第七話 竜神の在り方
「んん、この香り、この風味、癖になってしまってからは恋しくすらありますねぇ。」
「外園君はこれからジパングに居を構える予定だ、と言っていたっけ?確か、山の中腹の土地を受け取ったとか?」
「そうですねぇ、紅麗山、という、ジパングの中央にある山の中腹部に、現在家を建ててもらっているところです。」
「それはまた、紅麗山は信仰の対象だとか、そんな眉唾な話も聞いた事があるけれど、そんな所に家を建てて平気なのかな?」
「信仰、というよりは、麓の桜が近隣の観光地として認定されているだけだ、と麓の村の村長さんが仰られていましたねぇ。私の様な妖精と共生をする事をするよりは、隔離に近い形で距離をとった方が、先方としてもありがたいのでしょう。」
昔話を少々つまみながら、ノースディアンの南側、貿易において生計を立てているという「グリーンフィールズ」の貿易商から買った、というウィスキーを飲みながら、レッドチーズを食んで、香りを楽しむ。
私が行く先、旅の終点として選んだのは、ジパングは紅麗山、の中腹に構えてもらっている、そんな住居だ。
物品のやり取り、例えば外国からの輸入だったり、食料品の出入りに関しては、麓の村の村長と取り決めをしている、ジパングは物々交換が当たり前の社会で、金銭的なやり取りがあるとしたら、港町で船に乗るとき程度だ、と言われていた、だから、ジパングから外国に出る際には、港町で品物を金銭と交換して、港町から出る時に、また金銭を物品に交換する、という話だった。
その規約に基づいて、私が受け取った品を幾つか渡して、村から港に向かう馬車に運んでもらい、そして金銭を一緒に渡して、港でのやり取りを行って貰う、という事で決まっていた。
港から麓の村までは二週間程度、毎回私が品物を港まで受け取りに行って、という事をしていたら、それこそ居を構える意味がなくなってしまう、私はジパングに文献の研究に行く、と言うのが表立った目的だ、ならば、それに反する行動をしてしまったら、怪しまれる原因にもなり得るだろう。
「世界の滅亡……、神々による闘争の末の破滅、だったかな?外園君が予言した未来、と言うのは、今でも変わらないのかい?こう、外園君が動く事で、何か未来のヴィジョンが変わっただとか、そう言う事はないのかな?」
「……。変わってくれたのだとしたら、私の行動一つで未来が変わるのだとしたら、それは有難い話でしたがね。残念な事に、未だに世界は滅ぶという未来しか視えていませんよ。……。彼らが、未来を見た時に戦っていた、聖獣の守護者、と呼ばれる青年たちの死、を持って、この世界は破滅に向かう、竜神様に問うたことがありました、それでも良いのか、世界を守る為に存在している各々方が、それを放置する様な真似をしても良いのか、と。」
「それで、その答えは何だったんだい?」
「……。それが世界の営みであるのなら、自分達は干渉を許されていない、が答えでした。世界の営みとは何なのか、ならば守護神とはどうして存在するのか、それに関しては、デイン様にも答えてはもらえませんでしたね。」
世界の営みとは何か、世界の営みの中での滅びと、そうではない滅びの違いは何か、そこに関しては、テンペシア様も、デイン様も、答えてはくれなかった。
ただ、テンペシア様は、いつの日か私の動いた意味が出来るかもしれない、と言って、資金提供はしてくれている、それは旅を始めて百年、ずっと変わらない、今でも続いている、少年のような見た目に風の様な色の竜の翼をもった、碧玉の瞳の竜神様、莫竜テンペシア様は、竜神様方の中でも、「規律を重んじる」方だ、と言っていた、だから、人間同士がいくら殺し合いをしても、それが人の営みの範疇を超えないのであれば、何も言えないのだと。
事実、マグナでは戦争は続いている、千年前に起こった大戦争、その続きは、神々が直接手を出せなくなっただけで、人間同士が代替して行っている、その結果、マグナがひと柱による主権国家になった場合、についても、それが世界の営みなのであれば止められない、と言われた。
「世界を守ってほしい、と仰られながら、世界を動かす事は出来ないと仰る、竜神様方も、中々な制約の下に動かれているのでしょうね。」
