第六十二話 美咲さんの師匠
「美咲さん、少しだけ御久しゅうございます。」
「旅の半ばかい?」
「はい、今度はノースディアンの国王が、先代の娘様が継がれたので、そのご挨拶に。」
バーデュボアに顔を出すのが定型になってから何度か、私は時折船に乗る用事があり、その度に美咲さんの所に顔を出していた、クレールが飲めるかどうかは運次第だ、と言われていたが、私は不思議と乗る度にクレールを頂いていた。
「君はどういう立ち位置なんだろうか。ノースディアンの国王が即位される話は聞いていたけれど、それに呼ばれる来賓、なんていう妖精がいるとも思えないからね。あの国はそう、鎖国的な国だっただろう?それこそ、北部には原住民でなければ人間でさえ入れなかったはずだ。」
「そうですねぇ、ドラグニート側の特使、というと少し語弊があるのでしょうかね。何と説明申し上げればよいのやら。それは私の根幹的な目的、にも関わって来る事ですので、あまり公言をするべき事でも……。いえ、しかし、美咲さんにならばお話しても良いのかもしれませんね。この船に乗り始めて数年間、美咲さんが私の事をフェルン王家に報告していない、と言うのは、私にとっては信頼に値する事なのでしょうしね。」
私は、美咲さんに前置きをした、これから話す事は何があっても他言無用、つまりは黙っていてくれ、フェルンに話す事をしてくれるな、と。
「……。そんな未来が待っている、そんな事が……。それで、外園君は世界を回っているのはどうしてだい?その聖獣の守護者というキーマンが亡くなってしまったら世界が滅ぶ、と言うのと、君が世界を回っているのには何か動機があるのかい?」
「もしやするに、守護者に対する協力者が現れる可能性、守護者にとって、サポーターが現れる可能性がある、その為にも、滅びを防がんとする勢力を育てておきたいのです。」
美咲さんは、私の滅びの予言だったり、私がそもそもどういった種別の存在で、どんな生き方をしてきたのか、という語りに対して、たいそう驚かれていた、信じられないものを見る目、疑いではなく驚愕の眼差し、を私に向けていた、そもそもが大きな瞳をさらに丸く開いて、私の言葉をなんとか受け入れようとしていた、そんな顔をされていた。
それはそうだろう、各国の施政者達は、まだ竜神様方から「千年後に戦争が起こる」という事を知らされていて、その言葉を継承していたから、まだ飲み込みが早かった、それによって世界が滅ぶ可能性、という未来を示唆した私の言葉も、まだ飲み込みやすかっただろう。
ただ、美咲さんは違った、美咲さんは一人のエルフ、訳知りな方だ、諸々の事情に通じている部分がある、と言っても、世界崩壊の未来の事も、アンクウの事も、知り得なかった、だから、言葉を飲み込むのに時間がかかる、それは当たり前のことだ。
「それが本当だったとして、ダークエルフの少女とフェルンを脱したのが六十年前、なのかな?」
「はい、キュリエとフェルンを脱して、そして別れてから、もう何年経ったのか、数えたくないという気持ちもありますがね。私は、記憶しておかなければばならない事がある、私が覚えていないと、村の皆も、キュリエも、誰かの記憶から忘れされてしまうのですから。」
「……。それを私に話してくれた、という事は、そうだね、私をある程度信頼してくれている、という事になるのかな。」
「はい、美咲さん以外には、まだお話をしたのは施政者達だけですので。」
「……。そうか。それは、応えなければならないのだろうね。」
美咲さんは、腰に手を当ててため息をついた、と思ったら、私が秘め事を話した返しとして、彼女の秘め事を話してくださった、それが信頼の証になれば、私達にとって、互いに秘密を話し合う事が、信頼関係の一助になれば、と考えたと美咲さんは仰れていた、ただ、実際の所美咲さんがどうしてその悲しい生い立ちを話すに至ったのか、そもそも秘めていた理由は、そう思わなくもない。
「私の出身地は話した事があったね?クレール地方の片田舎、ルポセ村の葡萄踏みの娘、それが私の経歴の最初だ。……。そして、私の両親はウィザリアに私を連れていき、そして私を奴隷商に売り渡した、帰りの駄賃が無かったんだろう、私を奴隷商に売り渡す事で、彼らはフェルンへ帰る片道切符を手に入れようとした。私の両親は元来商人でね、私は葡萄踏みを手伝っていたけれど、両親はそれを是としなかった。私が小さい頃の話だ、ウィザリアに行ったら儲かる、という眉唾な話を信じた両親は、私を連れてウィザリア行きの帆船に乗り込んだ、そこまでは良かった、私も、両親が商売の為に行くと言ってきかなかった、という話は聞いていたけれど、けれども、私が両親に反対する理由も無かったからね。」
「ウィザリアに商売、とはまた奇特な……。」
