↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/67

第六十話 美咲さん

「これが、蒸気船……。」

 キュリエを失ってから何年か、十何年か、私はドラグニート秘蔵書物庫に通う日々を送っていた、そこに滞在する研究者とも連携をして、ダークエルフに関する記述、を増やしたり、キュリエの末路から辿って、ダークエルフが暴走する理由だったり、そう言った理由を探したりしているうちに、十年以上の月日が経っていた。

 移動するきっかけは、サウスディアンの施政者、国王が変わった為、私の予言を改めて聞きたい、という依頼があったからだ、その為に、私は六百五十五歳の時に、初めて蒸気船と言う船に乗る事になった。

 蒸気船グランマリア号、私が初めて乗船する五年前に、帆船から切り替わって運航を始めた、という大型船、帆船が百人乗れればいい方だったのに対して、五百名程度は乗れると言われていたグランマリア号は、船員や荷物を運ぶ為の馬車、馬を除いても何百人かは乗船できる、という話で、そもそもが「貿易商」以外があまり国単位での出入りをしなかったこの世界において、観光や旅行の為の移動、に対して画期的な発達として受け入れられていた、ただ、フェルンだけは蒸気船の受け入れをしていなかった、鎖国的な施政をしていたフェルンからしたら、革新的な技術と言うのは、かえって邪魔になる、という話だったのかしれない、とは誰かが言っていた。

 かくいう私は、そもそもが国家間での行き来をている類の存在だった、だから帆船だろうが蒸気船だろうが別段変わらない、とは思っていたのだが、一か月の航行によって移動していた帆船に対して、その四倍、一週間で国家間を移動出来る、と言うのは有難い話だった、そんな記憶だ。

「喫煙所、ですか。」

 船に乗り込んで、客室には禁煙と書かれていた、パイプや煙管、葉巻の類を吸ってはいけない場所、として定められた客室に代わって、喫煙所という、タバコを吸っても良い場所、というのが設置されていた、それがデッキにあるテラスで、日が差して暖かかったり、暑かったり、ならば冬季であれば寒くなったり、という場所で、パイプの類を吸う様に、と言うのが、グランマリア号の決まり事だった。

「ふむ、こちらはバーですか。」

 船が出航するまで、フラフラと船内を探検していた私は、「バーデュボア」という看板の立てられたバーを、五階建ての船の中での五階で見つけた、最上階、デッキの横と言うべきか、デッキに面したバーは、私が暫く禁酒をしていたのもあって、魅力的に感じられた、あの頃の私は、ノースディアンで受け取っていた睡眠用のハーブを使って睡眠をとっていた為、深酒をして酔っぱらって眠る、という事はしなくなって久しかった、そして、酒を浴びるように飲んでいた反動とでも言えば良いのだろうか、それともキュリエの前で酔っぱらう訳にはいかない、と思っていただけなのか、酒から無意識に意識を遠ざけていた、そんな中で、バーデュボアを見つけた私は、何を思ったか久しぶりに入ろう、と考えた。

 カランカラン

「いらっしゃい。ん、見ない顔だね、グランマリア号は初めてかな?」

「貴方は……。エルフ族の方ですかね?このような場所で、同胞に出会うとは……。」

「ん、君もエルフか。そうだね、私のようなエルフがここで働いている、というのは少々不可思議かもしれない、ただ、私にも事情があってね。君もそうじゃないかな?まあ、座ってくれ、美味い酒を昼間から嗜む、なんて事をするのもオツじゃないかい?」

「はい、お邪魔致します。」

 日差しが窓から入ってきて、少し薄暗がりではあるものの、陽光に照らされて綺麗な店内に、まだほかに客はいなかった、バーテンダーと呼ばれる、バーのマスターが独りカウンターに立っていて、そのバーテンダーは女性のエルフだった、翡翠色の瞳、尖った耳、ポニーテールに結んだ金色の頭髪、パンツスーツに身を包んだエルフの女性、そんなエルフの女性が、私を出迎えてくれた。

「君、名前は?」

「外園と申します、名は捨てました。」

「名を捨てた、か……。私は美咲、美咲・デュボア。ここ、バーデュボアでしがないバーテンダーをしている、奇特なエルフだ。出身はクレール地方はルポセ村だよ。君の出身地は?」

「……。私の住んでいた村は、滅んで久しいのですよ。ですから、美咲さんの様なお若い方には、わからない地域かも知れません。地方としては、クレール地方の反対側の、オンブル地方だったと記憶しています。ただ、私は幼少からロザウェルで過ごしていましたので、あまり記憶にも残っていないのですよ。」

