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第六十六話 ハオ

「あ!待って!」

「……?」

「待たねぇよドジ娘!」

「おやおや。」

 竜神暦九千九百十四年、ジパングに居を構える事を決めてから、何十年かが経って、立派な屋敷を建ててもらった、という報告を受けた私は、ディーさんと合流をして、その居住地に向かう為に、ドラグニートの港に来ていた。

 そこで、何の因果か出会ったのがハオだった、私とハオの出会いは、ハオが手荷物を追いはぎに会う所、から始まった、そんな関係値だと覚えている。

「やれやれ、年端もいかない少女から追剥ぎ、ですか。頂けませんね。」

「なんだてめぇ!」

「頂けませんね、と言っているんです。止めておきなさい、という忠告ととらえてくださって結構ですよ。」

「んだとこら!?」

 宿から港に向かって、そろそろ船に乗ろうか、と思って行動をしている時に、ハオが慌てて粗暴な男性を追いかけていて、何かと思って少し見ていたら、ハオの手荷物を男性が奪って、という場面だった、私はほんのちょっとの親切心から、それを止めるべく男性に声を掛けた、男性は激昂していて、私にナイフを突きつけて襲い掛かってきた、それも覚えている。

 あの時、初めて人間に対して魔法を使った、と言うのもあいまって、私にとっては思い出に残っている場面だ。

『ジャックポットトリック』

「あん……、な、なんだてめぇ!いつからそこに居やがった!」

 ジャックポットトリック、その魔法は元来、魔法陣を描いて、その中にいる存在に対して幻惑を見せるという魔法だった、ただ、私程度の使い手になれば、魔法陣に誘導せずとも、直接脳内にイメージを送り込んで幻惑を見せる事は出来た、錆ついていたと思っていた私の魔法の腕前は、しかし幾ばくかも錆ついてはいなかった、今までは意思なきものだったり、意思があったとしても実験用の動物や魔物に対して使っていた魔法を、人間に浸かってしまってよかったのか、と問われると、相手はナイフを持って武装していたのだから、それ位の事はしても問題はないだろう、と言うのが私の判断だった。

「く、来るなぁ!こっちに来るなぁ!」

「自警団の方、そちらの男性がそこの女の子の荷物を奪っていましたよ。」

「妖精……?は、あれは魔法にかかっているのだな?感謝する。」

 男性に化け物が襲い掛かるという幻惑を見せている間に、自警団の方がいらっしゃった、だからその自警団に後を任せ、私は船に乗る、だけのはずだった。

「あ、あの……!」

「はい、私でしょうか?」

 少女に声を掛けられた、邪な気持ちがあったわけでもなく、ただ単に気まぐれで手を出しただけだったのだが、彼女からしたらそうではなかった、と言う話だった様だった、ハオはそんな事を仄めかしていた、現在においてはもう生きていないであろう、とっくのとうに亡くなってしまっているであろうハオは、あの頃、私が物語を紡ぎ始めた頃には、十歳だと言っていただろうか。

「あの、ありがとう、ございます!」

「いえいえ、ただ単に通りすがりで、ですので。お気になさらずに。君も船に乗るのでしょうか?」

「えっと、うん、研究の為に、ソーラレスに……。妖精のお兄さんは、何処に行くの?」

「私ですか?私はジパングに向かうのですよ。ソーラレスに向かうという事は、この船の経路としては君の方が先に目的地に到着する様ですね。」

 少女はまだ幼い顔立ちに、生まれてからずっと伸ばしていたのであろう赤毛をポニーテールにしていて、可愛らしい子供だった、しかし、研究の為に、と言っていたのを聞いて、私は内心驚いた覚えがある、ハオは妖精なのか?それとも長命な人間の種か亜人種なのか?と考えたが、何処をどう取ってもハオは人間だった、だから、研究者と言われて驚いた覚えがある。

