第九話 背負うべきもの
「ふー……。」
「旅疲れかな?」
「いえ、これからの事を考えてしまうと、ため息が出てしまうのですよ。」
バーデュボアで飲んでいる途中、ふと零れてしまったため息、それは、私が予言してしまった「滅びの未来」を変える手立て、が今のところない所に起因している、私には、未来を変える手段が存在しない、未来を視た者として、聖獣の守護者達のサポートをする、のが私の役割だとは感じていたけれど、けれどけれども、それに関する行動をとり始めてからも、時折未来を視ては、そして滅びの予言が変わっていない事を嘆く、それが私の悪い癖だった。
時折ため息をついてしまう、それは変えられない癖だった、流石にハオの様な子供の前でため息をつくほど幼くはないと思っているけれど、滅びの予言に関して話をしている美咲さんの前では、それが取り繕えない、取り繕う余裕がない、という訳だ。
「滅びの予言まで、後百年と言っていたかな?当時で、百四十五年後、と言っていたのが印象的だったけれど、それからそうだね、四十五年が経ったのだから、後丁度百年という話になってくるのかな?」
「そうですねぇ、私が予言してしまった滅び、世界の滅亡へのカウントダウンは、後百年、聖獣の守護者達の死を持って、マグナの神々の楔に綻びが生まれ、そして世界中で戦争が起こる、九百年前の大戦争では、まだデスサイドが戦地になった程度で、と言ってはいけないのでしょうけれど、それだけで納まった、聖獣の守護者達による、鎮魂の儀によって、マグナの神々とフェルンのハイエルフ達は、かの地を滅ぼした代わりに、制約を受ける事になった。……。それに綻びが生まれるとしたら、それは聖獣の守護者達の死に他ならないのでしょう。」
「聖獣の守護者と、九百年前の大戦争、私達は歴史としてしか知らない、私達にとって、それは遠い過去の話だと思っていたけれど、外園君にとっては、未来の話なのだから、それはため息の一つもつきたくはなるだろうね。……。私はね、外園君。君を信じているのと同時に、それが避けられない滅びなのであれば、それは仕方がない事だとも思うんだ。私達妖精は、世界を都合よく扱い続けた、神々も、ソーラレスにおける仏陀も、そうだ。竜神が何を考えているのか、については私は何も知らないし、実際にあった事のある外園君の言葉を伝え継ぐしかない、と言うのはあるけれどね。……。そうだね、私はそう思っている、この世界にたいして、感謝するでもなく、労わるでもなく、消費し続けている存在達、それが私達だ。そんな生命達にとって、滅びが来るのだとしたら、それは罰なのかもしれないね。世界を都合よく扱い続けた報い、を私達は受けなければならないのかもしれない、とは思っているよ。だから、君一人で背負う必要はないんだ、外園君。予言したのが、アンクウとして覚醒したのが君だったからと言って、未来への負債を全て一身に背負う必要はないんだよ。」
美咲さんは悲し気な声音をしている、それはそうなのかもしれない、私達の先祖、世界を運営してきた者達が、都合よく世界を捏ね繰り回して、「グローリアグラント」とい国、美しかったと言われている、歴代の王「グロル」によって統治されていた、最も世界を愛する者達によって運営されていた国を滅ぼし、そして現在でも「マナの源流」を巡って、ウィザリアという日独立国家の島は、紛争状態だ。
そして、マグナにおける代理戦争、神に心酔し、神を敬愛する人間達による代理戦争、によって、現在も世界は侵されている、そのツケとしての滅び、私達の罪業による滅び、なのであれば、それは受け入れるのが正しいのかもしれない、私と美咲さんと、そして竜神様方しか知らない、世界の滅びという未来は、受け入れるべき事柄なのかもしれない、そう思った時期もあった。
だけれど、しかし、それでも。
「先生……。きっと、世界を、守って……。私は、この世界が……、どんなに、悲しくても……、好きだから……。」
そう言われた、彼女に、私が安易にウィザリアに連れて行ってしまって、ダークエルフとして、尊厳を奪われる結果となってしまった彼女に、そう言われてしまった、彼女を守る為に、彼女を救う為に奔走した、その結果が今なのだから、それを諦める事は、彼女が遺した尊厳を破却する事になってしまうだろう。
