しずつ変わっていった。
柚須は足を速める。
目指す場所は決まっている。
博多駅。
人の流れに混ざりながら改札を抜け、2階へ。
そこからエスカレーターで3階へ上がる。
ICカード専用改札があるフロア。
そのすぐ横に、小さな広場のような空間がある。
人が通り過ぎる場所なのに、なぜか立ち止まれる場所。
それが、柚須と福岡南が“いつもいる場所”だった。
3階に出た瞬間、空気が少し変わる。
駅のざわめきはあるのに、足元だけ静かになる。
ガラス越しの光と、駅の中を行き交う人の流れ。
その中心に、ベンチがいくつか並んでいる。
そこに、すでに人影があった。
「遅かったね。」
福岡南だった。
傘を閉じながら、いつも通りそこにいる。
「雨、強くなったな。」
「うん。」
二人は並んでベンチに座る。
床に落ちる水滴の音。
遠くで響くアナウンス。
改札を通り抜ける人の足音。
全部が混ざって、この場所の空気になっていた。
南が本を開く。
柚須もそれに倣う。
何も話さない時間が続く。
けれど、それは沈黙というより“流れている時間”だった。
しばらくして、南がぽつりと言った。
「ここってさ。」
「うん?」
柚須が顔を上げる。
南は少しだけ周りを見た。
「3階に上がってすぐなのに、ちょっと違う感じするよね。」
「確かに。」
柚須も視線を巡らせる。
改札へ急ぐ人。
立ち止まらずに通り過ぎていく人。
でも、このベンチだけは少しだけ時間が遅い。
「人は多いのに、静かだな。」
「うん。」
それだけで会話は終わる。
それでも十分だった。
雨はまだ止まない。
ガラスの向こうは白く滲んでいる。
やがて夕方の光が差し込み始める。
駅の中が少しだけオレンジ色になる。
南が本を閉じた。
「そろそろ帰ろっか。」
「うん。」
二人は立ち上がる。
3階の広場から、改札へ向かう人の流れに戻る。
ここから先は、それぞれの帰り道だ。
改札の前で足を止める。
少しだけ間。
「また明日。」
「また明日。」
それだけの言葉。
でも、もうそれは“偶然”ではなかった。
柚須はホームへ向かい、南は別の方向へ歩いていく。
雨の中でも、この場所に来る理由だけは、もう迷わなかった。




