第六十五話 竜神暦一万年
「竜神暦、一万年ですか……。」
竜神暦一万年、この世界がこの世界として成立してから、一万年の時が経った、らしい。
ドラグニートでは、竜神暦を祝うパレードが各地で行われているのだとか、そんな話を聞いていたが、生憎と私はそれに参加する理由がなかった、レイン君に「球には気を抜いたらどうですか?」と聞かれたが、私はこれでも気を抜いている方だ、と自認している、来る滅びの時、竜神暦一万と十四年になる頃にはぴりついているのだろうけれども、今としてはまだ気を抜いている方だ。
この世界が成立してから、つまりはドラグニートが創立してから一万年と言う時間が経った、と言うのは、竜神様方にとっても一つの節目らしい、何の節目なのかと問われるとわからないが、私にとっては与り知らぬ何かがあるのだろう。
「ふー……。」
ディーさんは、老衰で亡くなってしまったらしい、ドラグニートに赴いて墓参りでもしようか、と考えたこともあった、ただ、彼はそれを望むだろうか、と考えた時、それを行う事を是としなかっただろう、と考えて、それをやめた。
ディーさんはきっと、泣いて見送るよりも、私に役目を果たす事を優先して欲しいと願っただろう、私に、笑って見送って欲しいと願っただろう。
「ディーさんに。」
ウィスキーを傾けながら、そう言えばディーさんはウィスキーが飲めないタイプの方だった、と思い出す、彼が飲んでいたのは基本的にワインで、ウィスキーを好まない、と言っていただろうか。
月明かりに照らされるベランダのテラスの中で、私はディーさんを偲び、ウィスキーを飲んでその魂の行く道が、きっとまた出会える様に、と願う。
「手紙、ですか。」
数日後、ドラグニートの建国一万年祭が終わったらしい、という事を噂程度には聞いていた私は、とある人からだ、という手紙を受け取っていた、神童の家系の子供とも、もう何代目の付き合いか、幻夢君と関わっていたのが約八十六年前、順当にいけば、四代目程度にはなるのだろうか、幻夢と言う名を受け継いだ青年、は何時だって快活な人物像で、名前を継げば性格も継ぐのだろうか、などと疑問を持たなくもない、そんな感覚だ。
して、手紙とはだれから来たのか、封書には何も書いていなかった、誰からの手紙なのか、は読んでみないとわからない、という訳だ。
ー外園君へ
これを読んでいる時、私は一旦船を降りているという事になるのかな、グランマリア号が傷んできてしまっていてね、次の船を造船するのに時間がかかる、という事で、暫くはドラグニートの港で商売を私用と思っているんだ。相変わらずクレールは仕入れているから、きっと飲みに来ておくれ。ディー君の子とは聞いたかい?私も休暇を使って彼の墓参りに行ったんだが、息子のレイン君がこれまた彼に似ていてね、勝気な性格ではあるけれど、しかし涙脆い情に厚い子だ、彼とは品物のやり取りをしているんだろう?会った事があるとしたら、きっとディー君を思い出して笑うと思う、それ位には、彼らはそっくりだからね。それでは、手紙を書くというのも歯がゆいものだ、だから、きっと会いに来ておくれ。
美咲ー
「美咲さん、でしたか。」
封書に名のない手紙、美咲さんからの手紙だったそれは、彼女が几帳面で達筆である事を示していた、彼女はディーさんの墓に参りに行ったらしい、という事はわかった、私もいつの日にかは行くのかもしれない、いつの日にか、私が弔いを許されたのであれば、彼の死を悼みに行く日が来るのかもしれない、キュリエの墓を作ったり、消されてしまったであろうゾキュペ村の住人達の墓を再建したり、そう言った事をするのかもしれない、ただそれは今ではない、今私にはやらなければならない事がある、成さねばならぬ事がある、私には、やり残したことがある。
