第20話「少しだけ」
放課後。
いつものようにチャイムが鳴る。
いつものように荷物をまとめる。
いつものように昇降口へ向かう。
そして、いつものように南が待っていた。
「帰ろ。」
「うん。」
二人は並んで歩き始める。
夏が近づき、日が長くなってきた。
夕方の光が歩道をオレンジ色に染める。
駅へ向かう道も、少しだけゆっくり流れているように感じた。
「今日さ。」
南が笑いながら言う。
「数学、危なかった。」
「先生に当てられとったね。」
「全然分からんかった。」
「顔に出とった。」
「やめて。」
二人は笑う。
そんな他愛もない話をしながら、博多駅へ着く。
三階広場。
いつものベンチ。
本を開き、それぞれの世界へ入っていく。
しばらくして、一人の小さな子どもが走ってきた。
勢いよく転びそうになる。
「あっ。」
南はすぐに立ち上がった。
「大丈夫?」
子どもは少し驚いた顔をしたあと、小さくうなずく。
そこへ保護者が駆け寄ってきた。
「ありがとうございます。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
南は笑って答え、再びベンチへ戻ってきた。
「びっくりした。」
そう言って本を開く。
何事もなかったようにページをめくり始めた。
柚須はその横顔を見ていた。
困っている人がいたら、迷わず声を掛ける。
それを特別なことだと思っていない。
そんな南らしさを、初めて見た気がした。
「どうした?」
視線に気付いた南が首をかしげる。
「いや。」
柚須は慌てて本へ目を落とす。
「なんでもない。」
「変なの。」
南は笑う。
その笑顔を見ていると、柚須もつられて笑ってしまった。
ページは開いたままなのに、文字が頭へ入ってこない。
理由は分からない。
でも、今日の放課後はいつもと少しだけ違った。
帰る時間になる。
二人は立ち上がり、改札の前まで歩く。
「また明日。」
「また明日。」
南はいつものようにホームへ向かった。
その後ろ姿を見送りながら、柚須は小さく息をつく。
「……なんやろ。」
言葉にはできない。
説明もできない。
ただ一つだけ思った。
今日は、いつもより会えてよかった。
その理由を知るのは、もう少し先のことだった。




