第十話 ダークエルフとは
「そろそろ到着するよ、私の様な見てくれの者が集まっているけれど、まあそうだね、危害を加える者はいない、とだけは宣言しておくよ。長老には事情を説明してある、だから、君達を警戒する事もない、と思う。」
「……。そうですか、それは良かったです。」
沼地での休憩を終えて、そこから約一時間、方角もわからない程に、日が差し込まない、うっそうとした森の中を歩いて、洞窟が見えてきた。
そこにダークエルフの方々は住まわれていた、ハイエルフによって人工的に生み出された被差別階級であったダークエルフの方々は、己に課せられた罪業だ、と言っていただろうか、かつての魂の報いとして、神木を離れてしまったのだ、と言っていた。
「やっと着いたじゃん?」
「疲れたぁ……。」
「あたし、もう歩けないよー。」
へとへとになっていた三人をけん引しながら、私は洞窟の入り口から中を見ようとする、ただ、蔦で作られた幕があって、中を除き視る事は出来ない、そんな仕組みになっていた。
もし万が一、ジェライセさんの言葉が嘘で、私達を殺す事が目的ならば、私の祖父も、私が生まれてすぐに消息をくらました、その原因にはダークエルフが関わっている、と私は教え込まれていた、だから、不安をぬぐう事が出来なかった、警戒心を解く事も、恐怖心を抑える事も、当たり前のようには出来なかった。
ただ、それ以上に探求心が働いた、というのが正しいだろうか、私が知りたいと願った、ダークエルフの真実という事柄に興味があった、ジェライセさんという、私達からしたら 未知の存在、私達にとっては恐怖の対象だった、ダークエルフという方が、どんな真実を語るのか、ならば私達子供にそれを伝える理由は何なのか、そういった意味での探求心が、私の中に強く存在していた、が正しい感情だっただろう。
「入ってくれ、松明を灯しているから、灯りには困らないはずだ。」
「はい、お邪魔します。」
「先生、早く入って休ませてもらうじゃんよー!」
「トリムントス、粗相のないようにしなければなりませんよ、私達は異邦の者、部外者なのですから。」
蔦を広げて、洞窟の中に入る、洞窟は、やや暗い中に松明の明かりがともされていて、私達妖精が魔法で火を点けて、ランプを使って灯りをともしているのに対して、少し前時代的と言うべきか、文明としては一歩遅れた形、を取っていると認識した、ただ、ダークエルフの成り立ちやその境遇を考えるに、そこで袂を別った結果、と言えなくもなかったのだろう、彼らにとって、文明とはそこで止まったもの、ある意味、「そこに発展を求めていない」結果だったのかもしれない、そこに関してはジェライセさんに聞きそびれた、ただ、前時代的な形式をとっている、程度の認識だった。
「こっちだ、私の寝床だが、まあ少し汚れているのは許しておくれ。」
「お邪魔します。」
「座れるところあるかなー?」
洞窟の中はひっそりとしていて、本当にダークエルフが他にも存在するのか、に関しては、私はそう言った探知能力の類が当時はなかった、だからわからなかった、結果として彼らは私達を警戒して出てこなかった、彼らは魔力を探知する事に長けている、だから、私達妖精が来た事も、知っていたはずだ。
ただ、その結論として出てこなかった、と言うのが正しい話だろう、私達としても、ダークエルフに囲まれて何かをする勇気、というのはさすがに無かった、そこまで無謀にはなれなかった、だから、ダークエルフの方々の判断は正しかったと言えるだろう。
「座っても良いー?」
「あぁ、勿論だとも。君のような体躯の持ち主であっても、壊れない様に作られているからね。」
「良かったー。」
ジェライセさんの住んでいた部屋、は雑多に感じる本の山と、椅子が数個に食事用のテーブル、が木製のものが使われていて、その他に何かあるか、と問われると、簡素なベッドがある程度、だった。
この本には何が書かれているのか、と興味を持った覚えがある、それは妖精言葉ではなかった、古代妖精語、と言われる、はるか昔に使われていた文章言葉だった、発言する言語としては私達と違いはない、フェルン内で統一された言語だったのだが、書き言葉、については、彼らダークエルフは古代妖精語を使っていた、文明がそこで止まっていたから、と言うのもあるのだろうが、万が一私達と同じ言葉で書かれていて、それを私達が見つけて、王家にとって不都合な真実、を広められてしまったら困る、というハイエルフ側の目論みもあっただろう。
