第18話「画面より近く」
朝。
柚須は家を出る前に、何気なくスマートフォンを開いた。
新しい通知はない。
少しだけ画面を眺めてから、ポケットへしまう。
「行ってきます。」
玄関の扉を開ける。
いつもの朝だった。
学校へ着くと、教室にはいつもの賑わいがあった。
南は友達と話している。
柚須に気付くと、小さく手を振った。
柚須も軽く手を上げる。
それだけで十分だった。
昼休み。
ふとスマートフォンを見る。
通知は何もない。
少し前なら気にもならなかったこと。
でも今は、連絡先があるからこそ、画面を開いてしまう自分が少しだけおかしかった。
「……別に送ることないもんな。」
苦笑いしながらポケットへしまう。
放課後。
チャイムが鳴る。
昇降口で南が待っていた。
「帰ろ。」
「うん。」
二人は並んで歩き始める。
駅までの道。
信号待ちの時間。
今日の授業のこと。
明日の提出物のこと。
他愛もない話が続く。
博多駅へ着き、いつものように三階広場へ向かう。
ベンチへ座り、本を開く。
静かな時間が流れる。
しばらくして、南がふと思い出したように言う。
「そういえば。」
「ん?」
「昨日、スマホ開いたんよ。」
「うん。」
「何か送ろうかなって思ったけど。」
南は少し笑う。
「『明日学校で会うし、いいか。』って閉じちゃった。」
柚須も笑った。
「俺も同じ。」
「ほんと?」
「送ること考えたけど、明日話せばええなって。」
二人は顔を見合わせる。
どちらからともなく笑みがこぼれた。
「なんか。」
南が本を閉じる。
「連絡先交換した意味あるんかな。」
「あるよ。」
柚須は少し考えて続けた。
「必要な時は使える。」
「それ以外は?」
「会って話した方が早い。」
南は吹き出した。
「確かに。」
駅のアナウンスが流れる。
ホームへ向かう人たちが足早に広場を通り過ぎていく。
二人はまた本を開いた。
スマートフォンはポケットの中。
画面の向こうで話すより。
隣でページをめくる音を聞きながら過ごす方が、二人にはずっと自然だった。
帰る時間になる。
本を閉じ、立ち上がる。
「また明日。」
「また明日。」
短い言葉を交わし、それぞれのホームへ向かう。
連絡先はある。
でも、一番近いのは画面の中じゃない。
放課後、いつものベンチで隣に座る時間だった。