 美咲さんは、ハキハキとした話し方をされる方だった、顔立ちが整っていらっしゃるというのもあったが、こういったハキハキと話される方は、色恋も多そうだ、と認識する。

 かくいう私も、キュリエの事が無かったら、美咲さんに一目惚れをしていたかもしれない、そんなレベルで、美咲さんは美しかった。

「オンブル地方で、滅んだ村……。すまない、私はまだ若輩者でね、そのあたりに関しては知り得ないんだ。」

「いえ、フェルン王家にとっても、それは秘めておきたい事の様ですから。今の名をウィアデストロイド、という村が、私の出身地です。」

 隠していた訳でもなかったが、美咲さんがもしこの事をフェルン王家に告げ口した場合、追っ手が来る可能性はあった、私をアンクウとしての職務に戻らせようとする王家の策略があったのかもしれない、ただ、美咲さんは「それをしない」と何処かで私は理解していた、第六感、勘と言うやつだが、私は美咲さんは王家にその話をしない、と何処かで感じていた。

「ウィアデストロイド、確か、産業としてはウィスキーの醸造が主だった産業だという村だったはずだったけれど、あの村は一度滅んでいるのかい?」

「私が幼少の折ですので、六百と何十年か前の話ですがね。」

「そうか……。あの村は新興的な村だ、とは聞いた事があったけれど、一度滅んでいたとはね。私には知りようがなかった、というよりは、フェルンにおける教育では殆ど習わないんだろうね。……。外園君、ワインは好きかい?」

「ワイン、ですか?好みますが、私はどちらかというとウィスキーを飲む事が多かったですね。」

「好むのなら話しは早い、私の故郷であるクレール地方の名産品、知っているかい?クレールというワインなんだが、私の故郷のルポセ村でも、葡萄が育つ季節になると、それを収穫して、女子供達が踏んで、それをワインにしているんだよ。そもそもはクレール地方に伝われる祭事、精霊であるウィル・オ・ウィスプに捧げて、それから村人達の安寧を願う為に飲む、というのが興りのワインでね、私は伝手があったから入手できたけれど、基本的にはクレールに住まう者達、しか飲めない貴重な品だ。飲んでみるかい?」

「その様な貴重な品を頂いてもよろしいので?」

「あぁ、君の様なエルフには、それが必要だろう。酒は時として心を洗う、酒は時として心を癒す、私の師匠の受け売りだがね、私の心に秘めている言葉でもある。」

 美咲さんはそういうと、赤ワインと呼ばれる種類のワインを、グラスに注いでくださった、私が今でも覚えている味、私の屋敷の冷暗所に保存してあって、何十年か熟成をしているそれは、そこで初めて頂いた、初めて飲んだ時、得もなく懐かしさを覚えた、どこか懐かしくて、何処か哀愁があって、そんな味だった。

「……。美味しいです、とても。」

「そうだろうさ、私も故郷に戻らなくなって久しい、と言うべきかな、クレール地方に行く事はあっても、ルポセ村に私の居場所は残っていない、だから、立ち寄る事もない。だから、君のいう滅んだ村、がどうやって滅んだのか、ならばどうして君が生き残ったのか、それに関しては今は聞くべきではないんだろう、ただ、それを癒す為に飲むワイン、私の中でのクレールは、そんな味わいだからね。」

「……。私は、そうですね……。私は、守らねばならぬものがあるのです。だから、感傷に浸っている場合では……。」

「それでも良いのさ。クレールはすべてを受け入れる、哀しみも、喜びも、欠落も、喪失も、全てを受け入れてくれるのが、このワインだ。」

「そうでしたか、それは、出会えて良かったです。」

 美咲さんは、少し宗教めいた事をいう方だった、美咲さんの両親がそうだったのだとか、師匠の方がそうだったのだとか、旅の中で色々と話は聞いたが、けれども、どれも彼女の核心に至る事柄ではなかった、彼女から人生譚を聞いて、色々と思う事はあった、私の人生もそうだった様に、彼女の生き様にも色々と道はあった、という話だった、ただ、クレールは全てを受け入れてくれる、という言葉に至ったのは、彼女が精霊信仰の中でも、光の精霊であるウィル・オ・ウィスプを信仰していた村、ルポセ村の出身である事が、大きく関わってくるのだろう、故郷を捨てた、戻るべき場所はない、と言っても、彼女にとってそれは、大きく大切な思い出の詰まった場所なのだろう、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。