弔うのは、悼むのは、尊ぶのは、その後の話だ、世界の滅びを回避しない事には、全てが終わってしまうのだ、竜神様方が、セスティアに命を運び出すとも思っていない、彼らは、滅びの種別によっては動いて、滅びの種別によっては一切合切動かない、それがあの方々にとっては当たり前で、私達にとっては理不尽だったとしても、不条理だったとしても、あの方々にとってはそれは共通項だ。
私が動いている事を是として、支援をする、それが「彼らの動かない滅びに対する対処」の限界なのだ、とテンペシア様は仰られていた、ならば竜神様方が動かれる滅びとは何なのか、と問われた場合「闇による滅び」がそれに該当する、という所までは聞いた事があった、闇による滅び、言い換えれば「魔物による滅び」が、竜神様の動かれる管轄の事柄なのだ、と私は聞いた事があった。
私が予言したのは「神々の闘争の果ての滅び」であって、「魔物に起因する滅び」ではない、だから竜神様は動かれない、言葉遊びのように聞こえてしまうかもしれないが、しかしその制約がなければ「竜神による世界統治」など簡単に出来てしまうだろう、私が今まで出会ってきた「神」だったり「施政者」だったりの中で、デイン様を超える魔力の持ち主はいなかった、竜神様を超え得る魔力や力を持っている存在、と言うのに、私は出会った事がなかった。
近しい存在で言うのであれば精霊や、ソーラレスの統治者「仏陀」がそれに該当しそうだが、彼らは竜神様より優れた魔力や能力を持っている訳ではなかった、ならばマグナの神々はどうか?と問われた時、私は触れた事がないからわからない、と答えるだろうが、しかし直感はしていた、「竜神様に敵う魔力の持ち主はいない」と言う現実を、私は頭のどこかで理解していた。
「グランマリア号は、そうですか……。」
百三十と何年か前航行を開始したグランマリア号、それが終わろうとしていると言うのは、時代の流れを感じる、帆船が何十年かで傷んでしまって、使い物にならなくなるという話は聞いていた、蒸気船がどれ位の期間を航行出来て、どの程度の耐久を持っているのか、については知らなかったが、百何十年か、という長い運航期間を終えて、という話なのであれば、それはそれで一つの時代の終わり、なのだろう。
新しい船が出来るまで、どういった形態の航行がされるのか、ならば世界はどういった発展の方向性を進んでいくのか、それに興味はある、無い訳ではない、ただ、私にとって、それらはすべて「あるかもしれないが、防いだ先の未来」でしかない、と言うべきか、私が予言した世界の滅びを回避した結果、に発展はあるのだろうが、私が予言した通りに世界が滅んでしまうのだとしたら、そこで発展も文明も、何もかもが終わってしまうのだ。
「クロノス神、ですか……。」
冥府タルタロスに幽閉されている「豊穣の神クロノス」という、ティタン族と呼ばれる巨人の神の末裔、最後のひと柱と、オリュンポスの神々、と呼ばれるそのクロノス神の末裔達による、世界滅亡へのカウントダウン、その時計が現実になるのであれば、後十四年、たった十四年後に、世界は滅びの道を歩んでいく。
防げるのだろうか、間に合うのだろうか、聖獣の守護者達という青年達を、無事に帰還させる事は出来るのだろうか。
それが私の使命、それが私の宿命、定めという事なのだろう、滅びを予言し、そしてそれを止めたいと願った、その時点で私の未来は定まっていた、彼らに助力して世界の滅びを防ぐのか、それともただただ未来を視た通りに傍観をするのか、二者択一の選択肢しか、私には残されていない。
私は世界を守りたいと願った、ならばそれ以外の未来は考えるべきではないだろう。
美咲さんの所で飲む酒、と言うのも、またいつの日か味わえれば、それはそれで幸せなのだろう、そんな考えと共に、私は美咲さんへ手紙を返そうと、羽ペンを取った。




