第八話 苦いお茶
「約束通り、来てくれて感謝をするよ。」
「なんかあったら、先生が許さないじゃん!先生だけは生き残って、村の皆に行ってもらいに行く予定じゃん!」
「ふむ、その程度の警戒心は持たれても仕方がないね、私達に対する歴史的教育、を考えるに、一度助けられたからと言って、約束を守るという心意気は、ある意味警戒心が薄いとも取れてしまうからね。」
「……。それはない、私がそう説得しました、貴方の語る真実というものに、私達が危険を冒す価値があるのなら、と。もしそうでなかった場合、の措置も考えてあります。」
三日、テイラットが最後まで拒否していたけれど、結局私の探求心に付き合う形で、私達は水筒に冷たいお茶を入れて、母にパンを持たされて、「村の中を探検する」という名目で、門番さん達が交代でいなくなる数分、を狙って、村の外に出てきていた。
ジェライセさんは木の陰に隠れていて、ここは門番さんからは見えない死角、だという事はすぐに分かった。
問題は、ダークエルフであったジェライセさんが、今の私は理解している、村の近くというよりは「神木」の近くに居たのか、それに関しては未だに不明なままだ、彼の言葉に従うのであれば、獣を狩りに出ていたところに遭遇した、が正しいのだろうが、それにしても、自らの身を危険に晒して、神木の近くに立ち寄った理由としては弱いだろう。
ではなぜ、ダークエルフは神木に近寄っては危険だと言われているのか、妖精族側からもダークエルフを神木に近寄らせてはいけない、と学んでいた、そして彼も、神木の近くに立ち入る事は「己の尊厳を損なう事」だと言っていた、ならば、現在の私の様に未来を視る術でもあったのだろうか、その疑問に関しては、今でも解消されていない。
ダークエルフにとって、神木とはなんだったのか、という答えは知っている、私達妖精とにとっては、神木と母、命の循環の為に、あまねく魂を守る為に存在する、村毎に必ず存在する、というよりは「神木のある土地に村を作った」という方が正しい程、私達にとっては大切な事柄だった、その根源は巨大なマナの塊、マナとは、魔法を使う為に必要な、世界に循環している「視えない力」の総称であり、私達妖精は必ずマナに触れる素養「魔力」を持って生まれる、人間や亜人だった場合、魔力を持たずに生まれてくるものもいる、必ずしも、生まれる為に必要な要素、という訳ではないが、私達妖精にとっては「当たり前に持っていなければならない素養」として、マナに触れる力というのがあった、その総量や素養によって、魔力の量が変わってくる、魔力の量とは、詰まる所はマナを身体に貯蔵できる総量、の話だ。
私はその素養が中程度にあった、そしてアンクウとして覚醒してから、それが国の中でも選りすぐりの存在として認知される程、になった、ただそのマナの塊は、ダークエルフにとっては危険なものだった。
「ふむ、では行こうか、あまりご両親を心配させる様な時間帯に帰すのも気が引けるしね、私にとっても、君達にとっても、それは良い方向性にはならない。」
「あたしたちの事、心配してるのー?」
「あぁ、そうだね。私達の事をどう知らされているか、に関しては、私達の方でも教育をされている、私達が神木に近寄ってはいけない理由、私達が他の妖精と交わってはいけない理由、私達が、精霊の元に行ってはいけない理由、そんな事を教わっているからね。」
「精霊って、あれだよぇ?この国を治めてる、凄い人達の事だよねぇ……?じゃあ、やっぱりダークエルフって、悪い……。」
「テイラット、私達はジェライセさんを信じると決めたのです、男ならば、一度決めた事を反故にしてはいけませんよ。……。私は、ジェライセさんを信じます、ならば、どうして門番さんに殺される可能性があったにも関わらず、私達を助けて下さったのか、その理由が知りたい。」
私がかけた保険、と言うのは、私達が村に戻れなかった場合、手紙を遺して行き先を突き止めてもらう、という単純な保険だった。
誰かがダークエルフの住処を知っている事を前提とした、ある意味子供らしい希望的観測からなる保険、その程度しか私は思いつかなかった、私が出来た事、テイラット達を納得させて、万が一の際に大人たちによって救助を待つ事があるとしたら、という状況になった時に、大人達が私達が何処に行ったかを伝える手紙、というのを、私は書いていた。
ただそれだけ、私達の行き先が分からなかった場合、つまり誰かがダークエルフの居住地を知らなかった場合や、そもそも道中で伝承通りに殺されて血肉をすすられた場合、においては意味がない保険、それが私が当時出来た最大限の保険だった。
よくもまぁ、そんな危険な綱渡りをしたものだと、我が事ながら呆れなくもないが、けれどあの時は、テイラットを安心させられる要素、というのがそれ位しか思いつかなかった、それが事実だ。
「精霊に私達が触れてはいけない理由、もそうだね、ダークエルフが何故神木に近づいてはいけないのか、ならばどうして、神木に近寄らないのか、それに合わせて話が出来るかもしれないね。」
「神木に近づいてはいけない理由……。それは、ハイエルフが定めた法だからではないのですか?」
「それに従わないといけない程、私達はハイエルフに従属している訳ではないからね。それなりの理由がある、それこそ、私が私でいられなくなる程に、尊厳を奪われる結果が待っているだけだ、とダークエルフの歴史の中では説明がされているね。」
