第十一話 転移
「ダークエルフの真相、それを聞いた時、胸が苦しくなったものです、私達と同じ種族でありながら、そんな宿業を背負わなければならない方々がいらっしゃる、その事に胸を炒めましたよ。」
「それで、ダークエルフの少女を連れて国を脱するという手段を取ったんだね?」
「はい、私は最終的に、ダークエルフの少女だったキュリエと共に、フェルンを脱しました。それが正解だったのか、それともただの徒労で終わるのか、それに関しては、今のところは徒労で終わってしまいそうですがね。」
サウスディアン産のワインを飲みながら、私は少しだけ悲しい気持ちになる、現状、私が視ている未来は変わらない、私がどう行動したとしても、どう何を変えようとしたとしても、私に未来を変える術がないかのように、ただの傍観者で居ろ、と命じられてしまっているかのように、未来のヴィジョンが変わる事はなかった。
私に許されているのは、あくまで「未来を見る」事であって、それを変える事、については許されていないとでも言いたいのが如く、私がどこで何をしようと、どんな手段を講じようと、未来が変わるという結果は訪れない、私はキュリエに関する事は未来を視なかった、彼女がそれを是としなかったから、という単純な理由だが、結果として、視ていたとしても「キュリエの死」という未来は変えられなかったのかもしれない、普遍的な結果としての終わり、を変える手段は私には用意されていないのかもしれない、そう思ってしまうと、少しだけ心が砕けそうになる。
「まったく、私には未来なんてたいそうなものは見えないからね、、それを信じているのは、偏に外園君の人柄を信じているから、だ。忘れられないよ、確か、最初にこの船に乗船したのは、そのダークエルフの彼女を失ってから少し経った後、と言っていたね。私がウィザリアから逃げて、ドラグニートのしがないバーからこのデュボアを任される様になって、それから数年が経ってから、だったと認識しているけれど。最初は驚いたよ、ダークエルフと旅をしていた、という事実も、最初は外園君がからかっていて、私を馬鹿にしているか何かだと思っていた。ただ……。君の目は、何時だって本気だった、何時だって、真実を語る眼をしていた、だから私は、君を信じるという決断をしたんだからね。君の瞳が、嘘をついていない、と私は判断した、なんて話さ。それで、君はこれからどうするのかは決まっているのかい?ジパングに居を構えて、そしてどうするつもりなんだい?」
「百年後に現れるという、聖獣の守護者に関する情報を収集して、その彼らが現れるのを待とうと思っています、私に出来る事が何があって、何が出来なくて、もしやもしや、私は傍観者として未来を視る事を許されているだけで、編纂者として未来を変える事は許されていないのかもしれません。ただそれでも、何もせずにいるという選択を、今の私は取れないのです。かつての私だったら、美咲さんの様に未来があったとしてもそれを受け入れる、という選択を取ったのかもしれません、実際に、何百年と未来を視続けて、世界の滅びを視た際に、誰かに言う事をしなかった、女王ディアーヌに、未来の滅びを伝えなかった、それは、私が未来を視た所で、未来に滅びがあった所で、何かをするべきでも、何かをする気にもならなかった、その証左に他なりません。その時の私は端的に言えば腐っていた、未来など視ても意味はない、私には滅びを視続ける事しか許されていない、私には、何かを成していい理由も、動機も、何もかもがない、と。」
「それが、ダークエルフの少女を連れて、世界中を掛けずり回るきっかけになったのは?君はいつもはぐらかして教えてくれなかったけれど、居を構えて住まうという事は、そこからしばらく動かないという事になるのだろう?ならば、私達が会う機会も、必然的に減ってくるだろうね、それ位の事を教えてもらう程度、には信頼関係を持っている、と私は勝手に思っているけれどね。」
美咲さんにワインを注いでもらいながら、その事については話していなかった、と不意に思い出す、美咲さんからの私への想い、を知らない程鈍感ではない、私だって、人並みには他人の感情の機微はわかる、だから美咲さんには話せなかった、美咲さんだからこそ、言うべきではないだろうと黙っていた、そんな事だ。