「……。私は、最後まで諦めるつもりはないのですよ。それが世界の定めだったとしても、それが私達に与えられた罰だったのだとしても、それが、私の結末だったのだとしても、私はそれを諦める訳にはいかないのです、それが、彼女との約束でしたから。彼女の今際の言葉、それを守る為に、彼女の尊厳を守る為に、私は独りだったとしても、最後まで諦める訳にはいかないのですよ、美咲さん。」
「……。君がそう言うのであれば、私には止める権利はない、それはわかっている。タダね、外園君。何も、独りで全てを背負う必要はないんだ。私に出来る事は、酒をふるまう事だけだ、ただ、それでもね、外園君。君の為に何かをしたい、と願う心を持っている存在、も残っているんだよ。」
「美咲さん……。そうですねぇ、私にも、そう言った感情を抱いてくれている方がいらっしゃる、それだけでも、肩の荷が少し楽になりますよ。……。私は救えなかった、キュリエを、彼女を、救えなかった。私には、誰かを救う事は出来ないのかもしれない、そう感じていた頃、痛感していた頃がありました。ただ、彼女はそうは思っていなかった、今際の際、私が託された願いは、とても純粋なものだったのです。彼女が遺した尊命、彼女が遺した願い、それらを、尊厳を奪うきっかけを作ってしまった私が守らなければならないのは、ある意味必然とも言えるでしょう。……。私は、彼女に報いたい、ただそれだけなのです、世界がどうなろうと、神々がどうなろうと、それこそ、私の視た滅びが夢幻だったとしても、現実に起こる未来だったとしても、それは些末な事なのです。私は、彼女の尊命を守りたい、その為に国を脱し、世界を回ってきたのです。」
「その彼女、に関しては教えてくれなかったね、ダークエルフだとは言っていたけれど、どこで出会ったんだい?君が神官として王家に仕えていた、という事は知っているけれど、ならばダークエルフと出会うきっかけ、が無いと思うのだけれどね。」
「それに関しては、ジェライセさんとの出会いが大きかったでしょう。ロザウェルからほど近いダークエルフの集落、に行く機会があったのは偶然だったのですが、それを行く勇気を貰ったというべきでしょうか、それとも、怖がる理由が無かったカラと言うべきでしょうか、それに関しては、全てはジェライセさんからお話を聞いていたから、だと思いますねぇ。彼との出会いが無かったら、私は今でも死にゆく者達の予言をして、世界の滅びに関する予言を隠し続けて、王家の傀儡として動いていたでしょうから。……。そのきっかけ、全ての始まりがそう、探検仲間と村から出た事、魔物に襲われた事、そしてジェライセさんがたまたまそこに通りがかって、私達を助けて下さった事、そして、その姿に信頼をした私が、彼の言葉に耳を傾ける価値があると思って、話を聞きに行った事。それらがすべて、予期されない未来だったとしたら、偶然の産物だったとしたら、それこそ、運命という事柄なのでしょうね。」
思えば、ジェライセさんは、なぜ危険を承知で村の近くにいたのか、その疑問は残る、私達には言っていなかった事だったのか、それとも言葉通りに獣を狩りに来ていただけなのか、それに関しては聞きそびれてしまった、私が村を出るまでに、その疑問を浮かべなかったというのもあるけれど、彼はそこに関しては語らなかった。
ならば、それは偶然か必然か、私はアンクウとして、死にゆく者達の未来を観測していた、王家に都合がいい存在、魂を神木へと還し、そして優先的に転生させる為に、或いは教会がそれをしようとしていて、それに対する王家側の対抗手段として、私は死の未来を見続けた。
その結果、キュリエを連れて国を脱するという選択を取った、そこに関しては私は微塵も後悔はしていない、私にとって、フェルンという国はそこまで思い入れがあるわけでもなく、村に残した墓標だけが気になっていた、と言っても、結局は村は再建された、再建と言えば聞こえはいいが、私というアンクウの存在を隠匿する為に、村の残骸を使って、表向きは「ダークエルフによって滅ぼされた村の再建」として、私の故郷は再建された、その時に、墓標があっては駄目だろう、村中の妖精たちの墓標、などがあったら、その言葉に対する信憑性が損なわれる、という理由で、恐らく墓標は破棄されてしまっているだろう、だから、私には帰るべき場所は、遺されていない。
さて、何処まで語っただろうか、苦い茶を出されて、それに対して干し肉を頬張って、偉く感動した覚えがあった、そののちに、私達は緊張と心配、そして不安の中、ダークエルフの集落へと歩を進めていった、そんな思い出だ。