それに関して、ジェライセさんが私達に伝えたかった事実、と言うのは、それだけ衝撃的な内容だった、私達にとっての常識、フェルンにおける歴史、と言うのと、現実におけるダークエルフの在り方、は乖離がそれだけ激しかった。
「さて、何処から話したものか……。逆に、君達からの質問に答える形を取った方が良いだろうか?」
「と言われましても、私達は何も知らないのです、知らない事は疑問に思えない、疑問に思えない事を問う事は出来ない、という話になって来るのではありませんか?」
「おっと、それもそうだ。私達が君達妖精族と関わる事、ということ自体が珍しいというのもあるけれど、しかしそうだね、君の言う通りだ、君の言葉を聞いて納得したよ、ダークエルフに関する知識、と言うのは、私達しか持ちえない、君達からしたら、私達は恐怖と蔑視の対象という話でしかない、ロザウェル近郊のダークエルフの集落では、ある意味差別的対象として、魔法の実験に使われるダークエルフがいる、位だからね。……。まず、私達ダークエルフは、元をたどればエルフだ、君、先生と呼ばれている君と、テイラット君、と呼ばれているそちらの君、と同じ種族だ。そうだ、今更ながら、名前を聞いても?」
「はい、私は家名を外園、名をケイと申します。」
「テイラットだよぉ……!」
「あたしはアリサー!」
「トリムントスじゃん!」
名前を聞かれたら家名から答える、それが私達の教育だった、中流階級に属さなければ家名を持つ事は出来ないフェルンにおいて、私達の中では、私だけが「家名」を持っていた、ほかの三人は持っていなかった、それに関して、その頃は何も知らされていなかった、家ごとの違い、程度に考えていた、私や美咲さんは家名がある、ある意味、エルフの中でも中流階級に位置する存在達、そして同じエルフだったテイラットの家系は、下流階級の出身であるが故に、家名が無かった、アリサとトリムントスもそうだ、家名があるのは中流階級以上のエルフだけ、逆にハイエルフになると、家名ではなく名を継承していく、というシステムになっている、美咲さんが片田舎の出だ、と言っていたのと一緒で、私藻美咲さんも、家系としては村の中では発言権がある家系の出、だった。
「ケイ君にテイラット君、そしてアリサ君にトリムントス君だね?よし、覚えたよ。ふむ、家名があること言う事は、発言権は委ねられている、という事になるね。」
「それは、いったいどういう……?」
「いや、子供に話して友情に亀裂を入れる様な話ではないからね、今の発言は忘れておくれ。さて、それではどこから話した者か、私達ダークエルフの歴史を語るのが一番かな?それを聞いてくれたならば、私達が君達と敵対する理由が無いという事もわかってもらえると思うのだけれども。」
「はい、お願いします。」
ジェライセさんは語った、始まりから現在、原初から現在までの、エルフとダークエルフの歴史、フェルン側が都合よく私達に教えていた「ダークエルフとは罪業を背負ったものが行きつく先で、妖精を脅かす存在である」という、教科書に載っていた歴史とは大きく違う歴史、それをジェライセさんは、私達子供にもわかる様に、ゆっくりと話をしてくれた。
始まりはフェルン創設時、大陸に纏まってこそいたものの、村や街と言った機構が無かった時代、年月としては八千年前、にフェルンという国は出来た、神木を信仰していて、神木から母体へと魂が宿る、と言われていた私達妖精は、その「神木」の周りに村や街を作り始めた、ドラグニートという、竜神様という存在が治めている国、の村や街を基盤として、独特な文明社会を創設した、法律、制度、倫理、そう言った諸々を知恵ある者達が他の大陸に学びに行き、そしてそれを持ち帰って、古代妖精語、と言われる、まだフェルンが統一化された妖精言葉を標し始める前の言葉、で書き記した、法や倫理と言った事柄を決めて、フェルンという国を建国した、そこまでは私達も歴史で習った事、私は歴史学に興味があって、学校の図書館でその類の本を良く眺めていた、探検仲間達が家の用事だったり、所謂「補習」を受けている時などには、図書館に籠ってそういった類の本を読み漁っていた、だからこそ、ダークエルフとはどこから生まれて、そして何故危険だと言われているのか、に関して疑問を持っていた。