「それを欺瞞だとは思わないのかい?世界を守る為に存在している、と言われている竜神達が、実際に世界の滅亡を予言した外園君に対して、資金援助はすれど、それ以上の事をしない、それは欺瞞と言い換えても良いのでは?」
「……。美咲さん、灰皿を頂いても?」
「ん、構わないけれど、私の質問には答えてくれないのかな?それとも、今は答えられない事、なのかな?」
パイプに葉を詰めて、魔法で火を灯して、一吸いして考える、あの時、テンペシア様が「世界の営みであるのなら、僕達は干渉を許されていない」と言っていた、ならば、「世界の営みではない世界の破滅」が同時に存在しなければ、その言葉がおかしいという事になる。
ならら、世界の営みではない滅び、とは何なのか、私では予言出来ない滅び、があるのだとして、それに対するカウンターが竜神様だったとしたら、それは納得が出来る推論だ。
「外園君?」
「いえ、少し考え事を。そうですねぇ、ダークエルフの事に関しても、世界の営みの範疇での出来事だ、とテンペシア様は仰られていましたし、そう考えるに、その言葉が欺瞞である可能性、もあるのかもしれません。ただ、私はそうは思わないのです。ジパングの守護者達、聖獣の守護者と呼ばれた者達は、九百年前の大戦争を沈めたのち、別の世界に渡ったのだ、と文献には記されていました、その名をセスティア、と言うのだとか。そのセスティアが関係する事、が世界の営みから外れた滅びの可能性はある、のでしょう。例えば、魔物に類する強大な何かが、この世界に踏み込んできたとしたら、その時初めて、竜神様方は動かれる、のかもしれませんね。」
「世界の裏側の話、だったかな?あの、竜神王による世界分割という絵本の出来事、それが真実で、私達がいるこの世界の他にも世界があって、そして聖獣の守護者はその世界に隠居した、それが外園君が得た情報だった、と言っていたね。」
「はい、セスティアという、この世界の裏側にある世界に赴いたのだ、と。もしかしたら、私達が暮らしているこの世界が、裏側と認識されているのかもしれませんがね。彼の世界の方々がどう認識をされていて、どうやって生活をしていて、どの様な文化文明を築いているのか、それに関しては、話してはいけないという掟があるのだとか。ですがそうですね、ともすれば、セスティアがらみの事、に関しては、竜神様方の管轄、なのかも知れませんね。」
「私はそんな世界がアルトも思えないし、そんな世界があるときいた事も無いからね。ただ、外園君の言葉には、不思議な説得力がある、とは思うよ。となってくると、ではどうして世界の営みに干渉する事を、それこそ世界が滅ぶ可能性があったとしても拒むのか、それに関しては、私にはさっぱりわからないよ。」
それは私もわからない、竜神様方には帰るべき場所がある、と言ったとしても、それが別の世界だから、この世界が滅んだとしても自分達が滅ぶわけではないから、だったとしたら、そもそもが表に立つ必要性がない、ドラグニートという国を統治して、施政者としている理由がない。
国を敷いて統治をしている、のであれば、そこに理由はあるはずだ、確かテンペシア様は五千年前に生まれたと言っていた、その頃にはドラグニートは存在していた、とも言っていた。
ならば、国として何かを守る理由がある、その理由がわからない以上、私達の話は推論でしかないが、何某かの理由はあるのだろう。
「そうだ、外園君に飲んでもらいたい品があったんだ、三年前に飲ませ損ねていたから、忘れる所だったよ。」
「それはそれは、楽しみが一つ増えたというものです。頂きましょうか。」
グラスを変えて、注がれるウィスキーは樽の香りが強いものだった、熟成に使っている樽の違いと、熟成年数の違いが伺える、香りをかいでみると、何とも得もなく懐かしくなるような香りだ。
こんな香りをかぐと、昔を思い出す、何処まで話しただろうか、そうか、紅い瞳のジェライセさんに助けられて、私はまだまだ魔法使いとして半人前にも成れていなかったと言いう事実、魔法を使えない種族だと言われていたダークエルフが魔法を使えたという衝撃、そして、その先で語られた、ダークエルフの悲しい現実と、フェルンが行った教育の欺瞞。
そんな諸々を思い出す、語るには丁度良い酒だ。




