第15話「そういえば」
放課後。
今日もいつものように、柚須と南は学校を出た。
並んで歩く帰り道。
交差点で信号を待ち、他愛もない話をしながら博多駅へ向かう。
駅へ着くと、二人は改札を抜け、三階広場のベンチへ腰を下ろした。
カバンから本を取り出し、ページを開く。
静かな時間が流れる。
駅のアナウンス。
列車の走る音。
人が行き交う足音。
そのすべてが、もう聞き慣れた放課後の音になっていた。
しばらく本を読んでいると、南がふと顔を上げた。
「ねぇ。」
「ん?」
「私たちさ。」
少しだけ考えるように言葉を選ぶ。
「毎日一緒に帰ってるよね。」
「そうやな。」
「休日にも会ったし。」
「うん。」
南は小さく笑った。
「なのに。」
「?」
「そういえば、連絡先知らないね。」
一瞬だけ沈黙が流れる。
柚須も少し考えてから笑った。
「あ。」
「忘れとった。」
「俺も。」
二人は思わず吹き出した。
毎日のように会っている。
放課後はほとんど一緒にいる。
それなのに、連絡先を交換していないことに今まで誰も気づかなかった。
「交換する?」
南がスマートフォンを取り出す。
「しよっか。」
柚須もポケットからスマートフォンを取り出した。
画面を見せ合い、連絡先を登録する。
ほんの数十秒で終わる出来事だった。
「これで大丈夫。」
「うん。」
登録を終えたスマートフォンをしまう。
また本を開く。
しばらく読んでいると、柚須が小さく笑った。
「でも。」
「ん?」
「繋がっとらんでも、毎日ここで会えとったもんな。」
南は少しだけ目を丸くして、それから笑った。
「確かに。」
「必要なかったんかも。」
「そうかもしれんね。」
二人はまた本に目を戻す。
連絡先を交換したからといって、何かが急に変わるわけではない。
明日もきっと学校で会って。
放課後になれば一緒に歩いて。
この広場で本を読む。
それが二人の日常だった。
やがて帰る時間になる。
本を閉じ、ベンチから立ち上がる。
改札の前で足を止める。
「また明日。」
「また明日。」
いつもの言葉。
そのあと、南のスマートフォンが小さく震えた。
画面を見ると、一件の通知。
『今日はありがとう。』
送り主は、柚須。
南は思わず笑ってしまう。
すぐに一言だけ返した。
『こちらこそ。』
それだけで十分だった。
次の日から二人は、連絡先を持っていても、大事な用事がある時以外はほとんど使わなかった。
言葉がなくても、放課後になれば、いつもの場所で会えると知っていたから。