「尊厳って、なんじゃん?」
「尊厳とは、そうだね。私達が私達として存在している理由、君達にとっては、魔力の量だったり、階級だったり、そう言ったものが関係してくるのかもしれない、生きる為の理由や、価値と言ったものだよ。私達ダークエルフが神木に近づきすぎると、その尊厳を奪われる結果が待っているだ。私達ダークエルフにとっては、死活問題とも言えるだろうね。」
「尊厳……。」
あの時ジェライセさんが語った「尊厳」という言葉の意味、それが私にはわからなかった、否、その場にいた誰しもが、理解していなかった。
ただ、今ならわかる、キュリエの末路を知っている私は、ダークエルフにとって「尊厳」が損なわれる事が、どれだけ凄惨な末路を生み出すのか、ならばどうしてダークエルフはダークエルフとして生まれる事を許すのか、それに関して、私はテンペシア様に嘆願をした、ただその結果が「世界の営みには僕達は干渉する事を許されていないから」という回答だった。
歎願の際に、テンペシア様は驚いていた様な、そうでない様な、そんな表情をされていた、まだ竜神様の中では子供の方だ、と自信の事を仰られていた、しかし私達の寿命を超える年月を生き続けたテンペシア様の、あの驚きの表情は、ある意味「エルフである私がダークエルフであるキュリエを連れ、世界の守護者である自分の所に連れてきた」という事に関する驚きだっただろう、その驚きの感情が生じる程度には、妖精の中におけるダークエルフの扱いは差別的で、その在り方を鑑みるに、存在自体が尊厳を奪われている、と言っても良いのだから。
「このあたりで休憩しようか、このあたりは魔物も出てこない、と言われているからね。獣が出たとしても、私達にとっては狩りの対象だ、魔物であったのならば、私が君達を守ろう。」
「疲れたじゃんよー!ジェライセさん、後どんくらいでつくじゃんよー?」
「道のりはあと半分と言った所だろうね、この沼を超えて、私達ダークエルフが過ごしている洞窟の村があるからね。」
沼地、に到着した私達は、一時間は歩き続けていただろうか、子供にとって一時間歩き続けると言うのは、退屈であると同時に疲れる事だった、村の外に探検に出られた、と喜んでいたトリムントスでさえ、周囲に警戒をして、気を張っていたから疲れた、と言っていた。
私達は、おのおのが持ち込んだお茶を飲んで、パンを齧って、休憩する、現在は丁度午後一時、十二時に村を出たのだから、丁度一時間経過したことになる、という判断だった。
「ジェライセさん、それは?」
「ン?これは干し肉だよ、君達にはなじみがないかな?」
「干し肉……、確か、動物の肉を切って、血を抜いて味を付けて乾かした品物、でしたか。学校では習いましたが、食べた事は……。」
「食べてみるかい?この渋茶とよく合うんだよ。君達の舌に合う味付けか、という保証はないがね。」
そう言って、ジェライセさんは懐に入れていたずた袋から、干し肉を取り出して私達に渡した、水筒に入れていたお茶を急いで飲み干して、ジェライセさんが注いでくれた渋茶を、コップに注いだ、トリムントスは、「こういう時に限ってコップのない水筒持ってきたじゃん!」と嘆いていた、それ位には、私達は未知への探求心が強かった、臆病なテイラットでさえ、ジェライセさんに勧められた渋茶に手を出していたのだから、警戒心より探求心が強い、は間違いではなかっただろう。
「じゃあ、せーの!」
怖かった、という訳ではなかったが、なんとなく、という感情だった、未知への探求心を探求する時、その心が一つになる事がある、ある意味での運命共同体という奴だ。
「苦い、ですね……。」
「うぇー!」
「苦いよぉ……。」
「あ、でもお肉と一緒に食べると美味しー!」
四人それぞれの反応、と言っても、私とテイラット、トリムントスは、干し肉を齧る前に渋茶の苦みに耐え切れずえずいて、アリサだけは干し肉を口にして、美味しいと言っていた、ジェライセさんは、やはり子供には早かったか、という顔をしていたけれど、逆にアリサの反応に驚いていた。
その言葉を信じて、干し肉を一口齧った、この苦みが軽減されるのなら、何にだって手を出す、という勢いで、すがる思いで干し肉を齧った、が正しい表現だっただろう。
「……、本当です、美味しい……。茶の苦みが、調和していて……。」
「でしょー?一瞬苦いけど、旨味って言うのー?お肉のおいしさが引き立つって言うのかなー?」
「た、食べるじゃん!」
「うん……!」
私とアリサの感想を聞いて、テイラットとトリムントスも、縋る思いで干し肉に齧りついていた、その直後、普段は肉を食べないと言うテイラットでさえ、美味しい美味しいと言って、もっと食べたい、もっと欲しいとジェライセさんを困らせたものだ。
あれ以降、あの渋茶には出会っていない、あれはダークエルフ独特の文化圏における茶だった、だから、ダークエルフの集落に行かないと手に入らない、という事だった、今でも飲みたいと思う事はあるけれど、しかしそれは我儘というもの、私達妖精にとっての、ダークエルフの伝承を鑑みるに、それを依頼するのは妖精側にとって利も理もない。
今頃ジェライセさんはどうしているだろうか、生きているのか、それとも死んでいるのか、それすらわからない、詳細な事を知る前に、私はキュリエを連れてフェルンを脱した、ジェライセさんを誘う間もなく、共に生きていこうという機会もなく、彼とはそれっきりだ。