「そうだね、良い言い方をすれば奇特、悪い言い方をすれば無謀すぎたんだ。結果、片道切符だった私達は、すぐにウィザリアの洗礼を受ける事になった、私達が上陸してすぐに、私達は反乱分子として捕縛されて、金品を没収された。君はウィザリアに行った事はあるかな?あの場所は、そういう法治的な事柄が一切通じない、そんな地だからね。そして、私は目を付けられた、私の持っている魔力、水の性質を持つ者が、丁度欠品していた、とね。両親は迷わずに、私を捨ててフェルンに戻る事を選んだ、私の命よりも、自分達の命を優先した、という事だね。なんと馬鹿々々しい話か、彼らが望んで私は望まなかったウィザリア行を、私の命で無かった事にする、そんな事をしたのだからね。そして私は、奴隷商に売り渡されて、水属性に組する者の研究材料として扱われる、かに思われた、ただ、幸か不幸か、私を買い取ったのは、奴隷商から私達奴隷を買い取って、解放するという事をしていた師匠だった。師匠は、そうさね……。ウィザリアにいた研究者でありながら、けれども私達の様な奴隷と言う形、を許せないと言っていた派閥の長の人間でね。奴隷は基本的に早い者勝ちで買い取られる、だから奴隷商に近づいて、私の様な者達を助けている、と言っていただろうかね。そして私は、師匠に連れられて研究所に赴いた、そこから先は暫く、研究者として生きていたよ。酒が好きな師匠の傍らで、酒の話をよく聞きながら、時に成人した後、大人になった後には共に酒を酌み交わして、私達は仲が良かったのだと思う、他にも奴隷商に売り払われた人間や妖精を匿っていてね、私達は兄弟と言って過ごしていたかな。」
「奴隷を買い取る、というカウンターをされていた方がいらっしゃった、と。それもまた奇特な話ですね。して、その研究者だったはずの美咲さんが、こうしてグランマリア号のバーテンダーとして活動されているのは、どういった経緯があるのでしょう?」
美咲さんの過去、両親にウィザリアに連れていかれ、商売をする為に行ったのにもかかわらず、すぐに金品を取り上げられて、そして奴隷商に買い取られる形で両親はウィザリアを脱した、その後は会っていないし、生きているのか死んでいるのかもわからない、と美咲さんは仰られていた、美咲さんにとって、家族とはその「師匠」や「兄弟」の事を指し示すのだ、というお話をされていた覚えがある。
「兄弟達とは今でも話をすることはあるけれどね、師匠が逝ってしまったんだ。人間は生きる時間が短い、私達妖精に対して、十分の一以下の年月しか生きられない、だから、師匠が研究者として逝って、私達は研究を続ける意味がなくなってしまったんだ。師匠がいたから、師匠に拾われたから、師匠に救われたから、研究の手伝いをしていたのに、その師匠が先に逝ってしまうんだから、人間とはかくも儚い生き物だ、と痛感したよ。それからはそうだね、師匠の伝手、師匠が散り際に用意してくれた伝手を使って、私達は散り散りになった、今でも師匠の跡を継いでウィザリアに残って研究を続けている者もいるけれど、十何名かいた兄弟の中で、生き残っているのもそもそも三人、それ以外は須らく逝ってしまった。一人はドラグニートに渡って商売人になって、一人はウィザリアに残って研究の跡を継いで、そして私は、師匠が好きだったアルコールの卸元、に修行に入って、そこからバーテンダーになり、そして今ではここ、グランマリア号でバーを開くに至った、という話だ。」
「美咲さんのご兄弟、という方々は……。」
「今でもたまに会う事はある、と言うか、私の元に会いに来てくれる事があるんだ。私がフェルンに行く用事があったりすると、私に買い物を頼んできたりするものさ。これが師匠が遺してくれたペンダントでね、獅子の模様、伝説に語られる獅子の模様は、その意味を気高く生きろ、と言っていたね。私達は、その言葉に従って、それぞれの道を歩いて来たんだ。それぞれの道を、気高く誇り高く生きていけ、それが師匠の今際の言葉でね。その言葉に従って、迷いなく生きている、それが今の私だ。どうしてバーテンダーを目指したか、と問われると、そうだね……。クレール地方のワイン、と言うのは酒豪の中では有名な品物でね、伝説に近しい品物、と言い換えても良いのかもしれない、一級品なんだ。それを飲みたい、と師匠は言っていた、だから私は、クレール地方の出身者として、クレールを世に広める為に、師匠が転生して、また出会った時に振舞える様に、それを買い付けている、という話だよ。」
ウィザリアにおける権力闘争、それは激しい事柄だと認識していた、私はキュリエを連れて行って一週間と少しだけ過ごしていたが、その中だけでも狙われ続ける程度には、ウィザリアは外敵には敏感で、内部での覇権争いも激しかった、と認識している。
その中で過ごしてきた美咲さんが、こうして今を過ごされていた、と言うのは奇跡に近かったのだろう、ならば両親の手で奴隷商に売り飛ばされた時点で、対外的な不信に陥っていたとしてもおかしくはないだろう、それを拾ってくださった方、が余程得の高い方だったのか、それとも美咲さんの定めがそう準えたのか、それは今でもわからない、ただ、美咲さんがペンダントを見せてくださった時、とてもうれしそうに笑っていらっしゃったのを、今でも覚えている、基本的には笑う事があっても微笑む事はなかった美咲さんが、微笑みを浮かべられていた、それだけ思い入れ深い方なのだろう、私にとって、キュリエが運命の転換点だった様に、美咲さんにとっては師匠の方が転換点だったと認識しているのだろう、と私は推測していた。