「私が魔法の実地訓練に赴いた際、その時にキュリエとは出会いました。魔法の実験相手として、ダークエルフ側から生贄を捧げられて、その時の生贄と言うのが、キュリエでした。彼女は、集落の他の同族を守る為に、少女でありながら生贄に志願した、自らがエルフ達の魔法の道具として使われて、生贄になる事、を理解していたのです。そんな彼女を、私は放っておけなかった、私は、健気で献身的な彼女の心に恋をしたのです。報われない恋だとは理解していました、ダークエルフとエルフが結ばれる事などない、許されてはいけない、それも、王家に仕える神官がそんな事を言い出した暁には、フェルンの歴史として、汚点になってしまう。それを許す程、ディアーヌ女王は寛容ではない、それは私にとっても、キュリエにとっても、当たり前の話でした。三代目女王ディアーヌ、彼女がどう動くか、ならばキュリエはどうなってしまうのか、万が一、それがダークエルフ全体に広がってしまったら。私は考えに考えた末に、キュリエとフェルンを脱する道を選びました。転移魔法という、精霊やハイエルフ達が使っていた移動魔法、それを一度だけ発動して、フェルンからドラグニートへと脱したのですよ。」
「転移魔法、高等魔法の一種で、使える存在は限られている、という話だった覚えがあるけれど、外園君は発動する事が出来たのかい?」
「後にも先にも一度きり、ですがね。私には座標を定めて飛ぶ、という技術がありませんでしたので、とにかくフェルンを出る、という一心で発動をしました、そのことに関しては、テンペシア様にも咎められました、万が一の事があって座標がずれていたりしたら、壁の中に転移したり地面の中に転移したり、という事になって、その場で生き埋めか圧死かの二択を選ばなければならない、という事になりかねないのだから、危険だと。」
転移魔法、それを発動する以外、女王の目をかいくぐってフェルンを脱する事は出来なかった、それ以外に私は監視下から逃れる方法を思いつかなかった、私はあの刹那、賭けに出た。
結果として、転移した先はテンペシア様の住まう風の神殿の前だった、私達は運よく、本当「運がよく」フェルンを脱し、そして世界を守護する役割を持つと言われている竜神様の居住場所の前に転移して、そしてそれにテンペシア様がすぐに気づいてくださったから、不審者や異邦の者として処されなかった、全ては「運が良かっただけ」の話だ。
未来を見なかったのかと問われると、私は私自身の未来を視る事が出来ない、出来るのは「他者の死の未来を視る」事や「世界の滅びの未来を視る」事であって、私自身の未来や、生あるものの未来は視えない、死んでいく存在、の未来を予言するのが私であって、生あるものはいつか死ぬ、世界はいつか滅びを迎える、と言う前提があるからこそ、私は未来を視る事が出来る、ただ、自分自身の事、については、私には視えない、それがどうしてなのか、どうして他者の死の未来が視えて、私自身の死の未来が視えないのか、に関しては、絞殺の域を出ない、ただ、私は「死にまつわる予言者」であって、生あるものの予言者ではない。
「そう言えば外園君は、自分自身の未来を見通すことが出来ない、と言っていたね。出来るのであれば、転移先を未来視して、確定する事だってできるだろう、それが出来ないという事は、そうだね、外園君が君自身の未来を視る事が出来ない、というのであれば、確かに納得の出来る話だ。だからこそ、私達は出会ったのだからね。そのダークエルフの少女、がどんな子だったのか、君がどんな想いを抱いていたのか、それは私にはわからないけれど、でもそうだね、君にとって大切な存在だったのなら、私が忌避する理由はなかったのかもしれないね。」
「であれば、キュリエの死を予言して、それを回避する事が出来たのかもしれませんがね。」
「それはその彼女が望まなかったんだろう?」
「はい、そうなります。彼女は、いつか終わる命だったとしても、それが天寿を全うするのか、それとも道半ばで終わってしまうものなのか、それはわからないけれど、けれど生きる事を全うしたい、そして今際の際には、私は私として終わりを迎えたい、と願っていました。」
そんな話をしてからワインを飲み終えて、今日はいったん会計をして、デュボアを出る。
時間は午後三時、ハオは今頃ティータイム中だろうか、それとも間食でも食堂に食べに出ているだろうか。
キュリエとの約束、それを守りたくて、彼女の尊厳を、在り方を、意義を守りたくて、ここまで来た。
私がこれからどうしていくのか、ならば過去にあった事は、ジェライセさんに出会ってから、私の中での常識は崩壊して、それからは大人の目を盗んで、ジェライセさんと定期的にあっていた覚えがある、文献に記された古代妖精語、の読み方を学んで、ジェライセさんの所持していた文献を読み漁って。
あの頃から、この未来は視えていたとしたら、誰かに予言されていたのだとしたら。
私には視えない世界の存続の未来、という事を予言するものもいたのかもしれない、と少し郷愁に浸る、甲板に出て風を感じて、これからの事を憂う。