その答えを、ジェライセさんは持っていた。
私達エルフと同じ種族だったダークエルフは、フェルンの首都、ロザウェルのハイエルフ達によって、人為的に生み出された被差別階級、つまるところ「こういう下流の存在がいれば、自分達にとって都合がいい」と言う話に持っていく為に生み出した、そんな存在なのだ、と。
魔力の悪意によって、魂を変質させられた結果、魂と尊厳を奪われて、王家と教会がその時だけ協力して「ダークエルフ」という存在の租を生み出した、それ以来、ダークエルフは生まれ落ちるたびにそこに行きついてしまう、一度ダークエルフとなってしまったエルフの魂は、二度と戻る事はない、二度とエルフとして生まれ変わる事は出来ない、ダークエルフとして魂を変質させられた時点で「これから先をそうやって生きていくしかない」という、変えられない未来が待っている、という話だった。
ダークエルフがダークエルフたる所以、に関しては「配給」によってその存在を固定している、という話もしていた、配給とは、ハイエルフがダークエルフが存続出来るだけの、ぎりぎり生活が成り立つ程度の魔力供給の事で、それを「失った」場合と「過剰摂取」した場合、ダークエルフは「暴走」をしてしまって、そして死んでいくのだ、ハイエルフからの施しをいらないといって突っぱねた結果、暴走したダークエルフは過去にはいたそうだ、その過去にいたダークエルフを「都合よく改変した歴史」が、私達妖精が学んでいる歴史、ダークエルフは妖精の血肉を啜り、頭蓋骨を飾って生きている、という歴史だ、とジェライセさんは話していた。
失った場合、と過剰摂取した場合、の二種類の暴走原因があるのは、「神木」に触れさせない為、神木に流れるマナに触れた場合、もしかしたらダークエルフとしての輪廻を外れられる可能性があるから、失った場合の暴走は、文字通り存在する為に必要な「魔力」が枯渇して、同族を襲ってマナを得ようとしてしまう、だから、ハイエルフからの施しを受け入れて、ダークエルフ達は妖精族と関わる事をしなくなったのだ、と。
「……。これが、ダークエルフ側に伝わっている歴史と、ダークエルフの在り方だ。ご納得いただけたかな?」
「偏に信じるわけには……、しかし、それならばある日突然ダークエルフが生まれ落ちた、という歴史の編纂のおかしさにも説明が……。」
「俺、わかんないじゃん!でもジェライセさんは助けてくれたじゃん!」
「そうだよぉ……、でも、お父さん達がそう言って信じてくれるのかなぁ……。」
「あたし、パパ達には言わない方がいいと思うなー。」
一時間程説明を受けて、その話を飲み込む為に各々反応をしていた、ただ、その場にいる四人ともの共通認識は「大人達に言ってはいけない」だった。
私達より長い時を生きて、その歴史が当たり前な大人にこの事を話しても、結局は狂ったと思われて懲罰か、それともダークエルフと関わるという、妖精族にとっての禁を破ったとして懲罰か、二択だろう、と。
ならばジェライセさんが私達に歴史の真実を伝え継いだ理由、に関しては、今でも時折熟考する、どうしてあの時、彼は危険を侵して私達を助け、そして私達に歴史を教えるという選択をしたのか、そこに関して疑問を持って聞く前に、私はロザウェルに連行され、それ以降彼とは会っていない、だからわからない、が正解だ。
兎にも角にも、とジェライセさんともう一度会って、文献を読ませてもらう約束をして、その日は日が沈む前に村に戻った、そうしないと、怪しまれてしまうから、心配されてしまうから、とジェライセさんは言っていた。
あれから七百年経つ程度、には私は生きてきた、ただ、結局答えは出ない事が多い、人生の命題とは、答えがいつだって出ない、それが私の中での常識であり、つっかかりだった。




