第六十三話 ディーさんはそろそろ
「ディーさん、御久しゅうございます。」
「あはは、君は変わらないね、外園君。僕はこんなにも、おじいちゃんになったって言うのに。」
「それがあるべき姿だ、と思いますよ、ディーさん。」
息抜きに、と言うのには少し長い時間だった、ただ、逝く前に会いたい、と旧知の仲の友に言われたら、それは会いに行く以外に選択肢はないだろう、そう思って、私は屋敷を何十年かぶりに空けて、港街まで足を運んでいた。
港街、この街は何時だって最新のトレンドを仕入れている、どちらかと言うとジパングよりドラグニートよりな発展の仕方をしていて、天然ガスの噴出孔が見つかった際には、ガス灯に切り替わるかもしれない、という話だった。
ただ、今の本題はそこではない、私は宿に足を運んで、旧知の仲であるディーさんと話をしに来ていた、ディーさんがそろそろ寿命が近いから、と言って、身辺整理をしている最中だ、という話は聞いていた、そこに関しては手紙のやり取りの中で知っていた。
ただ、もうお爺ちゃん、祖父になったと言うディーさんは、若く頼もしかったマズルを皺くちゃにして、顔も好々爺と言った風になっていて、百年と言う年月が過ぎた、という実感を私はしていた、私達妖精が数千年を生きる中で、竜人は数百年の時を生きる、その齟齬があるからこそ、私達は見た目が違う、私が二十代の人間だ、と誤認されている様に、ディーさんは好々爺と言った風体になっていた、確かにそろそろ、時間なのだろう。
「おじいちゃんになった、と言っても、ディーさんはお孫さんがいらっしゃるのですよね?私はレイン君とのやり取りはさせていただいていますが、レイン君は子供がいらっしゃらなかった様な、そんな気もしますが。」
「うん、孫って言っても、娘の法の孫だからね、レインにもそろそろ腰を落ち着けてほしいけれど、でも、あの子はまだまだ血気盛んだからね。」
「そうですねぇ、レイン君は少々勝気な性格だ、と幻夢君も仰られていましたね。しかし、それなりに良い関係値を築いている、と手紙で仰られていませんでしたかね?」
「うん、関係としては良いんだけど、そうだね……。家督を継いだ以上は、それ以降の子孫を残してもらわないと、ちょっと家系として途切れてしまうから困る事もある、って言うだけなんだよ。僕達は世界を回る行商人、それと同時に、テンペシア様に各国の状況を伝える特派員でもあるからね。流石にほかの国の云々に手を出す程の使命があったりするわけでもないけど、僕達見たいな国を回る存在って言うのは、竜神様にとっても有難い存在らしくてね。だから、レインには子供を成してもらって、僕達の家業を継ぐ存在を産んでもらわないといけない、っていう事になるかな。」
「そうでしたか。竜人であられるディーさんにも、色々と都合があるのですね。」
思えば、ディーさんは背筋がしゃんと伸びているタイプだった、優し気な瞳に関しては変わらないが、けれども、少しばかり背中が曲がっていると言うべきか、腰が曲がったというべきか、年齢を重ねていると言えば年齢を重ねている、とわかる変化があった、それを悲しいとも思わない、それは当たり前の事で、私達エルフがそれを経験するのが遠い未来なだけで、いつかは来る未来、私もいつか、おじいちゃんと言われて、庭仕事でもする未来があるのかもしれない、滅びの未来を防げた場合、の話ではある、前提として、滅びの未来を変えなければならない、それはわかっている。
ただ、そうである未来、を夢見ない事はない、私がどういう未来を生きて、どんな死にざまを描くのか、に関してはわからないが、けれども、未来がある限りは何を夢見たとしても良いだろう、と。
夢を見る、と言っても、私は滅びの未来をどうにかする事で手いっぱいだ、だからそう言った夢想をする時間はほとんど取れていない、そもそも私は夢想かな方ではない、どちらかというと科学者や歴史学者と呼ばれる類の人間、研究者気質とはよく言ったものだ、という類の妖精だ、だから夢を見る事は殆どない、寝ている時に見る夢ではなく、叶えたい方の夢を持っていた期間、は七百と何十年間生きてきて、殆どなかった。
