第9話「もどる」
放課後のチャイムが鳴る。
教室のあちこちで椅子を引く音が響き、一日が終わりを迎える。
柚須は教科書をカバンへしまい、静かに席を立った。
昇降口へ向かう途中、廊下の窓から空を見上げる。
雲ひとつない青空だった。
今日は寄り道をする約束もない。
だから、いつものように駅へ向かう。
昇降口で靴を履き替えていると、隣に南が並んだ。
「帰ろ。」
「うん。」
それだけで歩き出す。
もう、どちらから声を掛けるかを考えることもなくなっていた。
校門を出る。
夕方の街を二人で歩く。
車が行き交い、自転車が追い越していく。
何度も歩いた道。
何度も見た景色。
でも、不思議と飽きることはなかった。
「今日は本屋行かんの?」
柚須が尋ねる。
南は少し考えてから首を振った。
「今日はいいかな。」
「そっか。」
それだけで話は終わる。
沈黙が続く。
けれど、その静けさは心地よかった。
無理に話題を探さなくてもいい。
隣を歩いているだけで十分だった。
博多駅が見えてくる。
改札を抜け、エスカレーターで三階へ。
ICカード専用改札の横。
いつもの広場。
いつものベンチ。
二人は自然と腰を下ろした。
カバンから本を取り出し、それぞれページを開く。
駅のアナウンス。
列車の到着を知らせる電子音。
ガラス越しに差し込む夕方の光。
そのすべてが、いつもの時間をゆっくりと流していく。
しばらくして、南が本から顔を上げた。
「なんかさ。」
「ん?」
「最近、ここに来るのが当たり前になったね。」
柚須もページを閉じる。
「そうやな。」
「最初は偶然だったのに。」
「気づいたら毎日。」
二人は小さく笑う。
その笑顔に、ぎこちなさはもう残っていなかった。
誰かに合わせようとしているわけでもない。
頑張って仲良くしようとしているわけでもない。
ただ、一緒にいることが自然になっていた。
南は再び本を開く。
柚須も続く。
ページをめくる音だけが重なる。
言葉はない。
でも、その静けさはどんな会話よりも心地よかった。
やがて時計が帰る時間を知らせる。
二人は立ち上がる。
改札の前で立ち止まる。
「また明日。」
「また明日。」
短い言葉を交わし、それぞれのホームへ向かう。
最初は偶然だった。
それが少しずつ日常になり、今では当たり前になっている。
今日という放課後も、その「当たり前」の一ページとして静かに積み重なっていった。