「それで、研究の為にソーラレスに、とは?」

「えっと、私、宗教学者なんだ。まだまだ、ひよっこだけど……。」

「君、年齢は幾つですかね?」

「えっとね、十歳だよ。」

 十歳、その時衝撃を受けた、脳内に電撃を走らされた、という言葉が正しいだろうか私が十歳の頃、と言うと、まだまだ村の中の少年で、週に一二度の学校以外は、探検仲間と一緒にやいのやいのしていた時期だった、そんな時期の子供が、宗教学者として独りで他国へ渡ろうとしている、それに感銘を受けた覚えがある。

「お名前を伺っても?」

「ハオ、ハオ・ケイルだよ。妖精のお兄さんのお名前は?」

「私ですか?私は外園と申しますよ、旧友からは、先生と呼ばれていましたが、そうですね……。十歳の宗教学者の先生からするに、私の先生と言う呼び名はうすら寒いものかもしれませんね」

 ハオ・ケイル、その名はノースディアンでは有名なテオ・ケイルの一人娘の名前だ、とは知っていた、ノースディアン南部で国王の即位のパレードに来賓として呼ばれた際に、テオの名を聞いていた、北部の人間としては異端な人間で、外部的なつながりを強く持っていて、国外とのパイプ役を担っている宗教学者だ、その一人娘がハオという名だ、と。

 テオには挨拶をした事もあった、その時に言われた言葉が「妻が妊娠している、娘の名前はハオにする予定だ」という言葉で、その言葉が正しかったのであれば、あの場でハオと出会った、それは偶然ではなかったのかもしれない。

「君はテオケイルの娘さんですね?お父さんとは挨拶をさせて頂いた事がありますよ。」

「そうなの?パパと知り合いなの?でも、先生さんは妖精だし……。」

「国王の即位の際に、南部のグリーンフィールズで行われた祭典、に呼ばれたのですよ。その際に、テオの奥様が妊娠されている事を世間話程度にしたのです。そこから十年と少しですから、テオの娘さんが十歳で、君が十歳で、年齢はあっているでしょう。」

「そ、そうなんだ……!パパ、私にそんなこと言ってなかったなぁ……。」

「そうでしたか、私が一方的に知っていただけ、なのでしょうかね。まあ、良いでしょうとも。ハオ、君はソーラレスに向かうのでしたね?そろそろ乗船しないと、船が出てしまいますよ?立ち話良いですが、荷物があるでしょう。」

「あ、うん!先生、短い時間だけど、よろしくお願いします!」

「はい。」

 また随分と警戒心が薄いとでも言うべきか、ハオは私に懐いてくれていた、というよりは、それ以上の感情を私に抱いていた、それはわかっていた。

 ただ、ハオは人間、そして私はエルフ、生きる時間が違いすぎるのだし、そもそも彼女は元をただせばノースディアン北部の人間だ、人間以外と交わる事、に関しては禁忌とされているだろう、という事はわかっていた、だから深入りしない様にしていた、それでもハオは、私を特別視してくれていた、それが心地良いと感じなくもなかった、彼女に淹れてもらった茶の美味さは、生涯忘れる事はないだろう、彼女の事も、私が私として生き続けるうちは、忘れる事はないのだろう、それ位には、私とハオは仲が良かった、と言える。

 私は二週間の旅、そしてハオは一週間の旅の中で、親睦を深め合った、ともに食事に行き、ともに茶を飲み、ハオの研究の内容を聞きかじって、私の知っている情報を彼女に渡して、そんな事をするのが、私は楽しかった。

 ただ、彼女はもういない、あの子は、もう逝ってしまっている。

 人間の短い寿命の中で、ハオはどう生きて、どう逝ったのか、何を感じ、何を考えて生きていったのか、宗教学者として、ハオは何を学んでいったのか、それに関しては興味がなくはないが、それを聴く機会は逸してしまった。

 ただ、それで良い、それで良いのだ。

 人間とはそういう生き物で、私達エルフとはそういう生き様で、そういうものだ、と私は結論を出したのだから。

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