「そう言えば、竜人腫の方は竜人腫の方と鹿結婚をされないのでしょうか?私はそのあたりに詳しくありませんので、知る由もありませんでしたが。」
「ううん、人間と結婚する事も、子供を為す事もあるよ?そもそも僕達のご先祖様、源流の源流は、竜人ではなくて、竜だったって言う話だしね。確か、人間に惚れた竜が、その姿を人間に似せて、子を孕んだ、って言うのが僕達の興りだったはずだよ。そこから、それぞれの属性に枝分かれしていって、僕なら風でテンペシア様の都市で、って言う風に、棲み分けをして行っただけ。だから、別の属性の持ち主でも子供を為すし、人間とも子供を為すし、もしかしたら、妖精とも子供が出来たりする、かもしれないね。そこに関しては、歴史の授業でも習わなかったけれどね。」
それに関しては知らなかった、私は竜人の方々の興りを知らなかった、知る気かっ気が無かった、という事もあって、久しぶりに講義を聴く様で楽しくなっていた、ただディーさんの用件はそこにはない、講義は良いが、私達の時間はあまり残されていない、別れの挨拶をしに来た、事位わかっている、それ位の察しはつく、流石の私もそこまで鈍感ではない、手紙のやり取りでは百年以上、ある意味、私がジパングに居を構えると言った事をテンペシア様に告げて、そこからディーさんとの交流は始まった、それから百年飛んで何十年か経ったのだろう、そんな間柄のディーさんの魂が、眠りにつこうとしている、別れとは、何時だって切ない。
「ディーさん、貴方がいてくださらなかったら、私はジパングに居を構える事を出来なかったでしょう。感謝していますよ。」
「それを言われちゃうと、なんだかな。僕はテンペシア様の命で力を貸してただけ、だったはずなんだけどね。……。やっぱり、僕は泣き虫だ。」
ディーさんは涙脆い、それはずっと聞いていた事だった、素子て見てきた事だった、ディーさんが涙を眼に浮かべて、その優しい瞳をうるませる姿、を私はなんども見て来た。
ただ、それを見られなくなる、ディーさんが涙を流して、美咲さんと私が慰めて、酒を共に煽って、笑いあって、語り合って、そんな事がもうすぐ出来なくなってしまう、それは理解していた。
八十年と少し前の話、だったのかもしれない、その時に私達は違う道を歩き出したのかもしれない、ただ、それでも。
短い時間だったとしても、同じ道を歩けた、それが嬉しかった。
「ディーさん、涙は時として、人の心を救うのですよ。貴方の涙は、何時だって誰かの為にだった、私が境遇を漏らした時にも、貴方は私の代わりに泣いてくださった。……。私は、それが嬉しかったのです。キュリエを失った時でさえ泣けなかった私を、泣く権利を持っていないと思っていた私の代わりに、貴方が泣いてくださった。私はうれしかったのです、涙を流してくれる朋友がいる事が、同じ世界を守る為に行動をしてくれる、そんな存在がいていくれた事が、たまらなく嬉しかったのです。それは、これで終わりなのかも知れません、貴方は、もうすぐ眠りにつくのでしょう。ただ……。ただ、私は忘れません、貴方の事を、ディーさんと言う、かけがえのない友がいた事を、忘れません。」
「外園君……。ありがとう、ありがとう……。」
別れを告げなければならない、今こうして別れを告げなければ、私は生涯いう事が出来ないだろう、ディーさんという朋友を、見送る事は出来ないだろう。
「きっと、転生したら。私は、貴方を探しに行きますよ。きっと、約束します。」
「……。うん、きっと、また会えるよね。僕達、きっとまた会えるよね。その時、僕が覚えていなかったとしたら……。きっと、外園君が声をかけてね?」
「はい、約束です。」
ディーさんの老いた手をなでて、そろそろディーさんは船に乗船して、ドラグニートに戻らなければならない時間だ。
別れは済ませた、別れの言葉は、きっといつかあるかもしれない再会の言葉で良い。
私達は、それで良いのだ。




